逆鱗
「……『瞬間移動』」
伸びてきた顎をかわす。『跳躍』した先は角の生えた後頭部。その頭上。
対して竜は口から溢れるばかりの火をたたえて首をひねってこちらに照準をあわせてくる。
「『瞬間移動』」
赤い虚空にむかって放たれる火炎。天上を焼き焦がすような熱線は雲を切り裂き、浮かび上がった岩石を融解させた。
俺が緊急離脱した先は龍王の大きな背中。すかさず襲い来る巨大な尾。
「『瞬間移動』……! 」
三度、『跳躍』。跳んだ先は龍王の視線の遥か先。ギリギリまで引き付けた攻撃は止めることが出来ず自身の背中を強かに打った。
「【念動魔術】」
さらに加速。宙につくりあげた念力の足場を蹴って『全力疾走』した。
『疾風迅雷』を使ってから今は一分。いやもう一分も経ってしまったと言うべきか? 【龍王】は俺の狙い通り、素直について来てくれている。遥か後ろから。
さあ【勇者の丘】まであと少し。そこまでどうにか持ちこたえてくれ……!!
心の中で強く願う。足は止めず、背中に竜の気配を感じながら。
さっきから何故か指輪が熱い。凄まじい熱を持っている。リューカとの距離が近いのか。いやそれにしても変だ。
そう、これではまるで俺に何かを『警告』しているような?
まさに、その時。
その瞬間。
「……え? 」
影が下りた。突然、太陽を雷雲が覆い隠したかのような巨大な黒い影。
脚は止めずにゆっくりと後ろを見る。
するとそこにはいた。
「は? 」
直上に巨大な龍が。
「なん――――――――……がッ!!! 」
『なんで? 』と言い切ることすらできなかった。
叩き落とされる。空から大地へ。
「……がっ! ……ぐはぁ! 」
地面に激突しても勢いは止まらない。
二転三転して飛び跳ねる体は岩山に正面衝突したところでようやく静止した。
「……ぎぃ……ぐぅ……【自動回復】……」
ひびの入った骨を必死に癒す。けれど王を冠する伝説上の生き物はそんな隙を逃してはくれなかった。
「――――――――――!! 」
すぐ目の前の平地に降り立ち、咆哮する【龍王】。だけどこんな時のために用意していた秘策がある。
「……『落ちろ』ぉおおおお!! 」
念のこもった言葉を叫ぶ。発動した【念動魔術】はひそかに掻き集めていた浮遊する岩を高速で引きずり始める。闘技場では遠すぎたため1個が限界だったが周りにいくらでもある今の状況ではその限りではない。
集まった数、なんと20。
「【剣神】の時の20倍……目標は赤いデカブツ……いけぇ! 」
天から降り注ぐ疑似的な隕石の雨。巨大質量兵器は一つずつそれぞれが膨大な粉塵と衝撃波をまき散らして竜の身体に直撃していく。
これなら……!
「……ッッ!! 」
一瞬思ってしまった。一度だけ考えてしまった。
龍王からこのまま逃げ切れるんじゃないかと。
このまま倒せるんじゃないかと。
「何だよ……その……ステータスは……? 」
甘かった。俺は思い違いをしていた。
『Lv.201 龍王サラム・ドライグ
力:1739821
敏捷:1009032
器用:1000008
持久力:1000789
耐久:1034012
魔力:1302303 』
平均レベルが物凄く高い竜の中でなぜこの竜だけが『王』を名乗ることが許されているのか。その事実を本当に深くは理解していなかった。
「何もしてないのに……ステータスが成長するのか? 」
龍王にそんな【スキル】は無い。『偽装』しているわけでもない。本当にそんなバカげた効果のスキルなんて持っていない。
では何故これほど急激に数値が伸びているのか。10万代だった
「まさか……」
『溶岩の海』と化した大地の中心で龍王は始めに見た時の何倍もの威圧感と存在感を発して俺を睨みつける。それはまるで神話の中の一幕。生物としての格が違い過ぎる。そんな竜にとっては当たり前なんだろう。
人間が手を使って道具を使うように。植物が光合成をするように。動物が食べたものから栄養を摂取できるように。ありとあらゆる生き物が呼吸をするように。
『レベル』も『スキル』も『ステータス』も関係ない。『非数値化技能』とも違う。他の生き物の全ての生理現象や性質なんだ――――。
――――絶えず、何もしなくても『成長する』ということが。
「――――――――――――ッッ……!!!! 」
ヤバイ。ヤバすぎる。コイツは、この生き物はやばい。
余りにも強すぎる。
個で存在が確立しすぎている。
だというのに狂暴性は肉食動物のソレをはるかに凌駕している。
「お前はダメだ……」
絶対に看過できない。野放しにすることもできない。
「別世界に幽閉するくらいじゃダメだ……」
いつか必ず『成長』して戻ってくる。
「誰かがやらないと……」
じゃあ一体……誰がやるんだ?
「……俺か? 」
そうだ。
「俺なのか? 」
おまえだ。
「やれるのか? 」
俺が殺るしかない。
「……………………………『弱点看破』」
赤く浮かび上がるのは竜の口。その顎の付け根。一枚だけ反りあがった鱗がある。
唯一の弱点としては余りにも無防備に見えるソレこそが竜の泣き所。
「『闘気解放』……『全力疾走』……」
皮膚が破けるほどにバットを強く握りしめた。
「……『瞬間移動』!! 」
跳んだ。巨大な顎の下に。
「……『フル……スイング』!! 」
溜めは一秒以下。最大出力に達するのは一瞬。
「――――――――――!!」
でも効果は――――絶大だ。
「よっしゃぁ! これで……」
砕け散った鱗を顔に受けながらも喜びの声を上げた。
当然だ。決死の奇襲攻撃でまんまと【龍王】の『弱点』を破壊できたのだから。
――でも俺はもう少し考えを巡らせるべきだった。
――恐怖で行動が凝り固まっていた。
――理解不能な事態は思考を大きく鈍らせた。
――大きすぎる脅威に目が眩んでしまった。
――目先の獲物に飛びついてしまった。
――『弱点看破』とはどんな『技』だったかもう一度思い出すべきだった。
【鑑定】のスキルレベルが5に到達すると使用可能の『技』。当初は『弱点』を視界の中でだけ一分間赤く染め上げる効果だった。
レベルが上がった今、その継続時間と発見できる数は大きく変化したがその効果の本質は変わらない。
その対象生物特有の致命的な負傷を与えられる箇所、痛点が集まり攻撃すると冷静さを失わせる場所、生き物にとっては絶対に大事な脳と心臓などの重要器官。それら全てをひっくるめて『弱点』と呼び、区別なく見つけ出す。
ではここで【龍王】の弱点とは何か思い出してみよう。
反り返り、逆さになった鱗。
そうそれはまるで『触れたら大きな怒りを買う』ことで有名な……
「…………逆鱗? 」
ドクン。
一つの鼓動が世界を揺らした。魔力の起こりをどこからか感じ取った。
ドクン。
魔力は際限なく膨れ上がる。空にかかった黒雲が集まり、風は荒れ、グルグルと渦を巻き始める。
ドクン。
俺の心臓の音と魔力の鼓動が重なったその時。
「―――――――――――――――――――!!!!!! 」
【龍王】の暴走が始まった。