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死の推測

 ――『帰路(ルート)を維持できるのは10分間まで。それ以上はもう二度と元居た世界に戻れなくなっちゃうよ』


 リューカが言っていた言葉を頭の中で反芻して自嘲した。


 10分、ね。悪いなリューカ。


 言ってなかったけど、俺に残された時間はあと『2分』だ。



「―――!! 」


「来いッ! 」



 同時に放たれた2つの声が白一色(・・・)で構成された空間にこだまする。


 上も下も。


 右も左も。


 床も天井も。


 広いのか狭いのかも。


 自分が立っている場所すら禄に把握できないリューカが別世界と呼ぶ場所。ぽっかりと開いた人間サイズの穴がその中心であること以外は全てがわからない。


 聞けば、ダンジョンを創り出す技術を応用しているという話ではあったけれどその技術体系や詳細説明なんて今はどうでもいい。


 このドラゴン(デカブツ)と一対一で最後まで戦えるんだったらそれだけでいい。



「『超反応』!! 」



 炎を纏った龍の拳をギリギリまで引き付けて回避する。瞬時に来る二撃目を今度は『瞬間移動』で間合いから離脱。


 龍の視線を思うままに誘導し、超遠距離の死角から放った『獄炎』は防御に使われた比較的もろい龍の翼をボロボロに焼き焦がした。



「……『集中治療』」



 だけどこちらの代償も大きかった。かすっただけの【龍王】の炎は火炎耐性があり数十万の耐久力を持つ俺の腕を骨が露出するまで皮膚も筋肉も焼き溶かした(・・・・・)


 どうやらこの別世界とやらにも重力や空気の概念はあるらしい。


 動脈から噴き出した血は腕を伝って足元に落ち、お互いの炎で焼焦がされた空気は息を吸うだけで火傷しそうなほどだ。


 翼の負傷から這い出て来た数体のモンスターを【念動魔術】で操ったリューカの剣で薙ぎ払いながら息を止めた。


 何連続もの無酸素運動をこなした身体にはかなり堪えるが思考は不思議とクリアになる。


 考えろ。俺がやるべきことを。



「……………」



 思考は加速する。


 視界はモノクロになる。


 耳から入ってくる音は一様に重低音へと変わっていき、龍の唸り声も、細かい息遣いも、翼のこすれる音さえも混ぜ返って一つになる。


『疾風迅雷』のタイムリミットは刻一刻と近づいている。


 でも不思議と心は穏やかだ。この加速し続ける世界にいつの間にか慣れ切ってしまったらしい。


 今なら手に取るように分かる。


 怒れる竜の身体から発する炎の火力が徐々に弱まっていることも。


 さっきから右腕の感覚がほとんど無いことも。


 【龍王】がしきりに両翼の付け根を気にしていることも。


 右の肺に血が溜まり始めていることも。


 どちらの魔力もかなり削れている事さえも。



「……ふぅー」



 吸い込んだ息に乗せて得た情報を飲み込んだ。



「そういえばアイツ……」



 ――そして導き出す。



「後ろに回られると過剰に反応するよな……」



 ――【龍王】の性質の一つを。




 【龍王】はいわゆる人間が想像するドラゴンや龍と同じ姿をしている。


 しかし龍と一口に言ってもその身体の構造を簡単に説明しようとすれば『背中から羽の生えたデカいトカゲ』であることは認めざるを得ない。


 あえて違う部分あげつらえば【龍王】は二足歩行ではある。けれど四本の足と尻尾の関係は地球の爬虫類たちとほぼ同じだ。


 つまりは死角も同じで『腹の下』と『頭の真後ろ』になる。


 何度も、何度も攻防を繰り返し、幾度も死角を利用した俺だから分かる。【龍王】は二つの死角で対応の差が明確にある。腹の下に回って特別な動きを見せないことは多々あったが真後ろに回られた時だけは強烈な拒否反応を出していた。


 もちろん頭の後ろと言うのは全ての生物にとっての致命傷になりうる部分。普通ならそれで納得できる話。


 だけど現在、俺が相対しているのはモンスターの頂点。龍の王。そんな凡百の例は通用しない。現に角の生えた龍の頭から首、背中にかけては硬い竜鱗で覆われむしろ一番守られている部分に該当する。


 逆に腹は柔らかく衝撃も斬撃も通りやすい。


 おかしい。それなら逆だろ。後ろからの攻撃は気にする必要なんてないじゃないか。


 どういうことだ? 何かそこに特別な理由が……?



「…………」



 完全な静寂の中、脳みそだけが速さを維持し動き続けている。


 そして一つの気づきは



「あ」



 発見へと到達した。


 その他の凡百の竜と【龍王】の決定的な違い。口にも、心の中でも出さなかった違和感の正体。


 空に浮かぶ(・・・)【龍王】が空を飛ぶためには一度も翼を使っていないという事実に。


 なら翼の機能は? 何のために生えているんだ?


 その疑問の答えはようやく掴み始めた【龍王】の魔力の流れを追うことですぐにわかった。



「……! 」



 翼の付け根に一度集中してる! 


 全身から来た魔力が口に、逆鱗の元までたどり着く前に! 翼でため込んでから一気に放出してるんだ!



「……!! 」



 見つけたぞ! 現在のレベルの【鑑定】スキルと『弱点看破』じゃ見つけられなかったもう一つの弱点を!! 


 あとはやるだけ……いや……待て……一度、冷静になれ。


 確認しろ。出口はあそこだ。


『疾風迅雷』が続くのはあと1分40秒ほど。大丈夫。俺はまだ動ける。


 さあ動き出せ。加速しろ。



()ッ!! 」



 追いつけ身体! 俺の思考の速さまで!


 静止から一転。急発進した俺に僅かにたじろいだ【龍王】。しかし俺の狙いが顎の下の逆鱗の位置だと断定すると炎を全身に纏う。存在感が一段階膨張する。鱗から噴き出した業火は涼しくも熱くも無かった別世界を隅から隅まで灼熱地獄へと変貌させる。


 汗腺がイカレたのか汗の一滴すら出ない。


 一歩一歩近づくたびに産毛が燃えて、眼球などの粘膜の水分が蒸発していく。


 でも足は止めない。進み続ける。


 俺には時間が無い。迷っている暇は無い。だから一度掴んだ勝機を必ずものにする。そのために命を懸けるという覚悟はこの別世界に飛ばされるはるか前からすでに出来ている。


 今にも燃え尽きそうだ。


 けれど走る。


『全力疾走』し続ける。


 二本の足がある限り。闘志がある限り。



「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!! 」


「――――――――――――――――――――!! 」



 共鳴する声。


 翼に集まっていく【龍王】の魔力。


 強まる炎の勢いと大きくなる火傷の面積。


 それら全てを乗り越えるために跳躍する。三段跳びの要領で。


 龍の顎の裏、逆鱗のあった場所へ。


 対して巨竜は大樹のような前足を伸ばしてくる。


 そんなことは勿論、想定内。弱点を隠すことは生き物として当たり前の行動だ。だから俺の狙いは全てここからだ。



「『超反応』! 」



 まず使ったのは回避行動時のみ敏捷力を爆発的に増加させる『技』。伸びて来た手を伝って竜の背中までの道のりを一瞬の時間もかけずに踏破した。


≪称号≫も【スキル】も【魔法】も全て合わせた身体を使った移動という面では瞬間的な最高速度をだせる『技』。


 指一本でも動かせば衝撃波が発生する程の音速の何倍もの速度。今まで戦ってきたどの敵にも反応は出来ないと確信を持って言えるほどの速さ。


 だけど



「……反応できるよなァ! お前ならァ! 」



 この瞬間にも『成長し続ける』【龍王】なら話は別。


 コイツは追随してくる。一瞬でも気を抜けば自分自身がグチャグチャになるような最高速度にも。


 だから俺は諦める。自分の身体を使って(・・・・・・)動くのを。



「『瞬間移動』! 」



 ワープ。その『技』を一言で説明すれならその単語が相応しい。


 身体を動かすことも、体力を消費することも無い移動方法。


 自分のいる座標の転移。


 1秒間に最も長く移動するという観点では『超反応』に軍配が上がる。だけど1秒に満たない極少数。コンマの後ろに0が何個も並ぶ世界においては『瞬間移動』は間違いなく反則級(チート)技だ。


『視界に入った何処か』という緩すぎる条件で俺が跳ぶ先(・・・)に選んだのは再び竜の顎の下。【龍王】の伸びきった両腕はワープの速さには反応できない。できるわけがない。


 いけ!


 引き付けたバットを逆鱗があった場所めがけて振るう。リューカに教わったブレスの根源をそのまま打ち砕こうとした。


 けれど【龍王】はその類の『速さ』にすら食らいつく。


 俺と同じく四肢を動かして対応することは出来ないものの、前面から吹き出る炎の火力を強めて寄せ付け無くしてくる。全身を炙る熱。その温度の高さは凄まじい強化が成された俺のバットが融解しかけたほど。


 【龍王】に不用意に近づいた俺はまんまと灰も残らず焼かれる憂き目にあいかける。


 これら全てが刹那にすら満たない間に起きた出来事。


 ゆっくりと時間が経過していく視界の中で淡々と全てが始まり、終わっていく。その中で俺は見つけ出す。密かに竜の背後に浮かび上がらせておいた白刃の剣を。



 さあ、ここだ。これから行うことこそが本気の本当の本命。


 下手をうてば全身がバラバラになるだけじゃすまないため、今の今までずっと封印してきた『瞬間移動』の一切の間を置かない連続使用をここで解禁する。


 これで俺は龍の思考を完璧に上回る。



「『瞬間移動』! 」



 赤い火は何も焼けずに空振り。そして俺は剣の柄を掴み再度竜の背に。


 もらったァ!


 そう叫びたいのを抑えて剣で突く。翼の付け根を。俺が自力で見つけ出した弱点に。右手にバット。左手に剣を携えて。


 もう追いつけない。追いつけるわけがない。二重、三重の罠を超えてさすがの【龍王】も反応すらできない―――――――――――――――――筈だった。





「は? 」





 別世界に響く。これが戦闘中の自分のモノだとは到底信じたくないほどに間抜けな声。


 身体が追い付けないほどの速さで回っていた頭はその時は成す術もなく停止した。残ったのは沸き上がった疑問だけ。



 なんで、竜は俺の目の前から消えたんだ?



 なんで、竜は俺の背後を取っているんだ?



 分かってる。その問いに意味は無い。全てはこのバケモノ(・・・・)がまた成長して、『瞬間移動』ができるようになってしまった。言ってしまったらそれだけの話。


 けれどその時に俺が晒した隙は余りにも大きく、長すぎた。



「…………ッッ!! 」



 ずっと意識の端に追いやっていた龍の放つ感情が重く圧し掛かる。その激怒は俺が逆鱗に触れてから時間が経った現在も全く衰える気配がない。


 それどころか憎悪と殺意で縁取られた怒りの炎の勢いはこの一呼吸にすら満たない時間、頂点に達した。


 振り返らない。


 振り返れない。


 そこまで速くは動けない。


 ただ迫って来るのを待つしかない。


 加速した思考の中で。


 ゆっくりと流れる世界で。


 少しずつ。


 静かに。


 俺に死を与える者が。


 死、そのものが。


 俺の首に縄をかけるまで。

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