【火炎魔術】の効果的な使用方法
その状況を一言で説明するとすれば大混乱という言葉がふさわしい。ウニロはそう思った。
入り口に向かって殺到する人、人、人の群れ。押し合い、へし合い、倒れるものの背中を踏みつけてでも眼前に迫った『脅威』からとにかく逃れようとしていた。
頼れるのは避難誘導を行う13騎士団の張り上げられた声だけ。まるで迷子の子供が親の呼ぶ方へ向かって一心不乱に駆けていくように。
そんな中、ウニロは、ウニロとその仲間たちは
「…………………」
その場を離れることなく、声も発することなく、眼の前で行われている『代理戦争』を凝視していた。
城本剣太郎。
町中で出会った帝国ではあまり見ない黒髪で青年の枠に片足を突っ込み始めた歳の少年。
自分たちと言葉を交わし、年相応に初めて飲む酒に顔をしかめて、酔い潰れかけていた男の子。
初めにあったときは親とはぐれた子供のような不安げな表情をしていた少年はすぐにウニロと打ち解けあう。ウニロが酒を飲めばいつもするつまらない話の一つ一つにも耳を傾け、目を輝かせて聞く少年に対していつの間にか心を開いていた。
しかし少年は自分のことは多くを語らなかった。『遠く』の国からやってきたと言った。ステータスも隠していた。
【剣神】
西極大陸で自分のことを常識があると謳う者ならば知らぬ人間は一人もいない文字通りの伝説。モンスターを狩り尽くし、同時に無数の人間を殺し、数多の国を潰した史上最悪の史上最強の大悪人。地形すら変動させる強すぎる力で彼が通ったあとは草の一本すら生えないと言われている大剣豪。
帝国市民は絶望した。そんな彼が今度は自分たちの唯一の希望である聖女を標的に定めたことを知って。結果は大方の予想通り余りにも一方的な戦いが繰り広げられた。すべてが通用しなかった。力も。速さも。技も。戦術も。何もかもがいともたやすく跳ね除けられた。
もうだめだ。見ていた人間全員がそのことを確信した瞬間。少年はなんの脈絡もなく、突然目の前に現れた。帝国が世界が驚嘆した。この戦いに割って入るような剛の者がまだいたということを。しかしその驚きはさらなる驚愕で一瞬で塗りつぶされた。
(レベル…………162!!!??? )
ウニロとつい先日隣に座り、彼の話を笑顔で耳を傾けていた少年は単身で世界そのものをひっくり返す能力を持つ超越者だった。
その瞬間、様々な感情が湧き上がってきた。
隠された強大な力への単純な驚き。
なぜ自分たちのような下々の者と仲良く接していたのかということへの疑い。
力を振りかざしこちらを屈服させてくる貴族達の例に則った『少年がこちらをおちょくっていたのではないか』という考えから来るほんの少しの怒り。
けれど、それらの感情はすべてたった一つの事実で全てが勘違いであると否定された。
(ケンタローは……俺たちを助けようとしてくれた……)
あの殺人現場でも、あの闘技場でも彼は必死だった。知り合いでもない人間の死に真剣に心を痛め、闘技場では自分たちが不当に捕まえられたことに心の底から怒ってくれた。
(聖女様だけだと思ってた……俺たちに寄り添ってくれる強者は……)
そして今、そんな少年が戦っている。彼が持つ棒のような武器と【剣神】の異形の巨大な剣がぶつかるたびに強大な結界は大きくたわみ、歪み、震え、ヒビが入っていった。
凄まじい力と力のぶつかり合い。見てるだけなのに、体の芯から力を入れていないと弾き飛ばされそうな圧力と心臓を直接鷲掴みにされるような死の予感が絶えず降り注ぎ、さっきから全身の震えが止まらなかった。
それでもウニロたちはその場を動かない。知っていたからだ。理解していたからだ。なぜ知り合いの少年がいくら同じ3桁と言えどレベルが40近く上の相手に立ち向かっているのかを。
「聖女様のためなんだろ……? なあ、ケンタロー」
すぐにわかった。聖女と少年が面識があることを。少年が初めて見せる怒りと戦意が誰によって呼び起こされたのかも。ならばウニロたちがすることは一つ。
「がんばれ……! 勝ってくれ! ケンタロー!! 」
その声援は恐らくは少年の耳には届かない。それでも彼らは声が枯れるまで叫び続けた。
俺の基礎ステータスの力と素早さは約50万。そこから『格上殺しの称号』の力と【棍棒術】のステータスの倍率強化もあわさって数百万。それが俺の何か特別なことをしない限りの全力の力。
剣とバットを何度か打ち合わせてからすぐにわかった。
[力]は向こうに上回られていると。
「ほらほらどうした! どうした! 」
「ぐっ……! 」
またもや間合いからはじき出されたのは俺の方だった。きりもみ回転して吹き飛ばされた身体を【念動魔術】と[器用]で無理やりに体勢を立て直して、なんとか結界の壁に着地する。
「馬鹿力が……! 」
引きちぎれた筋肉繊維とねじ曲がった指の何本かを【自動回復】で修復しながら改めて【剣神】の分析を【鑑定】スキルも交えて行った。
【剣神】本人には【鑑定】スキルはクソの役にも立たない。『偽装看破』を試してみても全て無駄だった。文字化けしたグチャグチャの情報の渦の中で分かるのは100万の[力]を持っていることと何らかの≪称号≫【スキル】【魔法】の効果が発動している可能性があるということだけ。つまりは細身の体に似合わず馬鹿げた怪力だという以外に何もわからないということだった。
だがしかし、【剣神】の持つ武器に関してはその限りじゃない。
「【鑑定】」
『処刑人の魔剣
製造年数:神代
製造場所:グラム南東諸島群
製造者 :魔剣鍛冶師メナ
装備品種:[装飾]両刃直剣
前使用者:不明
[武器耐久力]:982321
[武器攻撃力]:??????
装備概要:強力な力を持つ反面、使用する者の寿命を短くするとされる魔剣の内の一本。とある島国の王族の処刑に数千年用いられてきた処刑道具であり、その刃には非業の死を遂げてきた者たちの怨嗟が宿ることで、斬られた者とその使用者に様々な状態異常を付与する。使用者の方がより強い状態異常に陥る危険性があるという言い伝えも存在する。[武器攻撃力]は使用者の[力]と[器用]のステータスの値に比例して変動する』
なるほど。ほんの少し【剣神】の強さの一端の絡繰りが分って来た。奴の『外部からのバフもデバフも受け付けない』体質はここでも効果的に効いているんだ。奴は魔剣が持つはずのデメリットを受けずにその強さだけを振るうことが出来るんだ。
「【念動魔術】……『圧縮念波』!! 」
では【魔法】はどうだろう。少し多めに魔力を消費して放った破壊の波。それに対して【剣神】は
「ふっ! 」
一息吐きながら剣を一度ふるっただけで俺の魔法を掻き消して見せた。
「こんなものか……! お前の破壊衝動は!!」
今度はこっちの番とばかりに大地が捲りあがる勢いでけり出し向かってくる【剣神】。その速さは俺が想定していた何倍も速かったけれど
「『パワーウォール』……加えて『獄炎』」
俺の対応はもう終わっていた。
「うぎゃああああああああああああああ!! 」
【剣神】は絶叫した。そりゃあそれなりの魔力を要した一撃だ。ある程度は効いてもらわないとこっちが困る。
予想通り。いくらデバフが効かないと言っても『念動力の壁』には一瞬足止めされるし、地中から伸びる『巨大な火柱の熱』そのものに耐性があるわけじゃない。
「ぐはぁ……がぁ! ……クク……今のは効いたぞ! 小僧! 」
「今の火力で原形を残してるどころか……多少皮膚が焦げ付いただけのアンタはやっぱり異常だよ……」
噛み合わない会話を強制的に終えた直後に剣とバットは衝突する。【剣神】の発する威圧感は先ほどよりもさらに上がったように見えた。
「さあさあさあ! もっと見せろ! 力を! その視界に入った者全てを破壊できる力を持っていかにして! ワシから弱きものを守るというのじゃ! 」
「まあ、そう焦るなよ。爺さん。今のは実験……………いや……『確認』だ」
『俺が人間に対して【火炎魔術】を使う覚悟を持てたのか、どうかの』
ずっと考えていた。【念動魔術】と比べてこの【火炎魔術】は何て使いづらい魔法なんだろうと。
まず発火させて、操るという概念が危なすぎる。【念動魔術】のコントロールに関してはほぼほぼ完ぺきだと自負している俺も火の扱いは未だに苦手意識がある。火の魔法が何よりも怖いのは【魔法】を使おうとしなければ何も起きない【念動魔術】と違い一度火がついてしまえば『無差別に勝手に燃え広がる』という点だ。
俺が住む日本という国では放火は場合によっては殺人よりも重い刑罰が下る犯罪だ。それだけ火の扱いによってはすさまじい数の人間に被害を及ぼす可能性があるということを一つの国家が認めているということ。そのことを加味して俺はこの【火炎魔法】を使うことが内心怖くてしょうがなかった。
ダンジョンの中はただでさえ狭いし、焼死は死因の中だと最も辛く、痛い死に方だという話はよく聞くし、街なかで使う時は出来るだけ広い場所で周りに被害が及ばないか、『迷宮課』の人たちの様な万が一に頼れるような大人がいない時は使おうともほとんど思わなかった。
火の魔法が一番効果を発揮するのは『逃げ場の無い、狭い空間に閉じ込められた人間の様に脆い生き物』を相手にした時であることを理解していたもののそのような状況を作ろうとすらも考えなかった。
今この瞬間、俺と目の前の【剣神】は【結界】という閉ざされた空間にいる。
「なあ……【剣神】」
「……あぁ? 」
「熱いのは……得意か? 」
覚悟はできている。
一人の人間をもだえ苦しませながら焼き殺すのも、自分自身に火を付けるのも。