放浪の最後/動き出す者達
「お前ら……治ったのか! 」
「うん! リューカ姉と……ケンタローのおかげ! 」
「いいでしょ〜この手! ケンタローにはあげないよ? 」
「ついさっき始めてケンタローのこと見て思ったんだけど……結構男前なんだね? 」
「おいおい……そんな茶化すな」
俺が弱った声を出すと笑い出す子供三人組。その笑顔は偽りのない心の底からの表情だ。彼らにバレないようにしながらホッと息をつく。
本当によかった……。通常の『回復薬』や【回復魔法】だとあまりに昔にできた負傷はなかなか治せないってう話だったから……。もしかしたら治らないんじゃないかそう思ってしまっていた。
「本当に……良かったな……」
だがらこそうれしかった。彼らの回復こそこの世界がまだ捨てたもんじゃないってことの証明のような気がしたから。
「ケンタロー……こんな日にそんな辛気臭い顔しなさんな」
「イレノアさん……」
後ろから声をかけてきたのはもう見慣れたエルフの修道女。
キレイな顔を酒で真っ赤にしながら、おぼつかない足取りで声は浮ついていた。
「大英雄のあんたはね……こう……英雄サマにふさわしい顔で……堂々としてればいいんだよ! 」
「いや、わかんないですよ……どんな顔してればいいのか……」
「ワハハ……ケンタロー! 飲んでねーのか!? 」
「うお! ウニロ……か。何だよ急に」
「なんだよはねーだろなんだよは! お前のための祝の場なんだぜ。俺にも祝わせてくれよぉー」
急に肩を組んできたのは酔いつぶれかけたウニロ。完全に悪酔いしてるようで立つことすらおぼつかないようだ。
「いやウニロ酒くせーな。ちょっと飲み過ぎなんじゃねーの? 」
「余計なお世話だぜ! こんな時に飲まないでいつ飲むっていうんだ……それにケンタローは明らかに飲酒にビビりすぎじゃねーのか? 」
「おかげさまでこっちは酒がちょっとだけトラウマなんだよ! 」
そう俺が叫ぶとふてぶてしく大笑いするウニロ。つられて周りも笑いだした。笑顔は伝播して最後はこの帝城に作られた大広間中が笑顔で満たされた。
幸せだった。この光景がずっと続けばいいのにとさえ思った。でも一人だけ。いくら探しても会いたかった顔が見つからない。
「なあラウドさん? どこにいるか知らないか? 」
「さあ……わかりかねますね……私もさきほどから探してるんですが……」
そう言いながら頭をかく副団長。普段の彼ら二人の関係性がわかるようでその様子が俺には妙に微笑ましかった。
「そうか……。なら俺が様子を見てくるよ……」
そう言い残して俺は右手にはまった【奇跡の指輪】を握りしめた。熱を持った装飾品は奇妙な音と光を発しながら奇跡を起こす。
たとえ見たことも、行ったことがなかったとしても、もう一つの指輪がある場所への『瞬間移動』を可能にする奇跡を。
降り立った先はどうやら城内の中庭の一つ。複数の月に照らされた庭園の中心に人影が一つある。
「おお、リューカ! 探したぜ? こんなとろに……」
言おうとした言葉はそれ以上、続かなかった。
息を呑んだから。
目が釘付けになったから。
月夜のわずかな光で照らされたのは純白のドレスを着た見慣れたはずの一人の女の子。
そのはずなのに。光を反射する髪の毛も、震える赤い瞳も、普段の硬そうな鎧ではなくレースで縁取られた柔らかそうな衣装へと変わったことでこの世の光景とはとても思えない美しさがそこにはあった。
「剣太郎……どうしてここが……? 」
「あ、ああ……広間にいなかったからちょっと心配になってだな……この指輪でちょちょいとね」
「…………」
無言の視線が痛い。
思い返せば浅慮な行動だった。たとえ親友だとしても相手は俺と歳が変らない女の子。もしタイミングを間違えれば大事件を起こすところだったのは認めざるを得ない。
「ごめんなさい。調子に乗りました」
素直に謝るとリューカはようやくふっと表情を緩めてくれた。
「いいよ全然。私も何も言わずにここにいたことは悪かったから。……今度は来る前に指輪越しに一声かけてほしいケド」
そう口を尖らせるリューカを見て俺はようやく安心して笑えた。そんな俺の様子を見て彼女も笑っている。
「そんな……気にし過ぎだよ剣太郎……」
「いや、……だってな……仮にもリューカは貴族のお嬢様だろ? 色々こう……あるだろ!? 」
「ふふ……本当に……剣太郎は……。私がこんな小さなことで悩んでるのがおかしくなっちゃうよ」
最後にポロリとこぼした悩むという単語に引っかかった俺は反射的に聞く。『何かあったのか』と。
「うん。ちょっとだけ。両親とね」
「両親…か」
「あの人達、急にこのドレスを用意して私に着させたの。皆の前にはちょっとだけ顔が出しづらくて。だからここにいたの」
「そう……なのか? 俺はよく似合ってるとおもうけどな」
なんの気無しの一言。特に気負いもなく呟いた。しかし影響は絶大だった。
まずリューカは固まった。真っ白な肌を見る見る赤くしながらうつむいてモジモジし始める。
「いやそういうことじゃなくてね……あの二人は私に……剣太郎を……」
「? ……いやでも本当にこれは冗談じゃなく似合ってる。すげーきれいだ。びっくりした」
「……っ!? 」
リューカは今度は目を白黒させていた。なんだ? どうした? そんなに慌てて。
「……もしかして酔ってるのか? 」
そんな俺の問にようやく冷静さを思い出したのか一つ大きなため息をつき顔を左右にふると、いつもの調子を取り戻した。
「ううん……なんでもない。ケンタローもその服似合ってるよ……」
「貸してくれてありがとな」
「この会は剣太郎が主役なんだから。当然だよ」
「リューカの3桁到達記念も兼ねてるって話だぜ? 」
「そんなこと言ったら剣太郎のレベル200超えももちろん入ってるからね? 」
手痛いカウンターが返ってきて思わず押し黙った。
しかし未だに実感がない。俺がとうとうレベル200の大台に乗ったと言われても。
あまりにも数字が大きくてよく理解が追いついていないのかもしれない。
「レベル200かあ〜随分差をつけられちゃったな」
「何いってんだよそっちも帝国史上唯一の3桁なんだろ? 」
「文字通りレベルが違いすぎるよ。私の世界でもレベル200にまで到達した人は『一人』しかいないんだから……」
「! 」
初耳だった。一人だけという話も、一人いたという話も。
「誰なんだ……そいつは? 」
「それは――――――」
「【勇者】です。間違いありません」
「本当なのか? 」
「はいベルゼウスの残した情報を精査したところ彼の男がその血脈に連なる一族であることはほぼ間違いないかと」
「なるほど……それは……」
「問題だな」
「聞いたところによるとその者は異世界出身という話ではないか? もしかすればあの【丘】から飛び立ち、この世界には今後は関わらぬ可能性も……」
「それはありませんね。帝国の新たな3桁とかの者は【奇跡の指輪】の所有者ですから」
「【奇跡の指輪】とはあの……? 」
「はい。あの指輪です。世にも珍しい2つで一対のドロップアイテム」
「たしか効果は『生命力の互助』『通話』……そして『どちらか片方の場所への次元跳躍』だったか? 」
「グロサーヌ兄弟が使用していたアレか」
「厄介だな。あの指輪の力ならば2つの世界を渡ることなど容易。それが二人の3桁の手に渡ってしまったのは悲劇としか言いようがない」
「片方が襲われたらもう片方が救援に来るわけか」
「やってくれたなベルゼウス……これでは帝国はしばらく放置する他……」
「そういえば……聞いたことがないか? 」
「急になんだ? 魔王レギウス」
「全く見なくなった東の連中が今異世界攻略に躍起になっているって話を」
「ああ私も聞いたことがあるな。しかしこうも聞いたぞ。その世界は我々魔王の生贄に足る魔力をもった餌が欠けた世界であると」
「それがなんだというのだ? レギウス」
「あの異世界からきた男がいた世界というのが、もしかしたから東の陣営が手を伸ばしている世界なのではと……思ったのだよ」
「……………なるほど。それは……」
「十分に、ありうるな……」
「確かにそれならば疑問の答えが出るな。異世界からきた者でありながらあれ程のレベルを持っていることの説明にもなる」
「つまり倒して強くなったというわけか? 東の眷属たちを! 」
「それは痛快、愉快な話だな! 」
「いずれにせよ油断はできません。提言したいのは我々もあの男のいた異世界に目を送るべきだということ。高みの見物と行きましょう。あの男と東の王の戦いの行方を。私の予想では東側は恐らく今も何か……」
極西大陸と並び以前は中央大陸とよばれた魔の手に堕ちた大地の中心でなされていた予想はじつは当たっていた。
同時刻。日本。その首都、東京にて。
一体の強力な『魔』が空を滑空している。男の姿をしたその魔は怒り狂っていた。
強者と有力な上級ダンジョンの支配者の一人であるという自負がある自分が覚醒めて数年も経っていないような『子供』に名を呼ばれることすらなく顎で遣われたからだ。
「くそ! くそ! あのガキ! 東の魔王だかなんだか知らないが! 舐め腐った態度を取りやがって……! この俺を誰だと思っていやがる! 赤の獣王様だぞ! 」
獣王の怒りはそれだけじゃない。
この異世界にくるまで想像の何十倍、何百倍もの時間と手間がかかってしまったこと。
黒騎士はどのようにして本陣と異世界を行き来していたのか教えてくれなかったため獣王は1から手段を探す必要があったのだ。
「くそ! どこだ! そのファーストブロッドやらは! 」
獅子の顔を歪ませて、背中の翼をはためかせて旋回する。獣の目には【鑑定】時特有の光が灯りせわしなく地上の人間を吟味していた。
だから気づかなかった。
「おいライオン野郎」
いつのまにか頭上にいる人間の気配に。
「!! 」
獣王の反応ははやかった。身を宙で翻すと即座に攻撃。翼から幾本もの羽を機関銃もかくやという勢いで飛ばしむざむざと声をかけた身の程知らずをずたずたにしようとした。だが
「おいおいご挨拶だな? 」
だが背後から声をかけた人間、いや青年は無傷な様子で空に浮かび上がっていた。
「誰だ! お前は! 」
「君は馬鹿なのか? 見れる目があるんだろ? さっさと確認したらどうなんだ? 」
青年の飄々とした態度に獣王は頭の血管を何本もブチ切れされながら【鑑定】を使いその称号を見て驚愕した。
「フォースブラッド……!? 」
「どうぞお見知りおきを。ボクが地球で4番目に生まれたホルダーだ」
「……………」
絶句する獣王。だがそれは驚きというよりもむしろ
「4番目……だと。4番目風情がこの俺に……」
声も出ないほどの激怒だった。
「喧嘩を売ったというのかぁ!!?? 」
獣王は必殺の一撃を繰り出す。これを使って当たらなかっものも、切裂けなかったものもいないという『レイジングクロー』。迫る大きな爪に対して青年がとった行動は一言つぶやくだけだった。
「『超反応』」
その瞬間、全ては終わっていた。
獣王は後方に回りこまれた青年がどこかから取り出した双剣に深く、大きく、切り裂かれた。
「馬鹿な……この……この俺が! 」
切り裂かれた翼から血を流しながら地に落ちていく獅子を見ながら青年はため息をついた。
「あれでレベル137? ……弱い。弱すぎる。あんなのは強者じゃない。認めない。認められない」
息を吐いた青年は懐から一枚の写真を取り出した。酷い手ブレ画像だ。ほとんどはっきりと写っていない。ただわかるのは『大剣を持った全身真っ黒の大男』と『棒をもった人間』が空中で打ち合っていることだけ。
「ああ彼らこそがボクが認める強き者達。生きてるなら返事をしておくれよ。黒騎士を打倒せしファーストブラッドくん……でないと、はやくしないと」
――――『俺がこの国を潰しちゃうよ? 』
そう不気味に嗤う青年の目は日本人離れした緑色の虹彩を纏っていた。
第4章終わり。
やりたいことが多くて大分長くなっちゃいました。
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次回からはようやく現代ファンタジーです。