【四方の魔王】が求むもの
「はぁ……はぁ………………っ! 」
「ぐっ……がはっ……あははは! 」
【勇者の丘】に乱れる息が響いた。同時に打ち鳴らされるのは激しい剣戟の音。壮絶な削り合いは今や架橋に入り始めていた。
「噂に聞く【聖女】の実力……まさか、ここまでとは……! 」
「……『エッジスラスト』! 」
「くぅ~激烈! しかし、いいのですか!? 私にかまけて、ソレを放っておいても!? 」
「ご心配なく。見なくても魔力だけで操作できる程度には『読みこんだ』から」
絶えずこちらの集中力を削ごうとしてくる魔王の言葉にリューカは乗らない。最低限の返答に終止して身体は戦闘。頭では転移装置の対処を行う。
(大丈夫。今、私がつきっきりで動かしても準備時間が短くはならない……今は目の前の敵に集中する……! )
様々な歴史書や古文書、装置の設計者である【大賢者】自身が残した文献などをすべて網羅したリューカはその確信を得て戦闘に前がかりになった。
「これは……なかなかに! 」
「ハァ! 」
「ぐぅ……! なら……これでは!? 」
魔王の背後から幾本も浮かび上がる剣の幻影。黒い光を放つ百に迫る魔力の剣は切っ先を全てリューカに向けた。
「行け」
殺到する刃。地面と大気を切り裂きながら迫った。
対してリューカは
「ふっ! 」
あえて前へつっこむことで剣の雨を切り抜ける。そのまま一気に加速。すれ違いざまに魔王の肌を薄く切り裂いた。
「くっ……! 」
「危ない。危ない。【外皮】がなければ今のは大分怪しかったですよ」
しかし言い換えれば肌の表面を少しだけなぞっただけ。攻撃をかなり当て始めているものの、リューカは『自分よりもレベルが低い存在から受ける攻撃』に対して高い防御性能を誇る【魔王】の外皮を前にして先程から攻めあぐねていた。
「しかし、驚きましたよ」
そんなことを知ってか知らずか。
「この時代にまだ……それほど動ける騎士でありながら……アーティファクト級のドロップアイテムに匹敵する装置を軽々と操作できる者がいるのですね」
魔王は軽口を飛ばし続けた。挑発するように。相手の精神を逆なでするように。
「……『燕返し』! 」
「おっと……! 怖い怖い。油断も隙もない。しかしどうでしょう? その張り詰めた様子で察知できてますか? 彼らの戦いの行方を? 」
最初はいつものブラフだとリューカは思っていた。けれどその直後、頭上から響いた恐ろしい大きさの爆音に思わず肩をピクリと持ち上げた。
意識は油断なく魔王に向けながら、恐る恐る横目で確認する。
「あれは……! 」
そこに広がっていたのは『神々の黄昏』の光景だった。
目に飛び込んできたのは『世界の終末』だった。
黒い雷雲の中で一体の龍と少年が戦っている。赤い鱗の上からさらに炎を纏った巨龍は明らかに我を忘れて怒り狂っている。
目にも止まらぬ速さで動き回り、竜と比すれば小さすぎる少年の体を轢き殺そうとした。
それを正面から棍棒で打ち返していく少年。感知するだけで頭がおかしくなりそうなほどのおぞましい量の魔力を身に纏いながら物理法則を完全に無視した動きでほぼ互角に渡り合っていた。
龍の尾に弾き飛ばされた直後に、後頭部を殴り返す。
翼のはためきで雷雲ごと巻き上げられて、無防備になったところにブレスを叩き込まれそうになったら逆に開かれた龍の口内に魔法を突っ込む。
炎の拳には魔法の壁。
強靭な鱗には一点集中の連続攻撃。
解き放たれたブレスは念力を固めて、魔法を重ねて押し留めた。
衝突の度にちぎれ飛ぶ雷雲と浮かぶ岩石。悲鳴を上げる大気と雷。龍と少年は神として例えられる自然そのものすらも相手取っていた。
(まさか、もうここまでたどり着いてるなんて……)
「すごいもんですねえ……あれが現在の人類最強ですか……。しかし面白い……いや懐かしいといったほうがいいでしょうか? 異世界から来た人間とは」
リューカは『はっ』とした。今の意味深な魔王の発言から一つの考えが脳裏に思い浮かんだからだ。
十分に間合いを離した後にリューカは口を開く。一つの問いをするために。
「……ここには本当に竜王の討伐の邪魔をしにきたんですか? 」
「鋭いご指摘ですね。確かにあの龍にはこれ以上暴れられては困りますよ。アレが暴れたままだと夜眠るのにも苦労しそうですからねぇ」
はぐらかす魔王。どうやら本当のことを話す気はさらさら無いようだった。
だからリューカは今、連発できない『切り札』。【真言】スキルを使う。
「『答えて』! 」
戦いの最中でもかけ続けていた暗示が今、伏線回収をするようにその効力を発揮する。
魔力のこもった一言は強い強制力を発揮して男の耳に入った。
最初は余裕そうな表情をしていた魔王。だがしだいにその顔色を悪くしていき、最後は感情の読めない無表情へと変貌した。
「『私は使い捨ての尖兵。ここへは威力偵察に来ました。生き残りの人類の頂点がどれほどなのかを見極めるために。相手の可能な限りの力を引き出すために私は素養もないのにも関わらず無理矢理魔王へ変わりました』」
スラスラと虚ろな目で話す魔王。リューカは質問を続けた。
「なんのために? 」
「『全ては我らが『皇帝』が次の領域へと進むために……』」
「アナタ達の真の目的は何なんですか? 」
「『我らが【西の魔王】を他の魔王の誰よりも早く神の座へ届かせること』」
初めて聞く話の数々に息を呑んだ。魔の物から飛び出た『神』という概念。お互いに干渉しないと考えられてきた四方の魔王たちがこれほどまでにいがみあっているなんて考えたこともなかった。
リューカは自分が今、ありとあらゆる国家が喉から手が出るほどに欲している情報を得られていることを認識した。
だからもっとつっこんだ話を聞く。
「どうして人を殺すんですか? 」
「…………『ただのモンスターが魔王になる条件を知っていますか?』」
「え?」
けれど逆に問いかけられた。百戦錬磨の女騎士であっても反応できない虚を突いた返し。そんな様子を見て魔王は催眠の下でありながら僅かに口を歪めた。
「『人間を一万人殺すこと。魔王は人を多く殺せば殺すほど、魂を食らえば食らうほどに強くなるからです』」
「!!」
精神を操られたはずの魔王はリューカの分かりやすい反応を見て明らかに感情のこもった笑みを浮かべた。親愛の情が一切含まれていない『嘲り』を。
「『そのさらに先、【魔神】に至るためには必要なのですよ。
――上質な魔力をもった〖一億人〗のヒトの魂が」
「……!?」
「『我らが東の皇が高みへ至るまで、残りは1千万人。この数は丁度この極西大陸に生き残った人間と同じ数。あと少し、もう少しで我らの皇は成るのです。世界の支配者から創造する側に』」
「い、……一億……? 一千万……? 」
人間の数として想像したことすらない数字。それを魔王は皆殺しにすると言った。ただ自分自身をより強くするためだけに。
口にするのも、考えるのもおぞましい計画の全容。だけどリューカが考えてることはそんな分からない未来の話ではなかった。
「つまりあなたは剣太郎の邪魔をしに来たわけでも……竜を直接操っているわけでも……転移装置に何か仕掛けをしてもいるわけでもないって……ことですか? 」
「『そういうことです』」
「じゃあ問題ないですね…………今、私が」
――――『あなたを倒しても』
「『は……い…、…』……………え? 」
一つの殺気が【勇者の丘】を支配した。剣圧に突き刺さった武器が震え始める。
「『起動シークエンス、ガ終了シマシタ』」
その装置の音声と共に正気が戻っていた魔王の視界からリューカの姿が消え失せる。
「!? 」
ようやく状況を理解した若き魔王はその胡散臭い表情を怒りで大きく歪めた。
「貴様ァ! この魔王の一角であるこの俺をッ! 身の程も知らず! 良い様に操ったなァッ!! 」
唾を吐き散らすとともに、男の中で爆発で来な魔力が起き上がる。力は見る見るうちに形をつくりあげていきそれらは空を覆い尽くす剣の影と化した。
「【呪殺魔法】『影の型』! 」
変わらずリューカの姿は視界に映らない。それ故に選んだ物量攻撃。あたり一帯半径数キロの範囲で剣の雨を降らす奥義を使うことに迷いは無かった。
「死ね! 小娘!! 」
殺意のこもった声と同時にふくれあがった魔力がはじける。降り注ぐ剣の雨。大地を切り刻んでいく爆撃音の重奏の中で、何故か魔王の耳にはっきりと届く。
「ふっ……」
余計な力の一切入っていない、完全に脱力した小さな呼吸音が。
「あ……がっ―――――――――――――――――」
直後、世界は真っ二つに切り裂かれる。
大地も。
空気も。
そして【外皮】に守られた魔王さえも。
その大きな、大きな斬撃の痕跡は遥か遠くで龍と戦う少年にも分かるほどにはっきりと長い時間が経っても刻まれ続けていた。
まるで『準備完了』の合図のように。