本当の青い空
間違えて上げてしまった146話を上げ直しました。
終わったのか? 全部……? 俺は勝てたのか? 【龍王】に……?
実感が湧かない。ただ起き上がる気力は全く無い。いつまでもどこまでもこうして白い天井を見続けたい気分だった。
「……あ」
体のけだるさがもう一段階上昇する。ステータスを確認すると予想通り俺の[敏捷力]が1になっている。
全部が全部ギリギリの戦いだった。時間も。体力も。俺の実力も。
「……………」
無言で拳を握りしめる。俺が今、生きているという確かな実感を得るために。
そうだ。俺は勝った。勝ったんだ! アイツに! 一度は逃げ帰った龍王に!
やった。……やってやった! これで……俺は……!
「俺は……」
なんだろう? 自分でもよくわからない。
俺は確かに勝った。龍王に。でも。そうして勝った俺に一体何が残るんだ?
そんなことを考えていると指に強い熱が灯った。
「あ……」
そうだ。思い出せ。俺は何のために戦ったか。
守りたいものを守るため。助けたい人を助けるため。
最初は違ったかもしれない。けれどいつからかはそうなった。これで多くの人が救われる……はずだ。
「……帰ろう」
炭化した片足をひきずりながら俺は別世界の中心へと向かう。帰路のところまで。
無心でひたすら前へ。
とにかく前へ。
歩いて、歩き続けて俺はたどりつく。世界にできた穴。出口に。
「……着いた、これで……」
その時は油断していたわけじゃない。ただ安心はしていた。時間内にたどり着いたことに。
「『帰らせると……思うか』? 」
だからその声が耳に響いた時、俺の心臓は止まりかけた。
「……ッッ! 誰だ! 」
声を発して、【索敵】して、【鑑定】も使用して辺りを見回すけどやはりこの世界には俺の気配しかない。
どういうことだ? 今のは……幻聴か?
「『幻聴ではないぞ』? 」
そして再度はっきりと耳に響く声。よく聞けば男のもの。さらに俺はこの声の主を知っていた。
「お前は……さっきの……『魔王』!! 」
「『ご名答。さすがは竜の頂点すら敵わなかった人類最強……素晴らしい洞察力だ。しかし私は魔王本人ではない。その思念の残滓。終わりを見届ける者』」
男のしらじらしい誉め言葉は耳の右から左へ抜けていく。気味が悪かった。心臓が冷え切っていた。何か嫌な予感がしてしょうがなかった。
「……お前……死んだんじゃ……」
「『確かに私は死んだ……それは間違いない……だがな私だけは死後こそに意味がある』」
「は? 」
「『【呪殺】』」
何が起きたのか。今『魔王』が何をしたのか。ほとんどわからない。ただ膨れ上がっていることだけは分かる。俺の知らない悍ましい気配が。
そして気づく。
「これは……! 」
右腕の変化、手首に巻き付いた蛇の様な赤い入れ墨に。
「『それは呪いだ……』」
「呪い? 」
「『私の死を観測した誰か1人に現れる兆候。それが体に浮かび上がった者は一度だけ[最大の不幸]が訪れる』」
「……な! 」
そんな……そんなはずはない! だって……
「お前に……そんな【スキル】は……無かったはずだ!! 」
「『言ったであろう。呪いだと。これは【スキル】ではない。呪われし我が種族が生まれながらにしてもつ性質。【鑑定】スキルで見通すことは出来ない』」
「…………ッッ! 」
絶句したその直後、俺の感情はその事実を否定しようとしたが理性の部分では納得があった。なぜこの『魔王』はむざむざと俺達の前に姿を現したのか。そこには何か隠された目的があることに俺は気づけたはずだ。
浅慮だった。短慮だった。もう少し考えるべきだった。
「『クク……ムダ無駄。私は何もお前たちに殺されなくても目の前で自殺すればいいだけなのだよ。私が【剣神】に狙いを定め、お前たちが奴を倒そうとした時点で、詰んでいたのだ。私は知ってしまった。城本剣太郎……我が主の覇道の最大の障害になりうるお前のことを』」
「クソッ!! 」
殴りつけた腕は出口に触れる寸前に弾かれる。まるで透明な壁がそこにあるように。
「『なるほど……発動した不幸は……帰還不能……いや違うな……』」
顔の見えないはずの男のニヤリとした顔が脳裏に浮かぶ。
なんだ?
今、何が起きようとしているんだ―――!!
「……え? 」
何かが聞こえた。
顔を左右に揺らし、耳を澄ませるとやはり聞こえる。
遠くから、近くから。
上から、下から。
心臓が動いたような音。
大きな大きな拍動が。
ドクン。
ドクン。
――――ドクン。
「あ!! 」
そして気づく。
未だに形を保った龍の死骸がこの音を発していることを。
「まさか……」
「『生き返ると思ってるのか? そんなに俺は――――』」
――――『生易しくないぞ』
「―――――――――ッッ……!!!!! 」
【黒い炎】。
青でも、赤でもない。明らかに自然の色ではありえない火。
それが今、龍王の死体を焼き尽くそうとしている。
翼も。鱗も。巨大な四肢も。長大な尾も。何もかも。
そして潤沢な薪をくべられた『火』はますます勢いを強めていく。
「『数千年以上生きたモンスターはその身に想像を絶するほどの魔力を貯めこんでいることがある』」
「え」
「『極まれに起こる。[古きものたち]の死を引き金に【魔力爆破】がその死体を媒介として』」
「……ッ! 」
「『どうやら……今、起きるようだ。不幸にも……』」
「…………くっっっっそぉおおお!! 」
身体から魔力をかき集めた。発動する【念動魔術】。ぶつける先は出口の穴。透明な壁を無理やりこじあけようとした。だけど
「『無駄だ。不幸にもこの別世界に不具合が起きている。お前は逃げられない』」
「……はぁ……はぁ……はぁ……」
「『お前は終わる。今ここで』」
「……ぐぅ……くそ……」
「『散るがいい。最強』」
魔王の発した最期の言葉と共に、巨竜の遺骸は漆黒の球体に包まれた。
巨大な球だ。大きさは竜の身体端から端まですっぽりと包み込む大きさ。
そんな球体が徐々に、次第に変化していく。
「……………」
小さく、中心に集まっていくように。圧縮するように。力を溜め込むように。
「これが最後か」
心は折れていた。
「一人だな」
モンスターなら。バットで殴れる相手なら。勝てる自信があった。
「想像もしてなかったなこんな結末は」
でもこれにはお手上げだ。もう俺にはどうすることもできない。
黒い球はまるで小さな太陽のように熱と魔力を発しながら収縮していく。
「…………」
頑張ったと思う。
出来うる限りのことをしたはずだ。
俺を救ってくれた父さんに胸を張って自慢できるほどに。
その間にも沢山の魅力的な人たちに知り合えた。
もう後悔も、心残りも無い。
満足だ。
「……嘘だ」
ああ嘘だよ。
そんなわけあるか。
命をかける覚悟はしたつもりだ。
でも死ぬ覚悟なんて無い。
その二つは明確に違う。
俺は諦めたくない。生きることを。
まだやり残したことがあるんだ。山のように。
まずはリューカと勝利を喜び合う。帝都に待つはずのみんなも一緒に。
元居た世界に帰ったら最初に会いたいのは家族だ。梨沙は元気にしてるだろうか? ずいぶんと心配をかけているはずだ。
そして学校の友達。会って話したい。
海斗にも。村本にも。そして木ノ本にも。
忘れちゃいけないのは爺ちゃんに俺のことを聞くこと。俺はまだ俺自身のことすら何もわかっちゃいないんだ。
ああ少し考えただけでこんなに思い付く。
それなのに……。
だというのに……。
「俺は……ここで……終わりなのかよ……!! 」
強く願う。生きたいと。どうか奇跡よ起これと。全てにすがった。
うずくまる。手を白い大地に置いて。
するとボロボロの右手と再生したばかりの左手が目に入る。酷い対比だ。俺はこんなになるまでに戦い続けたのか。
「え? 」
熱い。なんだこの熱は? 指か? これは……
「指輪……『奇縁の指輪』が……光ってる? 」
変化はそれだけじゃない。聞こえ始める。幻聴が。
絶対に聞こえるはずの無い声が。
『――――ーぅ! 』
「え? 」
『―――――ろう! 』
「まさか」
『――――――剣太郎!! 』
間違いない。
その品と力強さが同居した高い声。俺が忘れるわけがない。
たった一人の親友の声を。
「リューカ!!! 」
叫んだ。
呼んだ。
――その名を口にしたその時、色々なことが同時に起こった。
片手でつかめるほどに小さくなった黒い球が破裂した。
目の前から出口が消え失せた。
白い空間が黒に飲まれて捻じ曲がった。
奇縁の指輪が思わず火傷するかと錯覚するほどに熱をもった。
地面が揺れた。
空気が振動した。
視界がねじ曲がった。
――――そして、視界は切り替わる。
――――【勇者の丘】の上に。
そこにはいた。
【聖女】と呼ばれる女騎士が1人、荒地の中心で片膝を立てて祈りをささげて。
「……………!! 」
言葉はいらない。自然と走る。ろくに動かない足を必死に動かして。
俺たちは駆けよって手をとった。
笑おうとして失敗した。目頭が熱い。
お互いの指にはまった『奇縁の――いや『奇跡の指輪』を見せあったその時。
「――――――――――――――――――ー!! 」
どこからか聞き覚えのある咆哮が鳴る。
同時に流れ始める、黒い煙の奔流。どこか別のの世界から来たかのように何の前触れもなく突然に出現した。
煙は生き物のように激しくとぐろを巻くと最後は俺の身体の中心、心臓へと飛び込んできた。
間を置かずして吹く、豪風。世界全てに波及する衝撃波と共に風は遥か彼方まで吹き荒れる。
とてつもない勢いに吹き飛ばされそうになった身体を抑えるために俺たちはたまらずお互いの身体にしがみつく。
耳をつんざく轟音。大量の砂が巻き上げられる感覚。そして真っ黒に塗りつぶされた視界に思わず目をつぶった。
それから数十秒……数分……いや数時間。時間感覚を忘れるほどにそうしていた。ただ抱えた温かい感触を絶対に手放さないと誓ってひたすらに全てが終わるのを待って、待って、待ち続けてその瞬間は訪れた。
「……ん? 」
閉じた瞼に温かい熱を感じる。
さわやかな風も吹いている。
恐る恐る目を開けた時、まず初めに入ったのは強い日差し。思わずもう一度目をつぶってしまうほどの。
再び目を開けた俺を迎え入れたのは
「…………綺麗だ」
果てしなく続く青天井。偽りじゃない本物の自然の蒼。
雲一つない快晴の空と強く輝く太陽。
その鮮やかな青色は俺の人生で見た中で最も美しく、鮮やかだった。