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暴かれた力

 帝国中の視線の前に現れたのは


「ごめん。遅くなった。結界を超える時の時間差ラグが酷くてさ。こんなギリギリになっちまった」



 一切の防具を着ていない、黒髪の少年だった。


 ウニロたちは『見間違えじゃねえよな』と目を擦った。


 ラウドは目を丸くして凍りついた。


 13騎士団は『あの少年は……あの時の! 』と声を上げた。


 そしてリューカは



「なんで……どうして……」



 声を枯らして叫んだ。



「どうしてここに来ちゃったの……! 」


「リューカを助けに来たんだ」  



 女騎士の詰問に対して少年は眉一つ動かさなかった。


 聖女は何かを我慢するように偽物の青い空を見上げ、口を引き結び、震える声で再び叫んだ。



「言ったでしょ! 私、剣太郎のことを一度は完全に忘れてたんだよ……!? たった一人の友だちのことを! 私なんて……助ける価値――――――」



 ヒートアップするリューカを押し止めだのは



「それは『嘘』だ」



 少年の一言だった。


 先程までの興奮を忘れて、女騎士は呆けたような声を出す。



「……え?」


「ずっと意味が分からなかった……リューカと会うといつも指が熱く、とある指輪が熱を持った。『奇縁の指輪』が。リューカも今つけてるだろ?」



 少年の視線の先には顕になった聖女の細い指にはまったいくつかの指輪があった。



「なあ……リューカ覚えているか? この指輪の効果を……?」


「…………『[耐久力]に1000を加算する。この指輪を装備した者同士が接近すると不思議なことが起こる』………………あ」


「わかっただろ? この指輪が熱くなる現象こそが『不思議なこと』だったんだ……。その上、効果は[耐久力]に1000の補正があるだけ。誰もが認めるあるだけマシなショボい装備品だよ。『砂神の指輪』と比べたら可愛そうなほどだ」


「…………」 


「リューカは言ってたよな? 『指輪は最大4つまで効果がない』って」


「…………」



 (ダメだよ……剣太郎)



「そしてこうも言った。あの『砂神の指輪』でさえ安物だって」


「…………」



(それ以上言われちゃったら…………もう抑えられないよ……)



「なあリューカ一つ聞いていいか?」


「…………何?」



「『俺のことを忘れていたはずなのに』どうして、最初からずっと、貴重な4つの枠の一つを潰してまで(・・・・・・・・)『奇縁の指輪』なんて付けてたんだ?」



 その瞬間、リューカは真っ赤な目を見開いた。


 白銀の毛で縁取られた深紅の相貌は何度か瞬きを繰り返すたびに見る見るうちに潤いを増し、そして



「……っ、……全部、……全部分かっ、ちゃうん……だねっ! ……剣太郎、……には……さ、っ」



 溜め込んできた想いは瞳から溢れ出した。一度出たら勢いは止まらない。拭っても拭っても感情を押し込むことは出来なかった。



「いや気づくのが遅すぎたんだ。ずっと違和感はあったはずなのに。それを『気のせい』で片付け続けた。結局のところ俺は逃げてたんだ」


「違う、よっ……剣太郎……。私が、そう、してたの、っ……必死、で……気づかれない……ように」


「それでも俺は気づくべきだった。気づかなきゃいけなかった」


「きゃっ……!」



 女騎士は短く悲鳴を上げた。結界にもたれ掛かっていた自分の体を突然、少年に持ち上げられたからだ。横抱き、いわゆるお姫様抱っこの形態で。



「け、け、剣太郎? な、何を……? 」


「アイツだな? 【剣神】は……」



 少年と聖女の視線の先にはじっと虚ろな目で今の今までこちらの様子を静観していた年齢不詳の男が立っていた。 


 男の視線はある1箇所に集中していた。戦争の闖入者である少年の顔に。


 そのことに気づいたリューカは自分を抱き上げる少年の腕を引いた。



「剣太郎……お願い。今からでも逃げて」


「…………」


「勝てるわけないよ……あんなのに……」


「それでも……そのことが分かってたのにリューカはここに来たんだろ? 逃げずに。逃げようと思えばいくらでも出来たのにさ」


「わ、私は……」


「俺はもう逃げない。逃げたくない。どんな強敵からも。

この世界の闇からも。――――自分の力からも」



 ビリビリと結界の内側が震えだしていた。リューカは気づく。それが自分のすぐ近く、一人の少年を中心にして発生していることを。



「もうダサい真似はしたくない。子供の頃の真剣にヒーローに憧れてたような俺自身に笑われるような奴は嫌なんだ」



 そう言う少年の眼には覚悟と信念の色があるように女騎士の目には映った。もうそこには自分に涙を見せ、感情を吐露していた少年の姿はなかった。



「なあリューカ一つお願いがあるんだ」


「…………?」


「俺の手首についた銀色の腕輪……それ外してくれ」



 聖女は手を伸ばす。少年の左手首に付けられた腕輪に。



(これって確か……『偽装の腕輪』……? )



 少年が異世界で相対した人間全員が気づいていた。少年が何らかの方法でステータスを隠していたことを。

 

 リューカは聞かなかった。何か特別な事情があるかもしれないと思ったから。


 ラウドもリューカの対応にならって聞こうとしなかった。


 ウニロたちは理解を示した。この強さが全てを支配する世界でステータスを開示することは強者であれば余計な争いを避けることができるが、人よりも弱ければたちの悪い奴らに付け狙われることを知っていたから。


 その他全ての観衆は困惑した。この名前すらも隠した少年はなぜこの場に乱入してきたのか。



「行くよ……? 」


「ああ」



 そして全ては開示される。


 ベールに包まれた少年の正体。


 その本質。


 その力。


 この場に降り立つことが出来た理由。


 彼がどのような存在なのか?


 隠すほどのステータスとは?



「クックックッ……」




 時が止まったような(・・・・・・・・・)『完全な沈黙』を破ったのは




「ギャハハハハハハハハハハハハハハ!! 」




【剣神】の大きな大きな笑い声だった。




「まさか! まだこの世界に潜んでおったか! ワシと同じ『破綻者』が!! 」



 彼らは目撃した。


 リューカも、


 ラウドも、


 13騎士団も、


 【剣神】も、


 ウニロたち民衆も、


 皇帝でさえも、


 水晶でその行方を見守る全世界がその両方の目で確かに『見』た。


 少年――――城本剣太郎のステータスを。



『城本 剣太郎 (年齢:16歳) Lv.162


 職業:無

スキル: 【棍棒術 Lv.50】【疾走 Lv.48】【投擲術 Lv.18】

     【鑑定 Lv.39】【念動魔術 Lv.45】【火炎魔術 Lv.37】

     【自動回復 Lv.30】【仮面変化(マスクチェンジ)Lv.4】

     【石化の魔眼 Lv.11】【索敵 Lv.8】


 称号:≪異世界人≫ ≪最初の討伐者(ファースト・ブラッド)

    ≪巨人殺しジャイアント・キリング≫ ≪モンスタースレイヤー≫


  力: 562020

 敏捷: 539021

 器用: 494001

持久力: 349201

 耐久: 300221

 魔力:1024320 〔999921/1024320〕』



「剣太郎…………」



 少年の腕の中で少女は彼の名前を小さく呟く。重く、様々な感情がない交ぜになったその一言を聞いて少年は目を伏せて謝罪した。



「隠しててごめん。ビビってたんだ。怖かったんだ。加減しないと倒したいものも、守りたいものも区別なく壊してしまう自分の力そのものに。これが俺だよ。これが城本剣太郎だ。幻滅した……よな? 」


「違う……違うの……そうじゃないの」


 

 少女は労わるように少年の手を取った。数多の傷を【自動回復】で無理やり治した形跡のあるボロボロの掌を。



(剣太郎が無理をしてたのは分かってたつもりだった。でも実際は私の想像の何倍も、何十倍も剣太郎は強くて……私が想像もできないほどの辛く、厳しい戦いを剣太郎はしてきたんだ……)



――どんなに逃げ出したかったんだろう?


――どんなに傷ついてきたんだろう?


――どんなに追い詰められたんだろう?


――どんなに……過酷な運命を剣太郎は見すえているんだろう?



 リューカは幻視した。少年の背に重くのしかかる『期待』と『祈り』、そして『無数の命』を。そんな彼の背中にさらに重しを乗せてしまったことに女騎士は泣きそうになった。



「泣くなよリューカ。リューカが泣かないようにするために俺はここに来たんだ」


「だって……でも! 」


「……いいんだよ。そのために鍛えた力だ」



 少年の笑顔はとてもレベル3桁に到達した超越者とは思えぬほどに穏やかで見る者に勇気づける力のある表情だった。対して【剣神】が武者震いを必死に抑えた、唾液をダラダラと垂らした下卑た笑顔を見せる。



「小僧……あの女と同じ魔術師か! 久方ぶりに見たぞ! その100万に至る魔力を! さあ強者だけの! 全てを壊しつくす闘争を始めようぞ! 」



【剣神】は今にも飛び掛かりそうな勢いで少年を威圧する。凄まじい闘気に当てられたリューカは小さく悲鳴を上げた。



「ラウドさん! 居るんだろ!? 」



 しかし少年は【剣神】の視線などどこ吹く風で一人の知人の名前を呼ぶ。反応はすぐに帰って来た。



「はい! ここに!」



 少年は背後に現れた男に腕の中の少女を壊れやすい芸術品を扱うように手渡す。



「リューカを…………頼みます……」



 ラウドは無言で強く頷くと音もなく消え去った。聖女の身体と共に。



「というわけで今からアンタの相手をするのは俺だ。けれどその前に訂正したい。……アンタは二つ勘違いしている」


「……んぁ? 」


「一つは俺は自分の力の使い方をもう見誤らない。そのためにこうやって全てをさらけ出すことにした。俺はアンタとは違う……」



 【剣神】は自分の身体に違和感を覚え始めた。何故か。何ゆえか。先ほどから震えが止まらない。頭は喜んでいる筈なのに。今から始まる戦いに興奮が収まらないはずなのに。


 彼の身体は明らかに恐怖(・・)していた。


 目の前の少年が放つ『殺気』に。『魔力』に。『圧力』に。



「そして二つ目。俺は【魔法】も使うが、正確には『魔術師』じゃない…………『来い』! 」



 少年は魔力のこもった一言を叫ぶとどこからともなく一本の金属で出来た棍棒が彼の右手に収まった。



「これは金属バット。異世界の武器だ。俺はコイツと共にここまで強くなった。【剣神】……お前はこの金属バットで俺がここで打ち倒す!!! 」



 後に【剣神】対【鬼神(・・)】という名で大陸史に刻まれる戦いは今この瞬間に切って落とされた。

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