恐れ
燃えろ。燃えろ。燃え上がれ! もっと熱く! もっと強く!
結界がバキバキひび割れる音が聞こえるが、構わない。
【火炎魔術】で火への耐性がある程度得られてるいるのにも関わらず肌が溶けかけるほどに焼けるのも構わない。
ただ焼き尽くせ。目の前の敵を! 【剣神】を!
「『氷結剣』! 」
灼熱地獄に先に音を上げたのは【剣神】だった。
虚空から新たな青く透明な剣をズルリと取り出すとそのままの勢いで地面に叩きつけた。
その瞬間、闘技場は無数の『氷塊』で埋め尽くされた。
「やってくれたのぉ……小僧……」
「氷の魔剣とは随分小洒落たモノもってるじゃねーか」
軽口を叩きあうがお互いに満身創痍だった。息は荒く絶え絶えで、全身は火傷に覆われ、一刻も早い治療が必要だった。けれど死ななければ
「『自動回復』! 」
俺には『これ』がある。
みるみるうちに治っていく俺の身体に対して【剣神】はただ唸り声を上げるだけだった。
本当にコイツ……回復手段がないんだな……。それにいくつかの優位性も獲得できた。
まず一つ【剣神】は魔剣を何らかの手段で『複数』所有していること。
そして二つ目。【剣神】がつけていた厄介な効果を持つ装備品は今の攻防で溶け消えたこと。
よし。これで……後は……。
一歩前を踏み出した。右足が氷の地面を割ったその瞬間。
「……ん? 」
何か違和感を覚えた。
なんだ? 俺は何に引っかかっている? 気のせいか……いや! その一言で済ませるのは危険だ! それなりの数の死線はくぐってきたつもりだ。
妥協するな。
逃げるな。
考えろ。
信じろ。違和感を感じた自分自身を。
思考は加速する。息も血流も同時に速くなる。そして考えは気づきに繋がり一つの答えを導き出す。
「なんで……『服』は無事なんだ? 」
そう。先に使ったあの全てを巻き込んだ【火炎魔術】が消え服は顕在だった。
特別な効果なんて何も付与されていないのに。
あの火力で焼き尽くされないわけがないのに。
「なんで……『息』は白くないんだ? 」
これほど近くにまで大量の氷があるというのに。
火炎魔術と氷の魔剣ですさまじい体感温度の差が生じているはずなのに。
もう考えられることは一つだけ。俺はまたもや、もう飽きるほどに食らった同じ手にまたひっかかんたんだ。
対処法はもうわかっている。
両手を耳に当てて一つ深呼吸。
こいつを破るのは精神的なショック……もしくは
「身体的ショックだ……『ショックウェーブ』」
揺れ動く。
脳が。そのものが。
吹き出す。
血が。目から。鼻から。耳から。穴という穴から。
そして変わる。
赤く染まった視界が。だんだんと。何か見覚えのある、別の形へ。
「もう破られたか……さすがはワシと同じ超越者。『幻影剣』程度では仕留められぬな……」
そうそれは近くまで迫った【剣神】の下卑た笑顔だった。
「『集中治療』! 」
治癒の技の名を叫びながら距離を取る。しかし【剣神】は追いかけるそぶりすら見せずにその場に立ったままだった。手に持った余りにも巨大な禍々しい剣を細身の片手剣に入れ替えると男はその口を開いた。
「先の小娘と違い、収めた技術はまだまだ拙い……しかし戦闘経験は十分……その上レベルを上げる才能は規格外……【スキル】や【魔法】を多用する型を実現するために魔力を重宝し、それ以外はバランスよく振り分ける……いかにもといったほどに真面目な男だな城本剣太郎」
なぜ俺の戦う敵は全員が全員相手をこうまで見透かそうとするのか。もういい加減にしてくれ。
「だったら……なんだ? 」
「そんなお前はもうわかっているはずだ。もう理解して、動揺しているはずだ。今の攻防の勝者を。どちらが有利を取ったのか」
【剣神】は剣豪らしく一瞬の隙をついてきた。心にできた怒りという隙を。
この男の言う通り。俺は知ってしまった。さっきの一連の戦闘がすべて奴が見せた幻だとすれば、その幻を何らかの手段で奴も把握できるのだとすれば、情報を一方的に取られたのは俺の方だと。
どこからが幻だったのかは定かではない。だけど【剣神】は知ったはずだ。俺の少なくない数の魔法の威力と間合いと効果、それらを使ってどのような戦法を取るのかを。
対して俺がわかったことは……『魔剣が複数本あること』。しかしそれだけではなんの意味もない。
空間から魔剣を出し入れする【剣神】に魔剣を『しまわれた状態』では、その詳細や本数を【鑑定】スキルでは把握することができないからだ。
どうする? 考えろ……。不用意に突っ込むのは危険だ。
「なあお主……」
まだ使っていない魔法を試すか……? だったらまずは……ーーーー
「その生き方で楽しいか? 」
頭は動かしても、目は捉えてたはずだ。耳も澄ませていたはずだ。
しかし奴は気づけば俺の背後に立っていた。
「……ッッ!! 」
反応できたのは運が良かったとした言えない。凄まじい重さの一撃に何とかバットを滑り込ませて致命傷を回避する。
しかし【剣神】は止まらない。ほんの少し前とは打って変わって追撃に継ぐ追撃、連撃に継ぐ連撃が襲いかかってきた。
「あの【聖女】とかいう娘もお主もそうじゃ! それほどの力があってなぜ……闘争に不純物を持ち込む!? 相手を撃滅し! 叩きのめし! 再起不能にし! 絶命させるという気概がお主らからは感じられぬ! 」
言葉が切れると共に強烈な一撃がふりかかる。それを俺は婆ちゃんから習ったバット捌きでなんとかいなしていく。
「その強さは飾りか!? その力は自らのために自らの意思で獲得したものではないのか!? 」
我慢できなくなった俺は吠える男に向かって思わず聞き返した。『だったらお前はどうなんだ』と。渾身の力をこめた一発で男をはじきとばしなから。
「もちろん自分のためじゃ。『生まれた瞬間から』気に食わなかったこの世界を壊しつくすため」
「は? 」
いまコイツ……なんて……言ったんだ?
「何を驚くことがある? 絶対強者という者は弱者の決めた理屈や規則を捻じ曲げ、踏みにじることができるのじゃ。この世には力もないのに人よりも上に立とうとする連中が多すぎる。ワシの親兄弟。どこぞの国の宮廷魔術師団。名ばかりの将軍。全て偽りの強さじゃった。剣のサビにするのも惜しいほどに」
なんだコイツは……?
「そんな……そんな子供の理屈で……あんたは自分の家族を……? 」
「あの喧しいだけの『肉袋』を家族だと? 笑わせる」
いや、コレはなんだ……?
「なんでアンタは帝国に戦争を仕掛けたんだ? 」
「【聖女】と呼ばれる女騎士の噂を聞いての。興味が湧いたから味見をしに来たんじゃ。久しぶりに国落としをするのも悪くないと思ったんじゃ」
コレは本当に俺と同じ『人間』なのか……?
「……そろそろ殺る気になったかの? 攻めぬのならこちらから行くぞ!! 」
【剣神】の素早い剣さばきに食らいつきながら心はぼやいていた。
殺る気だったさ。あの【火炎魔術】は俺なりの覚悟の現れだった。
でも俺はこの男をひと目見た瞬間から願っていた。もしかしたら隠れた人格者なんじゃないかと。そうであれば良いのにと。
けれどそんなことは無い。ありえない。許せるはずが無かった。コイツはリューカをあそこまで追い詰めたんだから。
相容れるはずが無かった。家族をその手にかけた話をしながら平然な顔をしているこの男と。
(少し口数か多くなってしまったかの……。しかし、久しぶりの人相手に加えて相手は極上……それも致し方なかろうて)
【剣神】と呼ばれた男は目を細めて相対する少年を黙って観察する。
武器を交わした瞬間から男は察した。少年は間違いなく殺意と戦意を持って対峙しているものの何かほんの少しの迷いが残ってることに。
男はまず、少年の情報を得て情報の優位性を奪うことにした。結果は成功。凄まじい重量を誇る『幻影剣』の使用中に襲いかかることは出来なかったものの当初の目論見は達成する。
その直後は効きそうな言葉を並べ立てた直後に背後を取り、立ち直る前に一気呵成に責め立てた。
(……どうする? 少年。果たしてその動揺を戦いの最中で御することが………―――!? )
その瞬間になって始めて
【剣神】は自らが抱えた矛盾を認識する。
自分はずっと少年の本気を引き出そうと行動していたつもりだった。しかし実態はむしろその『逆』。
心の平穏を保つためだけに得た、情報の優位性。
動揺を誘い、隙を攻め立てる戦法。
内心を覆い隠す異常なほどの口数。
全てがいつもとは違う。蔑んできた弱者のような行動の数々。
まさに自分こそが闘争に不純物を混ぜ込んでいるということから、【剣神】の心に一つの疑念が広がっていった。
(ワシは……この子供を……恐れている……? )
「なあ……【剣神】」
ピクリと反応する頬を【剣神】は抑えることができなかった。
「俺はアンタに恩がある……。一度アンタが雑にダンジョンを『ぶった切ってくれた』お陰で生き延びれたことがあるんだ」
とても親しげな調子で自分語りをする少年を見て【剣神】は背筋が凍りついた。その感情が一切読み取れない笑顔に。
「どんな方法だったらあんたに負けを認めさせることが出来るのか考えてた。けれど無理だ。認めるしかない。これは俺の実力不足だ。アンタとダラダラと長く戦うのが怖くてしょうがない。俺はアンタを説得することも、手加減して半永久的に無力化することもできない」
【剣神】は【収納】のスキルを作用させて手に持った魔剣をすかさず入れ替えた。
最も武器耐久力と防御性能が高く、強力な【反射】の力を持つ『絶対防御の魔剣』に。
「もう決別するよ。お前を生かすことをほんの少しでも考えていた俺自身に」
【剣神】の耳に小さく届いた。
『闘気開放念動魔術全力疾走乱打』という聞き覚えのない文字列が。
その刹那
「なっ……!! 」
手に持った最硬の武器は
【剣神】の目の前で
なすすべもなく
粉々に砕け散った。