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1分間の死闘

 死の到来。


 命の終焉。


 人間誰もに訪れる末路にたどりついた。そう思った。

 

 ……言ってしまうと。


 そんなことが考えて居られている事こそ生きている証だった。



「ぐっ……がっ……」



 けれど、それも時間の問題だ。


 全く動けないし、動かない。俺の身体。


 呼吸すら満足に出来やしない。自分の惨状を見るのが怖い。



「ぐ、ぐぅ……あ”あ”っ! 」



 痛いのか。


 くすぐったいのか。


 熱いのか。


 寒いのか。


 痒いのか。


 眠いのか。


 なんなんだ? 今の俺の感覚は? 


 どうなったんだ? 俺の五感は?


 よく、分からない。本当に俺は生きているのか?



「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”……!! 」



 別世界のえぐれて、ひび割れた白い床に人間の赤い血はよく映えた。


 眼。鼻。口。耳。皮膚。節々。その全てから出血している。


【状態異常:出血】が発動するのは時間の問題。


 ……いやその前に殺される。怒り収まらない龍の王に。



「あ”あ”あ”あ”……あ”あ”あ”あ”……」



 だというのに。


 そうだというのに。俺はなんで今も叫ぶんだろう。


 意地汚く、汚れた声で必死に出しているんだろう。


 なんで、必死に起き上がろうとしているんだろう。



「う、ご……け……動、け……」



 聞いたからだろうか。四方の魔王の目的が一億人の人間を殺すことだと。


 気づいてしまったからだろうか。西の魔王の標的が何故、日本だったのかを。


 あまりにも単純なロジック。日本人全員がホルダーになった場合、約1億2千万人の生贄が確保出来るということ。


 だから俺はここでは死ねない。帰らなくちゃいけない。


 家族と友達を守るために。



「立て……立ち、あがれ……ほら……はやく……」



 それともリューカのためだろうか。初めての親友のためだろうか。彼女の無償の献身に応えたかったのだろうか。


 存外に気に入ってしまった帝国の人たちのためだろうか。


 もしくは最初に言った通り、何かから逃げるような『かっこ悪い』真似はしたくなかったからだろうか。



「【自、どう……回復】……」



 イヒト帝国を彷徨いながら俺自身も随分と思い迷った。


 でも今ならはっきり言える。


 その全てに偽りは無いと。これらは、紛うこと無き俺の素直な気持ち。


 偽りは無い……はずだ。



「うあああああああああああ”あ”あ”あ”!! 」



 立ちあがる。脚の震えを止めるために手をつく。すぐに気づく。龍が目の前までやって来ている気配を。


 策はついやした。


 力も振り絞った。


 もう『疾風迅雷』の残り時間は一分に迫っている。



「ははは……」



 絶体絶命どころの騒ぎじゃない。


 崖っぷちどころか崖の下。


 海に沈められた風前の灯火。


 動く死体の方がまだ生気を持っているだろう。



「あはははは」



 そうだ。だから今からするのは策なんて上等なものじゃない。


 作戦未満の子供の考え。ただの馬鹿げた思い付き。


 絶対にこれだけはやらないと心に決めていた『捨て身のごり押し』。



「【仮面変化(マスクチェンジ)】」



 最後に残ったのはその選択肢。


 眼から涙のようにあふれ出る血液に触れ、線を描くように目元からエラまで真っすぐに下ろす。戦闘部族の戦化粧のように模様を刻む。


 すると発動する。現在は顔面の20%を隠すことが条件の【仮面変化】の効果。ステータス数値の自由な振り直しが可能になる。

 

 【念動魔術】を体に纏うようになってから俺は体そのものの[耐久力]に頼る必要がなくなった。『身に纏わせる念力』はギプスや外骨格のような機能をもつので例え『中身』が壊れてしまっても無理やり動かせるからだ。


『Lv.192 城本剣太郎』



 ――――よって……今から俺は



『  力:1343002

  敏捷:1339095

  器用:1094027

 持久力: 149201

  耐久:  80221

  魔力: 424324 』



 ――――防御を捨てる!!



「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!! 」


「――――――――――――――――――!! 」



 たった一分間の戦いが始まった。


 最小限の耐久力。最低限の魔力。そして爆増する[力][敏捷力][器用]。もちろん振るうのはバット。それとリューカの剣。どちらも【龍王】には耐性がある。



「構うか! そんなこと! 『闘気解放』ォ!! 」



 けど俺はもう決めた。ぶったおす。小細工は入らない。全力で正面から。



「行くぜェ! 『瞬間移動』! 」



 でも足は痛ぇーからコレを使ってだけど。


 まずは角。へし折ってやった。斜め後ろに飛んで。バットで一発。


 デカブツはさらにブチ切れた。割れ目から雑魚をグチャグチャだしながら噛みついてきやがる。



「『ショックウェーブ』」



 何百も纏わりついてくる細かい奴。害虫は全部、念じて潰す。でもオウサマ本体はそうもいかねえ。



「『フルスイング』」



 なら真っ向勝負だ。


 衝突。衝撃。爆風。爆砕。いろーんなものを壊した。勢いに吹き飛ばされた。腕の骨が砕けちまったがより壊れたのは向こうだ。


 ならいい。知ってんだよ。もう魔力もきれそうなんだろ? 【創造再生】のキレもよくねえんだろ? もう、くたばっちまえ。



「―――――――ー!! 」



 口には出してねえ。心の中で言っただけ。でも【龍王】は見透かしたみてえに俺に吠えかけた。甘く見るなって言うように。



「やっぱりそう来るよなぁ!! 」



 俺はバットも剣も反対方向にぶん投げた。全部適当だ。【一投入魂】を使うまでもねえ。そこで竜は迷っちまった。考えた。俺の行動の『イト』ってやつを。


 そんなもん特にねえのに。



「今気づいてもおせーよ」



 迷えば止まる。止まれば生まれる。


 付け入る隙が、弱点が見える。


 そこを付いて、突いて、突きまくって、突き殺す。



「『瞬間移動』」



 何となくバットの方に跳んだ。握ってそのままフルスイング。首のでかい骨をへし折る。



「『瞬間移動』」



 今度はアッチも反応する。跳んだ先に丁寧に拳を合わせてきやがった。


 火傷が痛ぇ。炎が熱ぃ。俺の腕、脆すぎ! 


 でも分かる。今のは良くて痛み分けだって。俺もお前をかなり壊せるようになってきた。



「『乱打』ァ!! 」



 掠っただけでも死ぬ攻撃を掻い潜って放つ連撃。クソ軽く感じるバットをぶん回して龍に血反吐を吐かせてやった。



「大車輪!! 」



 今度は婆ちゃんの技。其の場で回れ。宙で。足場はねえけど回れ。速く。強く。凶悪に。


 ご自慢の龍の鱗を端から端まで引っぺがせ。



「オラァ! 」



 爆音ならして多段ヒット。たまらず向こうも使う。『瞬間移動』。



「逃がすかァ! 」



 でも今の俺なら追いつける。追い越せる。残りまだ50秒。


 まだいける。勝てる。



「『瞬間移動』…………『瞬間移動』…………『瞬間移動』!! 」



 身体から吹き出る炎を掻い潜る。【スキル】で。【魔法】で。


 オウサマが背後を取ってきたら俺も同じ方法で取り返す。


 火を吐いてきたら顔を横からぶっ叩いて無理やり逸らす。


 尻尾と腕をぶん回してきやがったら、標本みてえにリューカの剣を動かない様に突き刺してやった。


 蹴って。殴って。治して。叩いて。跳んで。跳ねて。少しだけ走って。また跳んで。避けて。殴って。殴って。殴られて。焼かれて。守って。吹き飛ばされて。治して。また走り出して。蹴り上げて。叩いて。吹っ飛ばして。ぶっ壊れて。叩いて。治して。治して。治して。歩いて。避けて。魔法使って。燃やして。燃やされて。叩いて。痛んで。治して。治して。跳んで。跳んで。跳んで。殴って。ほんの少し走って。もう少し走って。跳んで。駆け上がって。突き刺して。抉って。叩き割って。吹っ飛ばして。吹っ飛ばされて。痛んで。焼かれて。立ち上がって。吹き飛ばして。殴って。叩いて。蹴って。痛んで。痛んで。泣き叫んで。治して。治して。治して。治して。治して。治して。治して。治して。治して。治して。治して。治して。治して。治して。治して。治して。治して。治して。治して。治して。治して。治して。治して。治して。治して。治して。治して。治して。治して。治して。治して。治して。治して。治して。治して。治して。治して。治して。治して。治して。治して。治して。治して。治して。治して。治した。


 でも。それでも。こんだけやっても! 弱点は抉れねぇし突けねぇ。


 なんでだ!? オウサマも必死ってことか?。


 頭が痛え。


 何も考えたくねえ。


 めんどくせえ。

 

 でも、答えを見つけねえとコイツは倒せない。

 


「そうか、分かった……俺も逃げ腰だからだ」



 考えれば答えはソッコーで出た。考えれば簡単な話。全身が弱点のようなものの今の俺が単にビビってただけ。互いが引き合ってたら決着がつくわけがねえ。



 ならくれてやるよ。俺の心臓以外全部。生きてりゃあいいんだから。心臓が動いてれば、魔力があれば治るんだから。肉を切らせて、骨も断たせとけ。最後に立ってるのが俺なんだったら全部どうでもいい。



「あと5秒! これが最後だ!! 」



 走る。


 全身が痛ぇけど走る。


 血反吐を吐きかけても走る。


 炎で炙られようが走る。 


 熱で意識が遠くなっても走る。


 止まるな。前進しろ。加速しろ。前を向け。敵に隙を見せるな。


 活路は。勝つには。生き残るには。今だ。今しかないんだ!



「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!!! 」


「――――――――――――――――――!!! 」



 今日で何度目だろう。こうして咆哮が重なるのは。


 そしてこれで何百回目だろう。巨大な顎から放たれた、まっすぐに向かってくる紅蓮の業火の放出を。


 もういい加減、目に焼き付き過ぎた光景――――最初はそう思った。



「…………!? 」



 見間違いか? なんだその焔は? 青色?


 まさか……いやそうだ! 高くなってる! 温度が! さっきまでと比べ物にならないほどに! 白一色の世界が熱で歪み始めるほどに!


 『闘気解放』から解き放たれた精神はより多くのことに気づく。


 赤色から黒く変色した鱗。赤から青く変わった炎。目には眼球の代わりに火そのものが宿り、完全に正気を失っている。


 見れば分かる。


 近づいちゃいけない。触れたらいけない。


 勝とうとするなんて、倒すなんてもってのほかの超常存在。龍王はその遥か高みまでこの土壇場で『成長』しやがった。 



「……ふっ……! 」


「!?!? 」



 でも突っ込む。正面から龍の蒼炎の中に。


 文字通りの地獄。見渡す限りの火、火、火。生きとし生ける者は火に弱いという常識をこれでもかと俺の身体に訴えてくる。


 右手を庇った左腕は肘先から焼け落ちた。右足は完全に炭化した。動けない。


 それでも前へ。



「――()嗚呼(ああ)―――()――亜阿亞屙氬呀襾饜䵷嗚(ああああああああああ)ァ――!! 」



 【龍王】は逆鱗に届きかけた俺を自らの手で排除することに決めた。



 その圧倒的な力で紙切れの様な[耐久力]を吹き飛ばそうとする。


 青い炎を纏い、


 別世界を激しく軋ませて、


 歪ませながら巨大な拳は飛び、突き刺さる。


 俺の左半身。


 心臓がある場所へ。


 でも……



「―――()―――!? 」



……想定……な、いだ!!


 俺が無理やりブレスを突破したらオウサマが剛腕を振るってくるのは。


 不思議に思ってるだろう。俺が奴の攻撃を血しぶきをあげて、ぐちゃぐちゃになりながらも受け止めたから。


 絡繰りは『血のマスク』にある。


【仮面変化】の効果が保たれるのは自分の顔の2割以上が隠れていた時。俺はその条件を達成しるために自分の血液を使用した。


 でもこの【スキル】には注意しないといけない部分がある。使用中でも何らからの影響で条件が満たせなくなった時【スキル】の効力は消えてしまうのだ。


 俺は青い炎の中に突っ込んだ。それは龍王との距離を無理やりに詰める狙いに加えてもう一つ理由がある。それは『顔にへばりついた血を焼き消させる』こと。

 

 目論みは成功する。あえて最初は無策で突っ込むフリをして、『本当の策』を押し通す。真の狙いはステータスの急変動を行うこと。


 【龍王】は激しく動揺した。


 何が起きているのかを理解できず目を見開いた。


 必死に思考を巡らせて考えた。


 奴は馬鹿じゃない。むしろ思慮深く、考えられる頭がある。



 けれど奴は思考を巡らせる機会なんて今までほとんど無かったはずだ。


 ブレスを一吹きすればそれで終わりなんだから。


 近づける者も、傷つけることができるものもいない絶対強者。


 そんな生物の頂点が生きていてすることがなかったであろう行動の数々。


 人でもモンスターでも変わらない。


 慣れないことをする時――それは最も大きな隙(・・・・)ができる。



「【念動魔術】――――」



 まず落とす。自由落下の速度に念力の勢いを載せて。高い高い、白天上のまで浮かせていたリューカの剣を翼の付け根に突き刺す。



「䵷饜䵷亞唖虀翹颺!! 」



 【龍王】は突如上空から降りかかってきた攻撃に痛みに思わず上を向く。


 そうまさに俺に向かって『逆鱗』の跡を見せつけるように。



「――――『フルスイング』」



 右手一本。身体のバランスが大崩れしたぎこちない一振りでも龍の弱点を破壊するには十分。

 

 ナニカ……致命的なナニカを砕いた感触を俺の手に残して



「―――――――――――――――――――……………」



 最後の龍王は眠るように打ち倒れた。


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