全力の恩返し
さっきの一撃で随分、遠くまで飛ばせたようだ。
【剣神】の身体は境界地帯の最奥。砂嵐を超えて。あの『谷』の傍まで来ていた。
「城本ォ!!! 」
怒りの声を上げる名無し野郎。空に浮かぶ俺に向かって飛び上がり、一気に距離を詰めて来る。
「落ちろぉおおお!! 」
「テメェがなあああ!! 」
衝突する。
全力の一撃同士が。
「痛ッ!! ……ッてえな!! 」
圧力に負けて上腕がはじけ飛ぶ。血肉が皮膚を突き破り、骨が露出し、右半身が血まみれになる。筋肉。骨。血管。内臓。神経。
壊れた。いかれた。潰れて、爆ぜて、裂けて、切れた。
どちらのものも。
「ハハハ……!! 」
「【自動回復】……!! 」
【念動魔術】と『闘気解放』を使った最も速く、最も高威力で、最も強い、俺、城本剣太郎が見つけ出し、使いこなし、放った一撃。
『世界を食らう魔剣』を全力の技術とステータスの限りを尽くして振るう【剣神】の一撃。
両者がぶつかる度に何かが致命的に壊れていった。
例えば浮き上がった岩。
例えば歪んだ時空にできた砂嵐。
例えば遠くに見える帝都の青い空。
例えば遠方にそびえたつ山々。
そして俺たち自身。
粉砕した。破壊した。ちぎれ飛んだ。ぶっ壊した。吹き飛ばした。切り刻んだ。打ち壊した。
視界に映る全て。近くから遠くかなたまで。全部壊せたし、実際に全てが端から壊れていく。
俺達の出す『全力』は既に、お互いと世界の[耐久力]を遥かに上回っていた。
「ふっ……」
良かった……。移動をしておいて。危うく帝国そのものを守りたかった人たちを全て俺の手で滅ぼすところだった。
「休んでる暇はねえぞ! 」
ここなら集中できる。やれる。
「死ねええええええ!! 城本ォォオオ!! 」
この男を倒すことに。自分の全力をもってして目の前の敵を打ち滅ぼすことに。
「うおおおおおおおおおおおおお!! 」
「はあああああああああああああ!! 」
自らの肉体を弾けさせながら俺たちは戦った。
剣とバットがぶつかる度に大地は揺れ、捲りあが、砂は空高く舞い上がる。
衝撃波が発生する程の速度で荒野を縦横無尽に走った。【剣神】が飛び上がれば俺も飛ぶ。俺が大地を駆け抜ければ奴も追って来る。止まれば剣とバットを打合わせ、止まらずともぶつける。それを永遠に繰り返す。どちらかの体力がつきるまで。
地殻を割り砕いて移動し、火が出る勢いと速さで大気を引き裂き、雲を突き抜けるまで高く飛びあがると、そこには無数のモンスターの姿があった。
「「邪魔だ!! 」」
もはやモンスターなんて纏わりつく羽虫に等しい。近づいてくるたびに燃え尽き、逃げようとしても風圧で切り裂かれ、止まって静観しようとしたら踏み台にされていくモンスター。
俺達にとっては何の足しにもならないただの障害物。自分よりもレベルの低いモンスターはその差が大きければ大きいほどに得られる経験値は少なくなり、そのとあるレベル帯のモンスターを倒せば倒すほどに、それらから得られる経験値は低くなっていくこの仕組み。
時には発狂しそうになった。何の経験値も得ることが出来ず、何の新たな力もえることが出来ずただひたすらに無駄な努力をしてしまったという事実に。そしてもしかしたら自分の成長はここで止まってしまうのではないかと言う不安。恐怖はさらにダンジョンへと行く回数を高めて迷宮依存の底なし沼のさらに奥にズブズブとハマっていくその感覚。
俺はさっき自分のことを【剣神】とは違うと言い放った。
力に対しての思想は確かに違う。けれど他全部が違うわけじゃない。同じ部分はある。こいつもそうなんだろう。何年、年十年と一つも上がらないレベルに不安と恐怖を無意識のうちに覚えていたはずだ。
だから所かまわずダンジョンを攻略していた。だからあんなに雑だった。その雑さとやけくそさに俺は一度救われた。
俺は【剣神】を許すことは出来ない。リューカをあんなにも苦しめて追い詰めた張本人であるコイツは見過ごせないし野放しにもできない。けれどせめて応えたい。戦闘狂の欲求に。せめて俺だけは。
持ちうる全力をもってしてこの男を討つこと。それが俺にできる唯一の恩返し。
「しゃらくせえぇ! 全部吹き飛んじまえ!! 」
【剣神】が力を右手一本にため込み始める。全てを破壊する漆黒のオーラが集約していく。
一目見たら分かる。
見ないでも分かる。
肌で感じることが容易にできる。
圧倒的な魔力。
『リューカ』の進む剣の道の遥か先に立っている実力。
『黒騎士』よりも強い剣圧。
『竜王』の炎に匹敵する破壊の気配。
『魔王』をも凌駕する悍ましさ。
あれが自由に放たれたら世界が終わる。真剣にそう思った。そう直感した。
だから俺も『切り札』をぶつける。
必用な『静止時間』は今や0.6秒。けれどこの速さの戦闘では百回は殺害される羽目になる隙を構わずに晒す。向こうも動けないようだから。
腰は捻じれ、身体は染みついた動きで溜めを作る。さらに加えるのは【念動魔術】と【火炎魔術】の力。
『獄炎』の温度を纏わせた、握るだけで皮膚が指の端から焼きただれていくバットに『圧縮念波』の力をこめる。
熱と振動でブルブルと震えるバットを強く握りしめて、叫ぶ。
初めて手に入れた『技』。
初めて使った『技』。
もう何百回も何千回もその『技』の名前を口にしてきた。
そして何万、何十万とその動きをなぞってバットを振るい続けた。
俺を助け、全ての敵を打ち倒し、ここまでの高みまで押し上げてくれた技。
その名前は――――
「――『フル……」
「――『森羅……」
「……スイング』ゥッッッ!!! 」
「……崩壊』ィィイイッッッ!!! 」
立ちあがったバットの先端が前を向いたその刹那。全ての力は解放される。
何倍、何十倍にもなった[敏捷力]と[力]。
【火炎魔術】の熱。
【念動魔術】の破壊の波。
技術と耐久力と器用さで無理やりにコントロールされた力の奔流は魔剣から放たれた黒い破壊のオーラと正面衝突した。
一瞬、ほんのわずかな時間。
圧倒的な無音の中で全てがゆっくりと白黒に見えたその直後。
――――『世界の端まで届く爆発』が全てを包み込んだ。
俺の身体も。
意識も。
何もかも。
全て。
――――その時起こる。
誰もが予想していなかった事態。
『谷』の奥底まで届いた『力』と『力』がぶつかって生み出す波動が、とある一体の『竜』を呼び起こす。たった数か月と言う短すぎる『眠り』に怒りを燃やした巨竜は羽ばたくのを始める。
――――赤き空につながる細い割れ目の先へと。