伝えるべきこと
「俺……死にかけてたのか……」
声に出してようやく湧き上がった実感を、今噛みしめる。
焼き焦がされた身体。癒着した形跡のある服と肌。口の中には鉄の味が一杯に広がっていた。
身体的な衝撃が大きかったのか。俺がここまで吹き飛ばされることになった竜王との最後の攻防の記憶は抜け落ちてしまっている。
だからはっきりしていることは俺が死の淵をさまよったという事実と眼の前にいる女の子にまたもや助けられたということだけだった。
「感謝しても仕切れないな。また助けられちゃったか……」
頭を下げた。万感の思いを込めて。この世界に来てから彼女からもらった全ての厚意に改めて感謝する。
「礼には及ばないよ。及ばなすぎるよ。剣太郎に私ができることなんてこれくらいなんだから」
対してリューカは
「え? 」
「お礼を言うべきなのはこっちの方。本当にありがとう。【剣神】から私達を救ってくれて」
俺の想像とは違う反応を示した。
「あ、あぁ……」
「でもね。これ以上は無理だよ。巻き込めないよ。黙ってみてられないよ……」
もしかして……
「この世界はね元々終わりかけてたの。主に貴族のせいで。人も、国も、未来も。それを何とか騙し騙しここまで無理矢理命を繋げてきた……」
リューカは……勘違いをしてる?
「そんなもののために……剣太郎がこれ以上傷つくのは、剣太郎の優しさにつけ込むのは……嫌だ……」
間違いない。絶対そうだ。またもや俺たちはすれ違いをおこしている。
「そうか……そうだった。そういえば……俺言ってない」
自分がどう思っているか。何を考えてるか。リューカの思い違いはそれが理由だ。
そんな彼女の声と肩は今も震えていた。それは俺に対する友愛と心配の顕れなんだろうか? そうだといいな。そうだと嬉しい。
「なあ……リューカ」
だから俺は
「……なに? 」
「リューカは一つだけ勘違いしてるよ」
それを正す。
そのために自分の気持ちも正直に打ち明ける。
今思えば梨紗との仲直りがあれほど時間が掛かってしまったのはこのことを怠ったせいだ。俺はもっと人と話すべきだった。
言っても伝わらないことはあっても、言わなかったせいで伝わらないことの方が多いと思うから。
「……どういうこと? 」
「言葉の意味そのまんまだよ。リューカは勘違いしてる。そっちが思ってるほど俺はそんなにお人好しじゃないよ。見ず知らずの人を無差別にみんな助けられるほどに力も強くない。わかってる。俺の能力にだって限界があることは」
「……うん」
「俺が動けたのは……【剣神】に命懸けの戦いを挑んだのは……」
「挑んだのは……? 」
深呼吸をするために、言葉を一度切る。なるほど……。これは少し恥ずかしいな。でも俺はもう逃げないって決めたから。だから……話す。包み隠さずに。
「リューカのためだ。この世界で俺のたった一人の友達を助けたかったからだ」
「え? 」
「俺も守りたかったんだ。リューカを、リューカが守ろうとした世界を」
「え!? ちょっ……」
「これが俺の正直な気持ちだ」
「ちょ……ちょっ…ちょっと……待って……! 」
「どうしたんだ? そんなに顔赤くしてさ」
顔をふせられていても分かる。俺の両肩に手を置いて、必死に揺らすリューカの真っ白な肌が今はゆで蛸のようになってることを。
「そっちこそ……いきなりどうしちゃったの? 変だよ……剣太郎」
「なにか違和感のあること言ったか? 」
「違和感なことって言ったらもう色々あるけど……一番はその……『私一人のために』剣太郎が動いたって……誤解されるような言い回しをしたこと、かな? 」
「違和感も何もその通りだ。突き詰めると俺が動いたのはリューカ一人のためだ」
「おかしいよ! 」
「なんでだ? 」
「だって……私は…………剣太郎の…………………、………一杯いる友達の一人でしか、ないし」
「そんなリューカを俺が助けるのはおかしいか……?」
「う、うん……」
俺は大きく、大きくため息をついた。なるほど。そこからなのかと。
ちゃんと伝わるように話せるかは不安だ。長くなりすぎて結局うまく自分のことを説明できない気もする。でも話したい。リューカにだけは。
それが今の偽りのない素直な気持ちだった。
「そんなことないぜ。俺すごくうれしかった。俺の家族はグチャグチャになってたってことを思い出して心細くて、不安だった俺にリューカの存在は間違いなく俺の救いだった」
ゆっくりと体を起こす。慌てて駆け寄ってくるリューカに一言礼を言ってから言葉をつなぐ。
「俺って多分リューカが思ってるほどに口が上手いほうじゃないし、根が明るいわけでもなければ、それほど友達が多いわけでもない。そんな少ない友達の中でも親友って呼べる人も悲しいけど、多分いない。手放しで、恥じらいもなく大切だって言えるのは家族ぐらいだった。……なのにその家族には、とんでもない秘密があって俺はそのことをすっかり忘れてた。思い出した時は本当に辛かった。自分の人生を全て否定されたような気さえした。恥ずかしくて、情けなくて、今すぐどこか別の世界へ消え去りたかった」
俺の手を取った柔らかい手のひらに力が入る。その手の上に俺はそっと自分の空いた手を置いた。
「その時に知ったんだ。リューカが俺のためにどれだけ尽力してくれたかを。すごく勇気づけられた。こんなに俺のことを思ってくれる友達が少なくとも一人いるって事実にさ。もう一度、立ち上がる力をもらえたんだ」
「……、……………」
「だからさ……リューカ……お願いだ。俺に戦うことを許してくれ。俺は自分の『大切な友人であり恩人』を助けたいだけなんだ」
最後は黙って頭を下げた。返答が帰ってくるまでそのまま下げ続けるつもりだった。
けれど予想と違い、鈴なりのような高い声はすぐに返ってきた。
「ずるい……剣太郎はずるい、よ。そんな言い方されたら…、…私……何も、言えない……」
顔を上げた俺の心臓は止まりかけた。そこには見慣れた女騎士が一人いるだけのはずだった。
でも実際にいたのは、火が出るほどに赤くなった顔を両手で抑えて、赤い瞳を俺と視線が合わないように、せわしなく揺らして俯いて顔を振る、戦いとは縁遠そうな普通の女の子だった。
あれ……?
なんだ……?
待てよ……。
リューカって……こんなに……いや綺麗だとは思ったけどさ…、…ここまで……可愛かったか?
心臓が高鳴った。動悸が激しい。不整脈か?
俺が息を吐いて落ち着こうと顔を上げたその瞬間。
「――――――――――!!! 」
火を吐き疲れた竜が目を覚ます。今度は必殺の意思を目に込めて。
羽ばたきが強くなり突風を巻き起こす。削れた魔力は回復し終わったのか既に満タン。それともそれを待つために今の今まで動こうとしなかったのか。
とりあえずまず、切り替えろ。休憩は終わりだ。
その二言で熱した頭は急速に冷静になる。
俺は知っていた。例え奴をこのまま運よく、都合よく討てたとしても、この世界を救うことはできないということを。
計画がいる。あの龍をハメる必要がある。そしてその実行可能かどうかも定かではない策の成功にはリューカの協力が必要不可欠だった。
「なあリューカ作戦があるんだ」
「うん」
思い出す。二人でキメラと戦った時のこと。
そこからさらに騎士団団長の風格を纏った上で既に臨戦態勢のリューカにほんの少し舌を巻いたあとに俺はその無謀にも思えるアイデアを話した。
「やれそうか? 」
「わからない……。アレの機能には謎が多いからもしかしたからそんな使い方もできるのかもしれない……」
「それを聞けて安心だ。可能性は0じゃない」
「でも……それって……」
「なんだ? 」
「剣太郎は……どうなるの? 」
鋭い指摘だ。意図的に伏せてたつもりだったけど誤魔化すのはやっぱり無理だな。だから俺は正直に言う。
「わからない」
「そんな……! 」
「でもやるしかないだろ? 約束する……絶対に……帰って来るって……! 」
いい加減、自覚が芽生えてきた。俺が『絶対』という強い言葉を使う時。
それは自信が全く無い時だということを。
竜はそんな一人の人間の決死の覚悟なんて気にも止めない様子で赤い空を雄大に力強く飛び続けていた。