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その時、帝都では

「行ってしまいましたな……」


「行っちゃったね……」



 ラウドのつぶやきにリューカが応じる。彼らの視線の先には遠い赤い空の下まで【魔法】で飛んでいく剣太郎の姿があった。


 その直後、帝都の中心地。闘技場・跡地まで音と衝撃波が届く戦闘は再開される。見ていなくても理解することが出来た。


 もはやただの自分を人間だと自称できる存在が割って入れるような戦いではないということを。彼らの戦いは後に『伝説』や『史実』として語り継がれていくことになることも。



「私には『全く』見えませんでした。団長は目で追えましたか? 」


「『神速』で動く、二つの人影のどっちが剣太郎なのかは分かったけれど……でも何が起きたかまでは……とてもじゃないけど……」


「団長でもですか? 例えばあの本気の一撃を一発でも受けるなんて? 」


「うん……無理……絶対無理。剣を合わすことは出来るかもしれないけど……多分、血の一滴も残らずに消し飛ばされちゃうよ」



 リューカの正直であっけらかんとした発言に思わず目を見張るラウドは大きくため息をついた。



「……彼のことですから、この数か月で恐らく成長はしていると予想はしてはいましたが……あれほどまでとは、思いもしませんでしたね? 」


「……………そうだね」


「彼はおくびにも出しませんでしたね? 自分があれほどの実力を持っていることを。一切鼻にかけずに。あの『迷路の迷宮』の時と変わらない様子で」


「そうだね」



(本当にすごい。あんなに強いのに。あれほど大きな力を持っているのに。振りかざすことも、無暗に振るうこともしないなんて)



 剣太郎が凄まじい実力を隠し持っていたことを知って、リューカがまず初めに驚いたことは彼のそんな人柄の部分だった。


 【剣神】を始めとする、伝説上に名前が刻まれた3桁の超越者たちの人柄は大きく2種類に分かれていた。


 まず一つ目。【剣神】と同じ、自分よりも弱い存在に基本的に興味と関心を示さぬまま、時には助けを求める声を無視し、時には自分の心が赴くままにいたずらに弄ぶ『悪神』タイプ。


 もう一つは反対に『善神』タイプ。人間全てを自分が守るべき助けを求めている弱者だと捉えていて、他者に過剰な慈しみと憐れみを持つが決して自分のことを他の人間と同じようには扱わない。【大賢者】がこの分類に入る。


 3桁になった人間の精神性はどちらにせよ人間離れしたモノになることは数々の歴史と国に受け継がれていった常識的な認識だった。けれど剣太郎はそのどちらにも該当しない。


 彼は普通の人間の様に笑って、普通の人間の様に悲しんで、普通の人間の様に怒りを覚えて、普通の人間の様に喜んだ。



(本当に、全然変わってない。あの優しかった剣太郎から。むしろ前より、もっと優しくなったかもしれない……)



「しかしまあ! 我々も間抜けでしたな! ケンタロー殿があれほど強かったとは……! 」


「…………………そうだね」


「隠れてコソコソ動いていたのがバカみたいですな! 」


「…………………………そうだね」


「お互いこんなにボロボロになってしまって……彼の不安だけ煽る形に……―――」


「……お、お願い……もう、やめて~……許して~……」



 リューカはそこが限界だった。へなへなと地面に倒れこんで耳を抑えて蹲る。



「だ、団長!? ご気分でも悪く? 」


「うわあ~……うわあ~~……! うわああああ~~……!! 」



 リューカの頭の中ではフラッシュバックが起きていた。


 剣太郎が異世界に来てから彼女が行った数々の……『空回り』を。


 憧れの『頼れる友人』という存在を演出しようとして繰り返した。奇妙な行動の数々を。


 かっこつけすぎた。妙になれなれしかった。逆に突き放しすぎた。


 リューカの頭の中では数々の場面がグルグルと回っては後悔が心の奥底からあふれ出しては彼女の顔を首の付け根から耳の先端までどんどんと赤くさせていった。


 それらの行動を誘発する仕方のない背景もある。


 第一の理由。彼女は相談できるような頼れる大人を持たない。


 親は厳格で娘のことを常に突き放していた。後は上級貴族の息女に対して家来という立場を一切崩さない侍従や女給だけ。今も『団長』と心配そうに呼びかけているラウドもリューカにとっては親代わりの大切な存在であることは間違いないが、一線を引けば彼は彼女の部下にあたる存在であることには変わらない。



 第二の理由。彼女は以前に1人の友人もいたことが無いということ。


 兄が居なくなるまでは基本的に外部との関りを自分からも親の意向からも絶っていたリューカ。初めてのまともな同世代の友達に対して適切な距離感と常識というものを彼女は本の中の世界でしか持ち合わせていなかった。



 第三の理由。最年少で組織の長を務めて、成功させてしまったこと。


 これこそが一番の根深い問題。リューカは積み上がり、積み重なった責任の全てを抱えようとしてしまった。抱えられてしまった。その瞬間から彼女はリューカという名前の一人の女の子ではなく【聖女】という救国の英雄として祭り上げられてしまったこと。これこそ第一、第二の理由にも関わり、さらに彼女を『秘密主義』にしてしまった理由。不幸で、間の抜けたすれ違い(・・・・)が起きてしまった原因だった。



(恥ずかしい……私は……! なんて……! 身の程知らずだったんだ! )



 火が出そうになるほどに熱くなった顔を包帯で巻かれた掌で必死に冷やそうとするが収まる気配はない。それほどに振り返るととんでもないことをしてしまったとリューカは深く深く絶望した。



(でも……今、呑気にそんなことを考えられるのも全部……剣太郎のお陰なんだよね)



 顔から手を下ろして指にはまった『奇縁の指輪』を見つめる。



(そうだよ。全部そうだ。ここまで【剣神】は誰も殺していない……いや殺せてないのは剣太郎が優しかったからだ。優しすぎたからだ。辛いって感情を心の中の奥底にしまい込んで戦ってくれたからだ……)



「うおおっ! 途方もない……これが、100万の魔力……!! 」



(剣太郎があんなに一生懸命に私たちのために戦ってくれるのは……『お父さんのこと』があったからなのかな……? )



「正直、恐ろしいです! あの熱量の塊をたった一人の少年が操っていることを想像すると! ケンタローさんであることは重々分かっていても! 」



(どうしても考えちゃうな。今の剣太郎が何を考えてるのか)



「砂嵐は吹いていないからここからでもよく見えます。しかしおかしいですね……。1日、2日程度は吹かないことはあっても……まともに吹かないままもう1週間近くになりますよ。何か妙ですよね……」



(剣太郎の肩には何人の命まで乗れるんだろう? そして今、何人が乗っているんだろう? 私は剣太郎のためになにが出来るんだろう? )



「……なんだ……これは……? この魔力は……!? 」



(神様……どうかお願いします。剣太郎が生き残……――――!!)



 2人が立ちあがったのはほぼ同時。


 他の帝国騎士と民衆も続いて反応した。


 怪我の治療にあたっていた者も、ざわつきながらも遥か遠くの赤い空を見つめるものも、凄まじい殺気に恐怖してガタガタと震える者も。


 貴族も。平民も。騎士も。民衆も。


 刹那の間、その場にいた全員が心の中で一つの感情を共有する。


 



 『自分は今日、死ぬ』という確信を。




 それは運命を受け入れる作業。



 それは神の啓示を受ける預言者の畏怖。



 それは雄大な自然の前にした一匹の虫けらの感情。



 それは修行僧の悟りに最も近く、あらゆる生物が持つ生存本能からは最も遠い心理。



 彼ら、彼女らが体感した『力』は感じ取るだけでも大きすぎて、強すぎた。


 自分たちを一億回殺してもまだ余りある強さと強さの衝突。


 ただ人は見上げることしかできない頂上決戦。


 劇的な開始をとげた『二柱の神々による戦争』の終わりは余りにもあっけなく、突然だった。




「……!! 【剣王結界】! 」


「ぐぁ! 【ロックウォール】! 」




 一迅の爆風が駆け抜ける。



 街を。道を。



 闘技場跡地を。城を。



 帝都を。帝国のはるか彼方まで。



 とても長い長い時間が過ぎたように感じた。恐る恐る目を開けるリューカ。周囲を見て状況を確認すると、どうやらとっさに使った防衛剣術がかなり功を奏したらしい。被害はごく僅かなように見えた。



「どちらが……どっちが勝ったんですか!? 」



 砂にまみれた髪を振り乱しラウドは叫ぶ。リューカは隣に埋もれた女の子を助け起こしながら必死に気配を探った。そして見つける。唯一の友人の鼓動と魔力を。




「剣太郎! 生きてる! 五体満足で! 」




 瞬間、歓喜が爆発する。全員が少年の生還を喜んだ。涙を流して飛び跳ねた。歓声をあげた。


 そんな中、リューカは



「団長? 」


「よかった……いぎてで、よがっだよ。……げんだろう…………」



 涙声で友人の名前を呼びながら、へたり込んでしまっていた。



(本当に救ってくれた……! 私を……みんなを……! すごいよ。信じられないよ! これって夢じゃ……ないんだよね? )



「団長グズグズしてる暇はないですよ! 」



 そんなリューカを急かすラウド。涙でグシャグシャになった顔を上げると親代わりの副団長の男は優しく微笑んだ。



「迎えに行きましょう! 英雄を! 」


「うん……うん! 」



(そうだ……! 剣太郎の体は今どうにか繋がっている状態なんだ! 早く! 早く薬を届けてあげなきゃ! )



「特級回復薬はまだあまってる? 」


「はい! 2つだけですが! 」


「了解! ここからは別行動で! ラウドはここに残って他団員の騎士と一緒に……ーーーー」



 その場にいる誰もが考えた。


 その場にいる誰もが疑わなかった。


『剣神と少年』の戦いの歓喜が帝国を一日、一週間、一ヶ月……一年……いやそれ以上の長きに渡って続いていくだろうと。


 結界から言えば予感は大外れ。誰もがその後の展開を予想できなかった。



「この魔力は……ケンタローさん……です、よね? 」


「いや……違う! 剣太郎の魔力はこんなに刺々しくない! 」


「じゃ、じゃあ誰なんです!? この力は? 」




 まさかこんなことになるなんて



「なあ、アレ……湧き出てるのって……」


「まさか……そんな! ドラゴンか!? 」


「あそこって『谷』のあたり……だよな? 」



 思いもよらなかった。



「リューカ! ラウド副長もご無沙汰だね?」


「イレノア! 帝都に入ってこれたの!? それに子どもたちも! 」


「ケンタローに言われたんだよ。養護院のあたりは戦争になるかもしれないから避難してくれって。だから警備の薄い今のうちに帝都へ忍び込んだのさ」


「それにね、リューカ姉。ケンタローが言うんだよ? あのあたりにいるとまた《・・》ダンジョンに巻き込まれるかもって……」


「…………………え? 『また』? 」




 誰もがその『予兆』に気づかなかった。気付ける能力をもつものは代理戦争に関わっていたため動けなかった。



「マーシィー……どういうこと? 」


「だからさ私達、砂の街にいたとき一度ダンジョンに飲み込まれちゃったの」


「俺たちはそこでケンタローに会ったんだぜ」


「リューカ姉がケンタローを送ってくれたんじゃないの? 」


「…………ありえない。ありえないよ。魔除けの結界の効果がぎりぎり届いていたザヴォアで突発型ダンジョンが出現するのも……近場の低級ダンジョンに無作為に飛ばしてあの場所に出ることも……! 」



 だからこれは不幸だ。今日はイヒト帝国史上最大の幸運と不幸に見舞われる日。そういう運命だった。そう言わざるを得ない。



「リューカ姉……なんか怖いよ? 」


「言わなかったのは謝るし、たしかにあのときはあぶなかったけど、私達こうして生きてるもんね」


「最近は砂嵐も少ないし、いいことづくめだよー」


「砂嵐が……少ない……………………!? 」




 【聖女】と称される女騎士に一つの天啓が降りた。ダンジョンの異常発生。砂嵐を発生させる時空間の歪みすらも捻じ曲げる世界規模の異変。


 それらの条件に合致するたった一つの事例をリューカは経験していた。 



「『臨界突破』……? 」




 ――――直後、帝都は目撃する。


 


 赤い空を焦がしつくす勢いの





 天まで届く『火柱』を。

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