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帰還者の称号

あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。。


新章です。

『別れの言葉』はいらない。


 俺達には指輪があるから。


 いつでも話せるようになったから。会えるように、お互いに助けられるようになったから。


 それでも最後の時は来る。【勇者の丘】の前に来て俺は言った。


『いつか皆でル・チェリー(上等な)酒を浴びるほどに飲めるような世界にしよう』。


 だから倒そう。【四方の魔王】を。全部。俺達で。


 剣に。バットに誓った。二つの武器を重ね合わせて宣誓する。その親友の姿を俺は目に焼き付けた。


 あれ?


 俺……この光景を……どっかで見たような……?



「準備できたよ……いつでもいける」


 そのリューカの言葉で現実に引き戻される俺。


 そうだ。帰るんだ。俺は。元居た世界へ。日本へ。我が家へ。



「頼む! 始めてくれ! 」



 その合図とともに丘が、大地が揺れ始めた。


 一帯の空気が、大気が震えた。


 空間が徐々に歪み始めて、バットの震えが最高潮に達した。


 一時的な別れ。俺たちはそれぞれが元居た世界へ収まり、交わらなくなる。


 だけど敵は一緒だ。魔王だ。モンスターだ。だから戦い続ければ、倒し続ければいつか必ず互いの助けになる。



「がんばろうぜ」


「がんばろうね」



 だからこそ最後に言おうとした言葉。なぜか二つの声が重なる。お互いの考えていたことが全く同じであったことに一瞬だけ静止した後に気付いた俺たちは思わず吹き出してしまった。


 もう大丈夫だ。


 たとえ指輪が無かったとしても。


 世界はたがえてしまっても。


 俺達は大丈夫だ。



「……! 」



 そんな確信が得られた瞬間、目の前の光景の歪みが頂点に達した。


 上手く息が出来ない。


 身体とバットの震えが止まらない。


「くっ……―――――――!! 」



 苦し紛れに息を吐く。目を強くつぶる。バットを握りしめる。すると次第に震えは小さくなっていき、耳鳴りも止んでいき、まぶたには温かい光が当たり始めていく。


 懐かしい香りがした。


 都市の街の匂い。


 排気ガスとコンクリート。


 アスファルトと生ごみとゴム。


 眼を開けるとそこは



「日本だ……」



 秋を超えて、冬になりかけてそうな俺が生まれた故郷でよく見た風景。


 なんのきなしにステータスを確認すると俺は新たな『称号』を手に入れていた。


≪帰還者≫の称号を。


『帰還者:異世界より次元の壁を飛び越えて元居た世界へと帰ることが出来た者に与えられる称号』


 其の時になってようやく安堵の息をつけた。あらゆる要素が証明していた。ここが日本であることを。



「リューカ聞こえるか? 無事に帰れたぜ……」


『っ! ……おめでとうっ! よかったね……』



 親友の喜びの声に思わず笑みが漏れ出る。


 いくら指輪でケータイのように話せると言っても無制限じゃない。世界を飛び越えるだけのエネルギーでかなり消耗するようで一日に話せるのは一言二言が限界。


 それでも俺の喜びとリューカの祝福を双方向に届けるだけならそのざらついた小さな声だけで十分だった。


 さあ俺は戻って来た。まずは把握することから始めよう。一体この場所が日本のどこなのかを。



 ――そう。俺はこの時に思考を切り替えた。こっちの世界にはあまりにも多くの気がかりがあったから。でも後から考えると少しは考えるべきだった。


 ――なぜリューカのいたあの世界にあった『次元を超えることが出来る装置』に『日本への直結ルート』が何の疑問も、障壁も、苦労もなく用意され確立しているのかと言うことに。


 ――疑問を持つべきだった。貴重な通話の機会を使ってでも問いただすべきだった。『なんで? 』と。でもその選択肢を取ったとしても後の結果は変えられない。その確信もあることは間違いなかった。俺が全てを知るのはもっと先。



「キシャアアアアア―――――!! 」



 ――このモンスターの叫び声と共に向かった今日のずっとずっと後の話だった。



「この声は……ワイバーンか! 」



 位置は索敵ですぐに特定した。見上げた曇り空の上。ビルの屋上の高さで悠々と羽の生えたオオトカゲが滑空している。レベルは中々に高い。70もある。


 ここは街。被害を最小限に抑えるには……。


 腕を伸ばした。【念動魔術】で雑巾を絞るように握りつぶそうとした。



「いくぞおおおおおおおおおお!! 」


「え!? 」


 だがその時あまりにも予想外のことが起こる。なんと一人の男がビルの屋上からワイバーンの背中に飛び掛かったんだ。


 首につかみかかると男と必死で振り落とそうとするワイバーン。巨大な体は何度もビルに衝突して、その度に頭上にガラスが降り注いだ。


 危ない! 今すぐあんな真似を辞めさせないと! 


 俺が意を決して『瞬間移動』で救出に向かおうとしたまさにその時。またもや予想外の現象が起こる。


「いけえええええええ! そこだぁ! 」


「がんばれよー! 」


「タクマくーん! こっちみてぇえ!! 」



 声援だ。観衆からの。


 気づかなかった。俺の周りにこれだけ人が集まっていることに。層もバラバラ。買い物帰りの主婦。スーツ姿のサラリーマン。制服姿の女子高生からランドセルを背負った男児まで。


 皆が皆、目を輝かせて、スマホのカメラを構えて『戦いの行方』を凝視している。異様な光景だった。



「……ッ!? 」



 眼に入ったとある『モノ』を最初は見間違いだと思った。


 そんなはずはない。ありえないと思った。


 けれど何度も目をこすっても観客の頭上には『文字』が浮かび上がっている。


 ――自分の名前とそのレベルが。



「まさか……」



 予感は的中する。ワイバーンにつかみかかる男にもよくみたら文字とレベルが付いている。


 つまりこういうことだ。



「ホルダーなのかよ! こいつら! 全員! 」


「キシャアアアアア―――――――!! 」



 口から思わず飛び出た叫び声をかき消すようにワイバーンは苦し気に吠えた。かなり弱っている。背後から一方的に首を絞め上げられたのがかなり効いているようだ。



「今だ! やれええ! 」



 男の合図とともにビルの屋上で3種類の魔力が持ち上がる。屋上で待機していた男一人と女二人のそれぞれが用意していた魔法をワイバーンに向けて解き放った。


『風の刃』。『黒い霧』。『錆びついた鎖』。羽を切り裂き。顔を包み込み。全身を縛り上げた。


 上空では待っていましたと言わんばかりに合図を出した男が飛び上がって剣を大上段に構えていた。


「【大破斬】!! 」



 大音声を上げて振りぬかれた刃はワイバーンを一刀のもとに切り伏せる。飛竜の身体は黒い煙となり、そこを突き破った男がアスファルトの道路に華麗に着地を決めるととてつもない大歓声が沸き上がった。



「ありがとう! ありがとう! 応援を! 声援を! ありがとう! 」


 まるで一つのショーが終わったかのように芝居がかった礼をする男――改め辻井田(つじいだ)タクマ。26歳。


 鳴りやまない拍手と声の海の中で俺はと言うと顔面蒼白でたたずんでいた。とある可能性におびえながら。


 すると終わらないと思われた拍手と声がだんだんと小さな騒めきへと変わっていく。疑問に思った時には全てが遅かった。



「あ」



 囲まれていた。胡乱気な視線に。人の海に。円の中心で俺の目の前で相対するのは険し気な表情のタクマという男。


「ねえ君……城本君っていうのかな? そのレベルさ。偽装しているよね? 」


「……、……」


「見たところ高校生かな? さすがに知ってるでしょ? 【保持者(ホルダー)管理法】くらいはさ。学校で習わなかったか? ステータスの過度な偽装は重大な違反だよ。あとまさか君って未登録―――」


「あの、一つ聞いて良いですか? 」


「……なんだい? 」


「今日って何月何日ですか? 」


「…………――月――日だけど? 」


 予感は的中した。今日は俺が黒騎士をたおした日から既に




1ヶ月(・・・)』も経過していたのだった。





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