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謎の少年、その力(前編)

 6人乗りのバンの中で4人の男女が話をしている。



「俺達……とうとうここまで来たな! まさかワイバーンを狩れるまでに成長できてたなんて……! 」


「最初はビビってたけど案外何とかなるもんだなぁ? 」


「まあそれもこれもアタシの『鎖』がかなり効いた感じじゃない? 」


「そうか? どっちかって言ったら俺の『霧』の『目隠し(デバフ)』じゃねーか? 」


「まあまあ二人とも。今回は皆が皆それぞれ活躍したってことでいいでしょ? ポイントもほぼ四分割だったよね? 」


「まあそれもそうだな! 」



 男が二人。女も二人。


 気心の知れた仲間同士の雰囲気が漂う車中。会話と車の走行のどちらもが淀みもなく進んでいた。



「しかしなあ、あの緊急通報のために前宜原区(まえぎはらく)までわざわざ行くことを決めたのは英断だったな。エリカはよく見つけてきてくれたよ」



 そう言いながら、ハンドルを握るのは最後のトドメを放ったリーダーのタクマ。



「えへへ~。今日は朝からずっと掲示板と睨めっこしてたからねえ~。他のパーティーに競り勝ててよかったよぉ~」



 助手席で照れ笑いするのは風の魔術師の花島(はなじま)エリカ。



「しっかし最近の俺たちの勢い凄いよな! まだ1週間の最初の方だってのにダンジョンは2つ。緊急討伐は5回も成功させてるんだぜ? 」



 タクマの後部座席で興奮気味に話すのは状態異常術師(デバッファー)黒木河(くろぎがわ)カンタ。



「……でもノリ過ぎてるってことも考え物よねえ。いつか揺れ戻しがきそうな気がするしぃ」



『鎖使い』の白木瑠璃香(しろきるりか)がカンタの隣で博徒(ギャンブラー)染みた発言をしてその場を混ぜっ返す。するとカンタは『そんなこと言うなよ! 』と怒りの声を上げて、前に座る二人は『また始まった』と囁きながらクスクスと笑う。


 年齢は違うものの4人の腐れ縁は大学から続いている。つるみ始めてからすでに5年以上が経過し関係性もかなり円熟していた。



「ちょっ……! タクマぁ~! 今、結構おっきな段差に乗り上げたでしょぉ~。先に一言、言ってよね」


「ごめん瑠璃香。ちょっと考えごとしててさ……エリカとカンタも大丈夫か? 」


「平気だよ~。ありがとねタクマくん」


「俺は全然問題ないぜ! [魔力]だけ上げまくってる瑠璃香と違って体の鍛え方が違うからな、鍛え方がっ! 」



 4名の付き合いは長い。だからこの程度の小言でいちいちギスギスすることもないし、それぞれの好みや沸点はどこにあるのかもお互いに理解している。



「……それで城本君は……怪我して無い? 」



 だからこそ完成された関係の中で少年の存在は浮きまくっていた。


 バンの3列目で1人、窓に寄りかかりながら座り、視線は窓の外で流れる景色をぼーっと追いかける16歳。今日の日付は何かという質問の答えを聞いたのが最後、まるで魂が抜け落ちたように虚ろな目をしていた。もちろん運転手の問に応えることは無い。



「ねえ君さあ。さすがに無視は無いんじゃない? せっかく……」


「まあまあ瑠璃香、落ち着いて。見た感じ、あの子も色々訳ありみたいだしさ。そっとしておいてあげようよ」



 4人の中では主に意見の調整役を担うエリカでさえも、最後尾で押し黙り続ける少年との接し方を決めあぐねていた。



「でもよお。放っておけないから連れてきちまったことはいいんだけどよお。俺たちのこの行動ってさあ……もしかして『未成年略取』やら『誘拐』にあたるんじゃねーか? 」



 最初に地雷を踏みぬいたのはカンタだった。



「その問題は無いはずだ。俺達、正式登録を完了させた公認保持者(ホルダー)には彼の様な未登録ホルダー発見時の『報告と保護』の努力義務(・・・・)がある。今回のケースはまさにそれだ」


「『ホ管法』の基本理念はアメリカの『善きサマリア人の法』をパク……参考にしてるからねえー」


「う~ん。でもさあどこまで俺たちが面倒見りゃあいいんだよ? 一番近い『管制支部』はかなり向こうだぜ。ガソリン代も馬鹿になんねえぞ? 」


「まあ……そうなのよねえ」


「お前らなあ……」



(……本人が居る前でそんな話大っぴらにするなよ……)


 そんな心の声を押し殺してからタクマは努めて冷静な声を出そうとした。



「思い出してくれよ。この一か月の苦労を。F級からコツコツ、コツコツ。モンスターを倒して、ダンジョンにいくつも潜って、レベル50の成長限界も何とか超えて、つい最近に全員C級登録証(ライセンス)手に入れてさ……連携すればB級討伐対象のワイバーンまで手が届くところまで来たじゃんか。俺はこのメンツでもっと上を目指したいんだよ」


「……そんなの……俺だって……」


「そうだろ? でもな、落ちないで上がり続けるには『周りの評価』って奴と『信頼度』の点数稼ぎは絶対に必要なんだ。彼を放置する選択肢は上を目指す以上、初めからありえ無い。分かってくれよ? 」


「ヘイヘイ分かりました……リーダーがそこまで言うんだったら異論はない」


「ありがとな。カンタ」



 少年をダシに友情を深めた男二人をよそにエリカは押し黙って考え事をしていた。話が途切れたタイミングを見計らって彼女は一つの問いかけをした。



「ねえ聞いたこと無い? 最近『保持者(ホルダー)』の行方不明者が多いって話」


「ん? それって当たり前じゃねーか? ダンジョンに潜る俺たちにとっては行方知らず何て特に珍しくもねえだろ」


「それがね。おかしいの。所属しているパーティーがある人も、ダンジョンに入れるようなレベル帯じゃない人も無差別に消えてるみたいでね。最後に目撃された場所もトンネルと言うよりもむしろ森の中とか、山の中とか」


「へぇ~そりゃあちょっと匂うな」


「じゃあエリカはその失踪事件に彼が関わっていると思うわけか? 」


「うん……」


「よお、坊主? どうなんだ? そこんところ? 」


「…………」



 少年はカンタの声掛けに眉一つ動かさなかった。



「あ~あ。こんな時に【鑑定】スキル持ちがいてくれりゃあ話は速いんだけど」


「ない物ねだりしてもしょうがないでしょ? それに【鑑定】持ちは凄く貴重なんだから。C級になったばかりのペーペーのアタシ達のとこに来るわけないわ」


「それもそうだよなあー。まあ飛ばそうぜ。支部までよ」


「了解」



 タクマはアクセルを踏みしめた。加速したバンは山中を蛇行する国道をスイスイと通り過ぎて行く。



「それにしても……随分と空いてんなぁ」


「行きは結構込んでたような気がするけどぉ? 」


「そうだっけか……いや確かにそうだったな。他に一台も見当たらないこたあなかった……」


「そういえば……この辺りでも何件か報告があるそうだよ。行方不明保持者(ホルダー)の」



 エリカの発言を最後に痛いほどの沈黙が車中を支配した。


 彼らは仲良しグループであるのと同時に経験を積んだホルダーでもある。


 彼らは確かに何かを感じとっていた。


 戦いに従事したモノが持つ第六感としかいえない感覚や予兆。


 つまりは嫌な予感を。



「どうする? 止まるか? 」


「止まるって言ったってこんな山奥でか? 」


「アタシは引き返すのも手だと思うー」


「私も街に戻るのに賛成」



 この4人組は情報の他に、いつも自分たちの感覚を大事にしていた。『実はかなり危険だった現場』や『裏のある依頼』をそのような直感で事前に回避できてきたことも彼らの異例な速度での昇級の所以の一つ。


 引き際を誤らないこと。それがこのチームのたった一つの決まり。


 そんな4人が集まったパーティーの強みは慎重さ。


 ――しかし裏を返すとこう言えてしまう。




「グオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォ――――」




 ――彼らは『予期せぬ事態』には全く無力であると。



「え? 」「は? 」「……ッ! 」「い”っ! 」



 地中から響く声に四者四様の反応を示す4人。



「なんだ……今の……? 」


「わかんねえ……どうする? 」


「……一旦落ち着こう。まずは――――」



 かつてないほどの嫌な予感に苛まれた彼らは車を止めた。


 ――いや、止めてしまった(・・・・・・・)


 4人は知らない。緊急時には『進み続ける』という思い切りが必要になることがあるということを。



「あ」



 アスファルトの地面を粉塵を舞い上がらせながら飛び出してきたソレとタクマは視線を交差させる。


 ソイツは巨大だった。


 ソイツは凶悪な形相だった。


 ソイツは数多の足を持っていた。


 ソイツの口は大きなバンを一飲みにするほど腹を空かせていた。



「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!! 」



 飲み込まれるのは一瞬。状況を理解するのも一瞬。


 彼らの時が動き出したのは『巨大ムカデ』の腹に収まった直後だった。



「はぁ!? 」


「まさか……」


「嘘でしょ……? 」


「私達……食べられたの!? 」



 人間の精神はとても脆い。



「なにこれ! ……なんなのこれ!? 」


「……わっかんねえよ! 」


「落ち着け、こういうときは深呼吸だ、吸って吐いて吸って吐いて吸って」



 特に場慣れしてなければ猶更だ。



「ねえ? なんか……圧し潰されてない? 」


「ふざけろ! 無茶苦茶だろ! 」


「ねえ【魔法】! 魔法ならどうかな!? 」



 そこに年齢の大小は関係ない。



「アタシの魔力まだ回復してない! ワイバーン倒すために使い切ったから……」


「【突風魔法】……『ソニックウェーブ』! 『シャープストーム』! ダメ……歯が立たない! 」


「……【麻痺(スタン)】ッ! 【睡眠(スリープ)】! ……ダメだ! 効きやしねえ! なんなんだコイツは! 」


「B級最上位。レベル89『グリードワーム』。地中を掘って移動し、獲物を下部から丸のみにする。その食道の強度は強く、すさまじい魔力耐性を持つ」


「レベル89って……そんなの……じゃあ……どうすりゃあいいんだよ!? 」


「わからない……」



 性別も関係ない。



「タクマぁ! お前がリーダーだろ! 何とかしてくれよ! 」


「だからわからないって!! 」


「嘘だ……こんなとこで……こんな風に……? 」


「死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死に―――――」



 恐怖を前に人は平等に無知で無力。



「そうだ! 押し返せ! 張り裂けるまで押し続けろ! 」



 恐怖は伝染し、折り重なった恐れは最後は狂気へと至る。


 軋んで大きく歪み始める車のフレーム。


 はじけ飛ぶ窓ガラス。


 真綿で首を絞めるように、ムカデの身体はどんどんと細くなっていく。


 大の大人が責任の所在を押し付け合い、


 声を荒げ、


 泣きわめき、


 絶望したその時。



「――」



 1秒にも満たないほんの一瞬。


 ただの一度だけ後方(・・)から魔力が放出された。


 あまりにも短い時間の噴火。


 けれど彼ら4人全員が感じ取った。感じ取れた。


 自分たちを食らうムカデよりも遥かに悍ましい『何かの力』が体内を駆けめぐるのを。



「……ッ! 」


「なっ! 」



 結果はすぐに現れた。



「―――――――――ーッ!! 」



 内から破裂した巨大ムカデ。


 強靭な筋肉も。


 車を丸のみにした内臓も。


 硬すぎる外骨格も。


 全てが粉々。


 完膚なきまでに。余すことなく。全ての部位が散り散りのミンチだった。


 血の雨が降り注ぐ中、4人は恐々と振り返る。


 そこには居た。



「…………」



 無言で頬杖をついて、何かを思案する一人の少年が。



(思い返せばおかしいところだらけだ……)



 あんなに目立つ彼はいつあの町に現れたのか。いつの間に自分たちの戦いを見ていたのか。小奇麗なのにも関わらず年代や材質がバラバラ過ぎる服装。そして手に持った『金属バット』。



(城本君……君は一体……――――!? )



 そんなタクマの思考は途中で途切れた。思考が跳躍する。意識が目の前の少年から周囲へと向かう。ようやく気付いた。自分たちがワームに飲み込まれた間、何故かトンネルの中に移動していることを。



「なんだ……ここ? 」


「トンネル……? 」



 4人を再び襲う嫌な予感。彼らは首を振って壁を見る。



「あ……ああああ……ああああああああ」


「…………!! 」



 そこには『開』の文字を意味する『くさび形文字』が克明に描かれていた。


 モンスターや地形のギミックを利用してだまし討ちのように内部へと引きずり込んでくる迷宮(ダンジョン)が日本ではいくつか確認されている。そのような形式のモノを『突発型迷宮』と区別するためにホルダーの間ではもっぱらこのような特別な名称がつけられていた。



罠迷宮(トラップダンジョン)……!! )



 『不幸の揺れ戻し(・・・・)』は終わらない。


 5人の身体は消え失せた。山中のトンネルの中に壊れたバンを残して。

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