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魔剣使い

 野球用の金属バットが分厚い金属の塊である大剣を粉砕する。非現実的な結果だと普通なら思うだろう。


 でもこっちからすれば当然だ。


 どっかの誰かが凄まじいバフをかけたあのバットにあれだけ【スキル】と【魔法】を重ね合わせたんだ。今の俺に壊せないもの………………があるとは正直思いたくない。


 これでようやく互角。


 俺が預かり知らない種類と量の魔剣を保持している向こう、とそれらを全て破壊する術をもった俺。


 剣神は残った柄を握力だけで粉々にして風に乗せたあと、ゆっくりと息を吐いた。



「なるほどのお。ここからは耐久勝負か」


「……ご明察」



 お前の魔剣が切れるのが先か、俺の首をあんたが切り落とすのが先かのな。


 【剣神】はひとしきり笑い声を上げた後に、殺気をジワジワと滲ませて口の端を歪めた。



「久しぶりだったぞ? 恐怖という感情を覚えたのは。……先の一幕はすまんなあ。ずいぶん無様を晒してしまったわい」



 長い灰色の髪を地面につくほどに腰を深々と折り、謝ってくる【剣神】。けれど言葉とは裏腹に



「じゃがのう、ワシは決めたぞ」



 名無しの男から広がる殺意はジワリジワリと大きくなり、その場を支配しようとしていた。


 ほんの一瞬だけうつむいてから顔を上げたときの【剣神】のその表情。


 剥き出しの歯の隙間からは飢えた野犬のようの血が混じった唾液がもれだし、興奮のあまり眼球は裏返り血走った白目を剥いた、人のする笑顔とは程遠いナニカ。


 この時、理解した。



「少しずつ……出来るだけ細切れにしたお主の断末魔は………帝都の端(・・・)まで響かせようぞ。…………『あの女騎士』の耳まで。確実に届くようにの」



 レベル199の怪物がとうとう俺以外の全てを認識の外から追いやり、全力を持ってして狩りに来たということを。



「こっちはさっき決めたばかりだ。俺は同じレベル3桁としてアンタの存在を許さない。命日は今日……ここが……アンタの墓場だ! 」



 俺はバット。あっちは魔剣。


 真の戦いは今



「疾ッ! 」


「【疾走】! 」




 この瞬間に始まった。




「『雷鳴剣』!! 」



 剣神が新たに繰り出した魔剣は稲妻を直接つかみでもしているかのように派手な音と光を発する雷剣。一目見れば触れれば感電死することが理解できる一振りだ。



「当たったら痛そう……だ! 」


「死ねええ! 」



 なんの遊びもなく、真っ直ぐに向かってくる【剣神】。対して俺は【疾走】に【念動魔術】を重ねがけた現状最速の移動法を敢行。一度距離を稼いで様子見することを決定した。


 しかし闘技場の()は見た目以上に広いと言っても限界がある。活路は()だ。


 【念動魔術】で重力を完全無視。柱状の結界のそり曲がった側面を駆け上っていく。揺れてもヒビが入っても気にせずに。見えない壁を無理矢理踏みしめた。だけど。それでもなお



「急に速すぎだろ! 」



  奴は追いついてきた。俺のスピードに。[敏捷力]に。電気信号を無理矢理魔剣で高めているのか、はたまたデバフバフとは別の何か抜け道があるのかわからない。


 ただ今は『アイツは俺と同等以上に速い』。それだけわかればいい!



「城本ォ! 」


「ったよ! ……って来いよ! 」



 そうだ。来るなら来いよ。また叩き割ってやる! そのほうが話は早え!


 振り向きざまに発動させるのは【念動魔術】『圧縮念波』。それを金属バットに打ち込む。するとバットはたちまち震え始める。もの凄い勢いで。俺の手首を破壊する寸前まで。


 これこそ俺が一方的に魔剣をぶっ壊せたカラクリ。ハンマードリルを参考に振動で破壊する。


 そのまま威力を殺さずに腕を振るうには【魔法】の補助が必要不可欠だが幸い魔力は有り余るほどあった。


 帯電した切っ先に集中し始めた意識は認識する時間の流れをゆっくりとしたものへ変化させる。


 お互いの間合いに入るまであと5m。4m。3m。


 あと少し。


 もう少しで雷鳴剣は俺の金属バットが……きんぞく……バットが……金属(・・)? 


 

 ッッ!


 俺は……!!


 大バカか……!!!



「『超反応』! 」



 その技の名を叫べたのはもはや体に染み付いた反射だったからだった。


 慣性も、重力も、物理法則の何もかもを無視して俺の身体は急加速し【剣神】の背後を取る。


 さすがの反応を見せる名無し男。返す刀でさらにもう一度剣を伸ばしてくる。がしかし、次にはもう対応できる。



「『パワーウォール』!! 」



 念動力の壁を発動。対象は金属バット。魔力の壁をグルリと包むように纏わせたバットと雷の魔剣は数センチ分の間を挟んで衝突し、衝撃と轟音が両者の全身をふるわせた。



「『ファイアー・ボール』!! 」



 牽制の火球で間合いを離すと、【剣神】の方も深追いはしてこなかった。


 あっっっぶねえ……。なんで気付かなかったんだ……? 


 アルミ製(・・・・・・・)の金属バットは通電しまくるっていう小学生でも分かるはずの理屈に……! 


 いや! そんなことよりも!  



「一発で打開策を引き当てたのかよ……? 」



 前髪越しに目線があった【剣神】はニヤリと唇も持ち上げた。


 いや……まさか……コイツ? 



「『雷鳴剣』!! 」



 始めから……分かっていて!? 


 剣の間合いのはるか外まで稲妻が伸びてきた瞬間。疑念は確信に変わる。降り注ぐ何百もの雷光と雷鳴。【剣神】は動かない。避け続ける俺を愉快そうに見つめながら指揮者の様に剣を振るって四方八方から雷を落としてきた。


 魔剣に近づけないことを分かって遊んできてやがるんだ。



「なめやがって……! 」



 手を空に向かって伸ばして集中。【剣神】は静止した俺にここぞとばかりに間合いをつめてくる。



「判断がおせーよ」



 けれど『準備』は遥か前から既に終わっている。



「【念動魔術】!! 」



 頭で念じた。『落ちろ! 』と。



「ッッ!! 」



 驚いたか【剣神】? 浮き上がった岩石島の一つを【念動魔術】でここまで少しずつ持ってきたんだ。重量推定1万トンの質量の暴力に押し潰されろ! 


 チラリと【剣神】がこちらを見下ろしたタイミングでもう一つの『技』も発動。



「『パワーウォール』!! 」



 これで【剣神】は俺の高さまで逃げてこられない。


 さあ……どうする!? 



「……ふぅ~」



 しかし【剣神】は一切焦る素振りを見せることなく深く息を吐き、



「……『断罪剣』」



『雷鳴剣』を右手に持ちながら新たな魔剣を左手に出現させ



「……ハァッ!! 」



 その二刀を一瞬のうちに幾万回も煌めかせ、



「ハハハ……粉々かよ……」



 山に比する岩の塊を一秒も経たず(・・・・・・)に粉砕して見せた。


 斬撃の衝撃波と細かい岩塊が何重にも降り注ぐ中、



「『獄炎』!! 」



 俺は本命の『第二の矢』を放つ。幻で見させられた時と同じ手。全てを巻き込んだ範囲攻撃だ。


 驚かされはしたが全ては想定内。あれほどの大きさの()を刻める【剣神】にあの土塊が対処できないわけがない。


 目的はあの名無し野郎を上に集中させて、こっちの魔法に気付かせないためのブラフ。


 さらに俺は一つの推測をしていた。あの幻影剣の幻はお粗末な部分はあったもののあるていど現実に即した結果を見せるんじゃないかと。ならば



「効くんじゃねえか? 炎の熱は? 」



 地面から空に向かって昇る灼熱の火柱。火の手が目の前まで迫ったその時。



「『氷結剣』!! 」



【剣神】はいけしゃあしゃあと。第三の魔剣を繰り出してきた。


 刃から迸る氷の奔流。炎と氷は正面衝突。わずかな水蒸気を発生させて【結界】内部は何も見えなくなる。


 帝都中央区では【鑑定】と【索敵】は使えない。殺気は少しは感じられるけどそれほど精度は良くない。今、俺は【剣神】の位置を完全に見失った。


 けれど名無し(あいつ)は違う。


 あの達人は確実に、気配やら、魔力やらを追って俺の位置を完璧に補足してくるはず。


 ほら来た!


 霧を切り裂く刃。正確に。素早く。鋭く。俺の首筋を狙ってくる。


 空気を凍らす冷気を抑えて、雷鳴は鳴らさず、光らせず。向こうの正確な位置は悟らせぬように。殺意を覆い隠して。


 雷。氷。血。3種類の刃が止めどなく。豪雨のように降り注ぐ。


 【念動魔術】で急制動しても無駄。思った通り。奴は動いた獲物に恐ろしい精度で反応できる。……いやしてしまう。そう体に染みついてしまっている。



「だから刺さる……『瞬間移動(こいつが)』なぁ! 」



 跳んだ先は、頭上。【剣神】がいたとされる場所のさらに上。足元のほんの数十メートル下。零コンマ零零零零何秒前に俺がいた場所に向かって。水蒸気越しに剣を振り下ろしたボロを着た男が居た。


 電光石火の反応で即座に俺を注視する【剣神】。流石だと言いたいが、もう遅い。本当の狙いはもう『捕まえた』。



「【念動魔術】」



 魔力の延びる先。不可視の力がとらえた対象は



「!! 」



【剣神】がしまうことなく宙に浮いていた『雷鳴剣』だ。


 さっきの3本目の魔剣、『氷結剣』を繰り出す瞬間。右手に持った『雷鳴剣』を宙に放り投げ、代わりに氷の魔剣を振るうという荒業を敢行した。その後もジャグリングをするように常に3本を維持し続けながら剣を振っていた。凄まじい技術と剣技。そのことは認める。


 でも浮き上がった剣は【念動魔術】の格好の的だ。


 忘れたか? 


 もしくは勘違いしたか? 


 はたまた上手く隠し通せたか? 


 俺の念動魔術は自分自身と触れたことのあるものだけでなく、認識した全てを動かせることを。


 想像の何十倍もの重量に思わず身体ごと下に引っ張られかける。が、何とか踏みとどまる。



「返せ! 」



 怒りに打ち震えた声を出しながら、宙に浮いた俺の方へ『笑顔』で突貫してくる【剣神】。今が楽しくて仕方が無いって顔だ。


 この……クソ……狂人野郎が!



「そうか! 返して欲しいか!? なら……くれてやる! 」



 脳の血管が引きちぎられそうになる感覚を覚えながら超重量の魔剣を操作。目標はもちろん『決まっている』。


【剣神】はまず片手にもった『氷結剣』をしまった。そして自分の方へ向かってくる雷の魔剣に向かって手を伸ばす。どうやら体捌きとステータスで無理矢理捕まえる心づもりらしい。



「させると思うか? 」



 俺は当初の狙い通り『奴が持つもう一つの魔剣』に向かって『雷鳴剣』を打ち込んだ。【剣神】自身ではない。主目的は最初から【剣神】の撃破ではなく『雷鳴剣』の破壊にあったからだ。


 衝突の瞬間、剣に込めた『圧縮念波』が発動。



「ぐあぁ!! 」



【剣神】の指数本を巻き込んだ二振りの魔剣は、当たり所(・・・・)が悪かったのか。砕け散った。



「これで3本だ」


「………………」



 荒い息を吐き出して呼吸を整えようとした。『闘気解放』を使いながらの高速思考は中々に堪える。判断も鈍れば、いつもできていたことも難しくなる。けれど現在の『闘気解放』の持つ魔力強化と身体性能向上の効果が無ければ【剣神】と渡り合うことはかなり難しいのは事実だった。


 一方の【剣神】は丸腰でうずくまったまま動かない。さすがに堪えたか? そうでないと逆に困るけど……。


 とどめを刺すべく俺は金属バットを引き絞りながら少しずつ地面の方へ降りていく。



「素晴らしい」



【剣神】のその声は



「なッ! 」


「素晴らしいよ城本! これほどまでに満足のいく戦いができるとは今朝は思っても見なった! 」



 遥か頭上から降って来た。

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