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歩んできた道

 ウニロは、


 ウニロたち帝国の民たちは完全に沈黙していた。


 【結界】越しに伝わる魔力の強さに戦き、


 【結界】を揺らす強大な衝撃に声にならない悲鳴を上げた。


 彼は、彼らは皆が知っていた。【聖女】の実力を。どれだけの数の人を救い、計り知れないほどに魔を撃ち滅ぼしてきたか。


 故に信じられなかった。


 目の前で行われている『一方的な戦い』……『虐殺』を。



【剣神】が一度剣を振るう度に『世界』は壊れていった。


 空気は裂け、


 岩盤は捲りあがり、


 轟音がつんざき、


 世界で一番強健な【結界】にはヒビが入っていく。


 とても人間業とは思えない、神話の神々が行う所業。それを【剣神】は軽々と、呼吸をするように行っていた。


 レベル50にも満たないウニロたちすらも分かっていた。【剣神】が未だに力を温存していることを。なぜなら――――



「おい……アレ(・・)……冗談……だよな? 」


「……」



 掠れた声で呟いたウニロに言葉を返す者は誰一人としていない。


 彼らは、観衆全員はその目で目撃していた。【剣神】のステータスを。



  『繧ー繝ォ縺ウ縺縺ャ繧?縺繧雁殴縺ィ縲?螟ァ〘年礪蠣靈:$$#歳)lV◆19⓽

 

 職業:()((渺))(&&(%擲$%&”嶄$%&!&檄$#!”#T!%%%

 スキル: 【【【?ケ螟ェ?∞灘?縺【【縺■?縺ス托ス◇翫∴サ頑律??】】】】】


 称☌:≪搾ス’ス?シ;假シ驍*シ呻≪縺オ縺√∴蟋斐#縺倥∞??≫ス孁ス托ス翫∴≫


 力:1062020

 ■閭ス蜉:1?費シ假シ暦シ21

 翫∴??ス%:*;*+***??□1

 差謖∽ケ:=32’%’543

 偵⊃縺#ゑス)医:{茨ス?シ假シ{94912

 阪⊃?阪⊇縺ゅ: ◇3●432          』 



 【剣神】の振るう剣と同じ『異形』のステータス。何らかの『呪い』にでもかかったように詳細が判別不能なほどに異常をきたしている中でも僅かばかりくみ取れる情報がある。


『Lvが199であること』


『[力]のステータスが100万を超えていること。』



(勝てるわけが……ねえ。あんな……バケモノに……)



 強さこそがモノを言う世界で『199』と『100,0000』という数字は余りにも、その力を想像することすらできないほどに重い。



 レベル150に至っていたとされる【征服王】カルバーンは一撃で一つの島を地図上から消し去った。



 100万を超える[魔力]を誇る【大賢者】ルクレーヌは数千キロにも及ぶ長大な魔よけの結界を張り、『突発型』ダンジョンに巻き込まれる不幸な民をこの世から消し去ることに成功した。



 観測史上最高のレベルを持つモンスター。【炎魔王】イフロスの『炎』は討伐されて1000年を超えた今も燃え尽きていない。



 誰が考えるのか。


 レベルが10違えば赤子と大人程の力の差があるといわれている中で、100の差を覆せると。


 誰が思うのか。


 レベル200にも到達する人間と戦って勝とうなどと。


 そしてその場にいた全員が理解した。


 むざむざとレベル3桁を超える存在の目と鼻の先まで来てしまった自分たちの命はこの年齢不詳のみすぼらしい姿をした男の手によって握られてしまっているという事実を。自分たちのか細い命はこの男にとっては吹けば飛ぶようなものであることを。


 ――――しかし闘技場の中ではまだ



「あ……また」


「立ち上がった……」



 ――――諦めていない人間が一人(・・)いた。




「ふむ……やはり戦いの最中で群れる者の限界はこんなものか……」



(強い……)



「少女よ……まだやるか? 」



(思っていた何十倍……何百倍も……)



「もう十分じゃろうて。お主にこれ以上の引き出しは無いようにワシは思うぞ」



(それでも……)



「はっきり言うとな……少し飽きて来たんじゃ」



(……諦められるわけがない! )



「【剣神】様……一つ聞いても良いですか? 」


「……? 何じゃ? 」


「もし、私がここで討たれたら……貴方はその後どうするつもりなのですか? 」



 女騎士は血まみれで震える体を起こし一つの質問を目の前の男に投げかけた。



「ふむ…………そうじゃな……」



 騎士には一つの恐れがあった。今の今まで刃を交えて来たこの男の考えていることがわかりかけてきた彼女が考える最悪のケースが。



「そのように心配せずとも……それほど大それた真似はせんよ? 」



 騎士は安心した。安心してしまった。その直後に続いた男の言葉に対しての動揺を隠せないほどに。



「ただ……この場にいる人間を一人残らず『撫で斬り』にする程度(・・)。ざっと十万人ぐらいかの? 約束する。それ以上はどれほど血が昂ったとしても手は出さぬ」



 騎士は……少女は……膝から崩れ落ちそうになった。倒れなかったのは偏に彼女が持つ強靭な意思の力によるものだった。



(私がやらなきゃ……『私しかいないんだ』……皆は……)




 “私しかいないんだ。”




 その言葉は彼女の人生にずっと付きまとい続けた言葉だった。


 厳格で名誉欲に囚われた両親の元で生まれた彼女は生まれた瞬間からため息をつかれた。高くはあるが貴族としては平凡極まりないステータスの初期数値。生まれ持ったスキルも【剣術】のみ。


 4種類の『元素魔法』と【聖剣術】を持ち合わせていた兄と比べたら月とスッポンという他ない。両親はすぐに彼女のことを見限り、それから10年以上の歳月が過ぎる。両親はそこで思ってもみない事態に相対することになる。


 『出来の良い兄』が妹をかばい、ダンジョンに飲まれるという悲劇に。


 両親は出来の悪い妹に言った。



『兄の代わりをするのはお前にしかできない。お前がやれ』



 ――――彼女の戦いはそこから始まった。



『リューノ様! ご指示を! 』


『団長! 俺たちはどうします!? 』



(そんな……無理だよ……正解なんて私にもわかんないよ! )



 兄は優秀だった。年上の部下に請われれば何でも応答していたし、常に最も良い道を選び続けていた。そのことをよく思わない人間も含めて兄は完璧な対応をし続けたという。


 兄に向けられた期待と信頼とやっかみはそのまま妹を押し潰す。少女の精神は呆気なく破壊された。


 動けば動くほどに深く深く落ちていく泥沼に突き落とされた彼女は遂にたどり着く。悪夢と狂気に満ちた地獄に。


 そんな、足元すら見えない闇の中で唯一見つけた光は自分と余り変わらない歳の一人の少年だった。


 彼は彼女が兄へのわだかまっていた想いを解消した。自分の知らない美しい世界を見せた。彼女の危機を救い、苦難を共に打倒した。


 そして、この世にはまだ『希望』と『幸福』があるのだと教えてくれた。



(兄さんの妹として……剣太郎の友人として恥ずかしくならない人間になろう)



 彼と別れてからの少女の勢いは神懸かっていたといってもいい。ありとあらゆる戦いで結果を残し、より多くの民を騎士として救った。


 彼女は気づけば【聖女】と呼ばれるようになり、いつからかこんな声が聞こえてきた。



『【聖女】様! ありがとう! 』


『【聖女】様がいれば俺達は何だって出来る気がします! 』



 その時は彼らの心からの感謝を彼女は素直に喜んだ。ほんの少しだけ自信が取り戻せた気がした。しかし現実は甘くない。彼女がどれだけ尽力しても、魔はその手を緩めることは無かった。



 ・第6次東クルド―戦役 結果:『勝利』 

 死者7万――内第13騎士団殉職者数8名。以下敬称略)

 イルディア/ソーノ/グラウ/テネッタ/イド/ホーク/ルオー/ニーナ


『さすがです聖女様! 素晴らしい手腕でした! 』 


『俺たちが助かったのはアンタのお陰だ……! 』


 ――――(私がやるんだ)



 ・三日月半島攻防戦 結果:『勝利』

 死者11万――内第13騎士団殉職者数10名。以下敬称略)

 フラウ/イン/シン/ダリオ/ニノ/レイド/スライ/サルマ/ネムナ/スーロ/カイ


『俺たちが他の騎士団を蹴ってここにいるのは貴方が居るからです! 』


『さすがです! 聖女様! 』


 ――――(私がやらなきゃ)



 ・大迷宮臨界点突破 結果:『鎮圧』

 死者20万――内第13騎士団殉職者数12名。以下敬称略)

 クラウディー/リーノルド/サイモン/スレイ/イナ/レオナード/ルクス/ジオ/ウロ/スイナ/セムタガ/テルロ


『初めから団長に命を預ける覚悟を持ってここにいます! どんな指示だってして下さい! 』


『聖女様のために死ねたんです! あいつらだって本望ですよ! 』


 ――――(皆が頼れるのは)



 ・魔獣大規模侵攻災害(通称:侵災)結果:『停止』

 死者数不明。推定100万――内第13騎士団殉職者数20名。以下敬称略)

 キリガ/ゴショ/ゴルガ/アスラ/ルアリオ/エピカ/ロット/レヌ/ロンベル/スラバイ/マルトディール/イナム/スノ/エシテ/マネ/ルー/ネルナ/ナリ/ケインズ/ロンタ


『リュー……カ……団長……後は……頼みます……』


『最近巷で【聖女】と呼ばれているそうだな? 親として誇りに思うぞ。それで?次はいつ、どこの戦場に行くんだ? 』


『ラインハルトよ。帝都の都市防衛においてはお前の名が大きく他国に対して利いておる。下手に外へフラフラと出るのは控えてもらいたいのだよ。分かってくれ』


「聖女様! 貴方が俺たちに残された最後の希望です! 」


 ――――(私しかいないんだ(・・・・・・・・)



 そして……


『聖女よ。共和国から申し出が来ておる。お前を指名して【代理戦争】がしたいと。相手はかの伝説の【剣神】で拒否すれば帝国は地図から消されてしまうそうじゃ。【代表騎士】の地位と共に……どうか引き受けて欲しい』


 ……『その日』はやって来た。



「団長! まさか! 引き受けるつもりじゃないでしょうね!? 」


「向こうが指定しているのは私。なら逃げるわけにはいかないよ。それに【剣神(かれ)】は戦闘狂であるほかに……殺人快楽者として知られているんだよ。もし私が拒否したら……帝国は……」


「そんな……リューカ様が……今までどれだけ……この国に……! 」


「ラウド」


「こんなのおかしいです! 認められないです! 私が今から……! 」


「ラウド! 」



 彼女の声に、副団長の男は正気を取り戻す。彼の目の端からはさめざめと涙が零れ落ちていた。



「分かるでしょ? 今放り出したら私たちが今までやって来たことが全部無駄になる。仲間たちに託された思いも全部」


「…………」


「コレは私の問題。私がやらなきゃいけないこと。道の半ばで死んでいった彼らのためにも私は逃げるわけにはいかないの」



 ラウドはうつむいたまま微動だにしないまま。ポツリとつぶやくように彼女に問いかけた。



「決意は固いということですね……」


「うん」


「しかしまだ時間に猶予はあります…………最後に……一言顔を見せるのは……どうでしょうか……。例えば知人……友人の方に……」



 彼女は笑い出しそうになってしまった。戦って戦って、ひたすらに剣を振るい、血まみれになりながら戦い続けてきた自分にそんな人間がいるとずっと隣にいた副団長のラウドが真剣にそう考えていたからだ。



「知ってるなら意地悪な事言わないでよ。私には友達はいな――――」



『いない』とはっきりと断言する寸前に思い出す。懐かしい少年の屈託のない笑顔を。自分を助けてくれた世界を超えた唯一の友達。


 彼と分け合った一つの戦利品を握りしめ、彼女は目をつぶり誰にも聞こえないように小さく囁いた。



(できれば……叶うなら……会いたいよ……。剣太郎)



 その願いが聞き届けられたのか。はたまた偶然か。彼女は少年と再会する。

 

 思っても見ない形で。

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