人形使い
なんだ? 今、誰かに名前を呼ばれたような……?
「……気のせいか? 」
『気のせいじゃないぞ? 』
「……ッ!? 誰だ!? 」
耳のすぐ横で聞こえた声に今度こそ大きく反応する。椅子を蹴り出すような勢いで立ち上がり、周囲を見回した。
ここは喫茶店。上級ダンジョンから生還したあとに5人で話をするという流れになったためタクマさんが道中で見つけた場所。チェーン店ではなくボックス席が多めという他には、特に変わった特徴もないそんな普通のカフェのはずだった。
「あれ? 」
だからこんなことはおかしいはずだ。俺たち以外にもいるはずの客と店員の姿がどこにも見当たらないなんてことは。
『驚いてくれたかな? 私の手品は』
「ッ! 」
まただ! また、聞こえた! 近くから! どこだ……? 一体どこに! いやがる!?
「【索敵】……! 」
出し惜しみはしなかった。この状況で声をかけてくる人物を特定するためにできうる限りの全力と魔力を注ぎ込む。
「は? 」
灯台下暗しとはこのことだろう。
見つけ出した声の発生源は思っても見ないところだった。
「エリカ……さん……? 」
『やっと気づいたか。はじめまして……いや……。私自身の声のままだと状況がわかりにくいか……ふむ……よしよし。……これでどうだい? 声が戻っただろう? 』
目の前で平然と行われているコレは明らかに異常だ。エリカさんは4人の中で一人だけ白目を向きながら声を発している。最初は謎の男の声、途中から本人の声を。この4人が悪い冗談やドッキリを仕掛けてくるタイプには見えない。確実に第三者が関わっている!
「【鑑定】! 」
その判断の元使用した【鑑定】スキル。視界が青みがかり4人の体からいくつもの情報がメッセージとして出現する。
「これは……! 」
驚愕する。
スキルによって得た情報には聞いたこともない状態異常と凶悪なスキルの名が刻まれていた。
『状態異常:人形化。スキル【人形操法】の針を刺された状態を指す。針を刺された人間は自らの意識を失ったハリボテの人形へと変わり、スキルを使用した術者が解放しない限りこの状態異常は永遠に続く』
『――――というわけだ。私の力は大体察しがついたと思う。改めてはじめまして。私は組織から『人形使い』と呼ばれている者。今後ともお見知りおきを。城本剣太郎君……いやファーストブラッド』
人形使いは一礼してみせた。今度はタクマさんの身体を操って。よく見ると彼のうなじからごくごく細い糸がのびていることに気づける。
『おっと下手な真似はしないほうがいいよ。無理矢理切断すると脳に重篤な後遺症が残る可能性があるからな? もちろん……この店から出て行ってもらった他の客と店員、そして君の目の前に座る4人のものだがね』
「クソ……! 」
この下衆なやり口には覚えがある。似たような現象を俺はよく知っていた。
一度だって忘れもしない。村本にとりつき、俺を追い詰めた『スーツの男に化けた小悪魔』のことを。
人形遣いには手に取るように分かった。文字通り鬼神のごとき強さを持った少年の動揺を。
彼は人を自分の意のままに操ることが出来る特別な才能を持っていたが、一番の嗜好は『自分が操ることが出来ない、遥かに高レベルの人間』をその話術で翻弄することだった。
まさに今人形使いは他では言い表せないほどの喜びを感じていた。
『お前……魔王の手先なのか? 』
「…………」
『今度はどっちだ? 東か? 西か? それとも新しい方角か? 』
人形使いはそんな的外れな指摘に必死で笑うのを堪えた。
「心外だな? そんなに信用できないかい? 俺は君と同じ魔王たちに抗する人類の味方さ。そして君の味方でもある」
『白々しい! 味方っていうんなら姿くらい見せてみろ! 』
「そうしたいのは山々なんだけどね。何分敵が多いんだ。今回だけは人を介して話すことを許してほしい」
『………………………要件は? 』
人形使いはほくそ笑んだ。全てが自分の思うがままに動いているからだ。
(素直さは美徳だよ。ファーストブラッド……)
「話が早くて助かるよ! 我々は一つ警告をしに来た。迷宮庁のことは信じないほうがいい。たとえ以前は君に協力していた迷宮課が前身だったとしてもだ」
『なんでだ? 』
「信用できないからさ。彼らは君に協力をするフリをしながら君のことを常にコントロールしようとしてきた。嘘は言ってはいないかもしれないが隠していることは数え切れないほどある」
『……………』
「そして肝心の君の家族なんだが……最初に断言しよう。生きている。間違いなく』
『!! 』
「安心したかい? でも油断するのは早すぎるよ。君の家族が今行方不明であることと、身柄を狙われていることは間違いないんだから……」
『……誰からだ? 』
「わからない。我々にもその実態は掴めていない。迷宮庁。迷宮庁の動きを牽制したい他の省庁。資源輸出で大きな利益を上げている日本に対して優位に立ちたい外国の組織。考えられる可能性は様々だ……」
『……目的は? 』
「万が一君がこちらの世界に戻ってきた時の交渉用のパイプとして利用したいという理由もあるだろうけれど……一番は君の家族に流れる特別な『血』だよ。なにか心当たりはないのかい? 」
『…………』
(フフフ……ショックで声も出せないってところかな? さて仕上げだ)
「……まあいいや。最後に一つだけ助言しよう。君がまず始めに行くべき場所をね。それはずばり、東きょ――――」
「やっと見つけた。本体はこんなとこにいやがったのか……」
人形使いは振り返る。
その怒りに震える鬼神の声に引かれて。