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奇跡

 『臨界突破』という現象がある。


 それは創造神が人に与えた試練。


 それはステータスを持つものをダンジョンへ向かわせるための仕組み。


 それは近寄られもしない迷宮そのものの嘆き。


 様々な宗教的な解釈があるが、その実態は世界を歪ませるほどの魔力溜まりを発生させ、突発型ダンジョンを『氾濫』させるというもの。


 新たに無数に世界に生み出されるダンジョンの中には『想像もできないほどに』過酷で手強い上級ダンジョンの一つにすらも引き当ててしまうことがあった。

 、

 原因は特定されている。


 それは、『攻略もされずに放置されたダンジョンの数が一定数を超えたまま長い時間が経過する』こと。



 この世界に残存するどの国家も自国内でダンジョンを作らせないための『魔除けの結界』を発動させている。


 けれどそれだけで安心してはならない。常に周辺のダンジョンを攻略し、数を一定以下に保ち続けなければならない。さもなくばその国は『臨界突破』に陥ることとなり、今の今までソレを発動させて生き残れた国家は――――


 ――――1つも存在しない。





 イヒト帝国はその日、知ることになった。


 抱いた希望を圧倒的な絶望で塗りつぶされた時、人は一歩たりとも動けなくなるということを。


 そうまさに。


 『絶望』という言葉は【龍の炎】を表すために存在した。


 視覚的にわかる。圧倒的な規模とその途轍もない速度が。


 聞けばわかる。例外なく全てを飲み込む炎の破壊力を。


 目をつぶって耳をふさいでも、どれだけ離れていようとも、肌では感じられる。竜の息吹を。その熱を。


 その力を。


 炎は殺到する。帝都の結界に向かって。




「……――――ッッ!! 」




 何かが割れる巨大な音がした、直後。空からは青色の破片が降り注いだ。まるで自分の役目をもう終えたとでも言うかのように。


 そして帝国は、帝都は目撃した。


 結界を破られ、城壁も焼き溶かされたさらに先。同じ赤い空の下でこちらを見つめている一体の巨竜の姿を。



 ソレはひたすらに紅かった。


 真紅の鱗に覆われた全身は今にも燃え上がるように蜃気楼が起きるほどに高熱。


 その熱にみち満ちた巨体を一対の世界を覆い尽くすような翼が支えている。


 圧倒的な生命力と威圧感は見るものすべてに生物として格上であることを確信させるその一体のモンスター。



『Lv.201 龍王サラム・ドライグ』




 三大竜王の最後の一角。世界最大最強の火竜は帝国に牙を剥いた。


 民衆は動けない。


 騎士たちも逃げも、戦おうともしない。


 ラウドでさえ龍を一心に見つめたまま停止した。


 そんな中




「ねえ……」




 リューカだけは




「アレって……」




 赤い空を見上げていた。


 何かが。黒い何かが落ちてくる。錐揉み回転しながら。風にただひたすらに流されながら。


 女騎士の赤い瞳が一瞬だけ細められ、直後に見開かれた。



(間違いない……! ……人だ! )



 その確信を得てからの彼女の行動は目にも止まらない速さの、流れるような動きだった。


 一瞬で屋根の残骸の上に体を踊りだすとそこから急加速。龍の炎を耐え抜いた建物を伝って落下地点まで一直線に。


 次第に大きくなっていく人の像。



「まさか……そんな…うそ……でしょ? 」



 しかし近づけば近づくほどに落ちていく人の容姿はとある知り合いに酷似していく。リューカにとって大切な人に。どうかあの炎に巻き込まれずに無事でいてくれと祈った人に。


 そして【聖女】は受け止めた。空から落ちてきた『彼』の体を。


 落ちてきた勢いと重さで左腕が粉々になっても構わなかった。残った右手で『彼』を自分の膝の上に抱き寄せた女騎士はその名をさけんだ。眠った魂を呼び起こすために。



「剣太郎!! 」



 けれど彼女の声は届かない。全身が焼けただれた少年は深い眠りについたまま。



「『鑑定』! 」



 赤い瞳にさらに赤い光を纏わせて、リューカは少年を『見て』絶句した。


 その『惨状』を目にして。



 城本剣太郎:状態

『火傷Lv.9』『魔力欠乏Lv.9』『昏睡Lv.9』『出血Lv.8』『全身疲労:Lv.8』『骨密度低下Lv.6』『体温低下Lv.6』『混乱Lv.6』『幻覚Lv.5』『幻聴Lv.5』『……



「ゅっ…………! 」



 並び連なった『状態異常』の文字列にサーっと血の気が引く。リューカの常識では剣太郎はすでに『20回は死んでいない』とおかしい。そんな状態だった。



「たしか……ここに……あった! 」



 さきほどラウドから受け取った『特急回復薬』取り出すと、ゆっくり抱き起こした剣太郎の全身にふりかけ、口に流し入れながらリューカは声をかけ続けた。



「お願い……お願い……お願いお願いお願い起きて。目を覚まして……。こんなところで倒れちゃダメだよ? ……妹さんが向こうの世界で待ってるんだよ? 」



 焼けただれた皮膚が凄まじい勢いで再生していく。見た目だけはまるで時間が元に戻ったように完治した。


 けれど剣太郎の体内は薬を少し口にふくんだけで意識が戻る気配も、回復していく様子もなかった。



「駄目だよ。飲んで。起きて。 寝ちゃ……だめ。だめ、だめだめ……だめだめだめだめ……起きて。お願いだから起きて。だめ……だめだめだめだめだめだめだめだめだめだめだめだめだめだめだめだめだめだめだめだめだめだめだめだめだめだめだめだめだめだめだめだめだめだめだめだめだめだめだめだめだめだめだめ」



 うわ言のように呟きながらリューカは心の底から後悔した。自分が回復魔法を覚えてないこと。


 そして一瞬でも、一時でも剣太郎の『強さ』に甘えてしまったことに。



(どれだけレベルが高くても、どれだけステータスの桁数が多くても、どれだけ強くても……剣太郎だって私と同じ人間なんだ。『なんでも出来る神様』じゃないんだ)



 危なげないようにも見えた【剣神】との戦いでさえ彼はこれだけ傷つき、自分の身と力を費やした。


 続けて現れた竜王にさえも剣太郎はボロボロの体を押して立ち向かった。たとえ負けるとわかったとしても。


 戦って、戦って、戦い続けた。


 全てから逃げなかった。



(私達のために……)



 指にはまった『奇縁の指輪』が一際強く熱を持った。


 そんな指輪を手のひらで包み込みながら【聖女】は神に祈りを捧げる。



(ああ、どうか。お願いです。私はどうなっても構いません……だからこの尊き命を……剣太郎をお助けください)



 ただひたすらに祈った。


 周りの情報も入らないほどの集中したまま長いようで短い時間が経過した時。














『奇跡』は起きた。












「……これって……! 」




 リューカは気づく。自分と少年が持つ2つの奇縁の指輪が奇妙な光の線で結ばれ始めたのを。


 直後、立ちくらみを覚えるリューカ。気絶する寸前でなんとか踏みとどまった。



(吸われてるの? 私の生命力が指輪に? )



 そしてエネルギーは光の線を伝ってどんどんと剣太郎の体に入り込んでいく。


 変化は直後に現れた。



「……ごほっ…がっ……ぐはっ……」



 咳き込む少年の声。喉を痛そうに撫で回しながら彼はゆっくりと起き上がる。


 そして……



「ん? あれ? どうしたんだ? ……リューカ? そんな顔して」



 事情がわからない様子の剣太郎の困惑する顔を見て、【聖女】は一度笑ったあとに一筋の涙を垂らした。慌てて言い訳をしようとするも溢れる感情は止まらない。止められない。次第に勢いが強くなり最後は子供のように泣きじゃくった。


 最初は困惑していた少年も次第に自分で納得したのか、まるで自分の妹にするように彼女の頭を優しく撫でた。


 この瞬間にもゆっくりと帝都に近づいてくる竜王でさえもその空間だけは侵すことはできなかった。

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