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二つの覚悟

 剣太郎はなんの前触れもなく現れた。



「はぁ……はぁ……くそ……! 」



 まるで最初からそこにいたかのように、リューカの隣で片膝立ちに座り込み荒く息を吐いた。



「剣太郎! 大丈夫!? 」



 駆け寄って助け起こそうとするリューカ。しかし触れた剣太郎の体はビクともしない。まるで石になってしまったかのように。



「……っ! その目は……」



 直後にリューカは気づく。少年の目が紫色の光を纏っていることを。



「【石化の魔眼】だ……。まだ効果が継続してるから……俺も竜も本来は動けないんだけど……『瞬間移動』で俺だけ無理矢理逃げてきたんだ……少しだけ……休みたくて……」



 少年の息は絶え絶えだった。



「あんなに怒り狂った竜を見たことない……何があったの? 」



 彼女の問いかけに少年は激しい後悔の表情を浮かべた。



「それは俺の失敗だ……。手を出した……龍の逆鱗を……短慮な行動だった……」



 リューカの心臓が止まった。彼女は知っていたからだ。龍の生体と性質のほとんどを本の知識で。


 彼女が読んだ"ドラゴンの基礎知識とその考察"によれば逆鱗は『神経系が集中している竜の痛点であり』万が一壊れると『怒りで暴走し、脳が自身の身体を壊さない程度に制限していた[力]と[魔力]の箍が外れる』と記述されていた。



「ふふふ……くくく……あははははははは!! 」



 重たい沈黙がその場を支配しようとしたその時。笑い声が割り込んできた。



「……! リューカ! コイツっ……魔王ッ……!? 」


「大丈夫……もう死にかけだから……」



 気づけば、自分のすぐそばに倒れていた魔の王の姿に激しく動揺する剣太郎を宥めるリューカ。しかし彼女の心の中にも僅かな不安が芽生え初めていた。



「たった今、確信した……! 我々『西の魔王』の陣営の勝利だ! 」


「……何を言ってるの? 」


「……………西の(・・)……魔王?? 」



 死にぞこないの男の妄言に対してリューカは強く詰問し少年は何かに引っかかるように首を傾げる。そんな反応を見てくつくつと含み笑いをしていた魔王はつらつらと話し始めた。男が知る『魔界』の情勢を。



「西の王は、【四方の魔王】の中で最も速く目覚めた。聡明なる彼の御方が最初に我らに命じたのは他3体の大魔王を力をつける前に捕らえてしまうことだった」



 淡々と話しながらも徐々に興奮を強めていく魔王。



「すでに南北の2名は我が軍勢が手中に収めている。最も遅く目覚めた『東の魔王』の姿は相変わらず見つからないままだかそんなのは些末なこと。なぜなら……」



 魔王は止まらない。ずっと布教を我慢していた狂信者のように熱に浮かれた口調で朗々と話し続ける。



「西の君が9000万の人間の魂を喰らうている間、東はただ眠りこけていたからだ。この最も速く一億人を殺せるかの競争においてその差は致命的だ」



『そしてなによりも』と言葉を挟んでから魔王は嗤った。世界、全てを嘲るように。



「『東の魔王』はこの人類が唯一生き残った極西大陸で一億人の魔力をもった生贄を用意することはもう不可能なのだから! 」


「…………ッッ!? 」



 発言の直後、もっとも強く反応したのは剣太郎だった。その狼狽はとても激しく、体が動ければ手をついて倒れ込んでしまうほどに強く唇を噛み締めた。


 そんな彼の様子さえも魔王は嘲る。



「見よ。人類の希望の姿を。この様子で我らが王に勝てるはずがない……。そして唯一【四方の魔王】と比肩した存在であった『三大龍王』も今や耄碌した古龍が一匹だけ……揺るぎない……われらの……しょうりは……! 」



 次第に弱まっていく魔王の声。そして消え入るような音量で最後につぶやく。



「さいごの……『おきみやげ』だ……ここでくたばれ……にんげんども……」



 黒い煙となって爆散する魔王の身体。その中で強く赤い光が瞬いた。



(この光は……『赤熱物質(クリムゾン)』!! )



「『パワーウォール』! 」


「【剣王結界】! 」



 片方でも対応が遅れていたら危なかった。魔王が抱えていた切り札はそれほどの威力と爆発力を誇っていた。



「あいつ……もともと死ぬ気でいやがったな……」



 少年の声に頷こうとしたリューカ。しかしその前に彼女は気づく。彼の変化に。



「剣太郎……身体が動いてる(・・・・)


「ああ。……そうか……今なのか……」



 立ち上がり少年は赤い空を見上げた。すると聞こえてきた。雷雲の向こう側、遥か彼方から巨大な怒りの咆哮が。



「来るな……そろそろ」


「そうだね」


「準備は終わったんだっけ? 」


「うん。この丘の範囲内にいるものは好きな時にどことも繋がってない作り出した『別世界』に飛ばせるよ」


「すごいな。流石だ」


「そんなこと……ないよ」



 龍王の怒りは凄まじい。雷鳴を塗りつぶすほどの轟音だ。その音が次第に大きくなっている。



「ねえ、剣太郎」


「なんだ? 」


「もしかして別世界に一緒に行こう(・・・)としてない? 」


「どうしてそう思ったんだ? 」


「なんとなく」


「……そうか。なんとなくか……」



 巨大な魔力がこちらに照準を合わせた、ような気が二人はした。


 十数秒の沈黙を破ったのは女騎士の方だった。



「剣太郎は知ってる? 」


「何をだ? 」


「龍の『逆鱗』は他の部位の鱗と違って一生、生え変わらないの」


「……そうなのか? 」


「うん。それでね。その鱗が生えてない皮膚のさらに下にブレスを吐くための内燃器官があるの」


「初耳だ」


「そこをね壊せれば……突き刺せれば……」


「倒せるのか? 」


「……う、ん……」


「なあリューカ。そんな顔しないでくれ」


「……」


「『親友』にそんな顔させるために俺は戦ってるわけじゃない」


「でも……! だって……こんなの……」


「絶対に帰ってくる! 約束だ! 」



 剣太郎の声はすぐ近くまで迫った龍の叫びに半ば塗りつぶされた。巨大な翼のはためきと荒い鼻息すらも丘まで届き始めていた。


 剣太郎はそこで何かを逡巡するように一瞬だけ目をつぶる。口を開いた彼は先程とは比べ物にならない力のない声だった。



「リューカ。一つお願いがあるんだけどいいか? 」


「なに……? 」


「『勝てる』って言ってくれ。リューカの『言葉』は俺にはかなり『効く』みたいだからさ」



 しゃがみこんで、俯いた少年が見せたほんの少しの弱音。


 少女は無言で彼の隣に座る。そして腰のベルトから鞘に収まった一本の剣を取り出すと彼のあいた手に持たせた。



「剣太郎ならできる。勝てるよ」



 死闘へと赴く英雄に祝福と安心感をあたえるために。瞳から零れ落ちそうになる感情を押しとどめて。【聖女】は穏やかに柔らかく微笑んだ。



「だって剣太郎は……どん底の私を救い出してくれたんだから」



 2つの指輪が一際強く、熱を持ったその時。



「――――――――――!!!! 」



 龍王は顕現する。雷雲を突き破り、稲妻を切り裂き、灼熱を身に纏って。


 立ち上がった二人は覚悟を持ってその様子を見つめた。


 最後の戦いに挑む覚悟と信じて待つという覚悟を。


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