笑う【剣神】
「あぁ……そんな……」
「これでも……ダメなのか……」
「団長……」
【戦争】の行方をかたずを飲んで見守る第13騎士団の面々。成長限界を超え高いステータスを誇る彼らは民衆に先んじてその『末路』に気付いていた。彼らは闘技場での観戦が認められなかったためラウドの隠れ家に身を寄せ合って、水晶の映像を食い入るように見つめていた。
その張り詰めた無言を突き破るように一人の若い騎士が急に立ち上がった。
「俺……こんなところで……黙って見てられませんよ! 」
「おい! アロン! 」
「俺……今からでも行きますよ! 【闘技場】に! ここで何もしないままなのは嫌なんです! 」
「そう思っているのがお前だけだと思うなよ! 団長があの場に立っているのは俺達のためでもあるんだぞ! お前はあの方の思いを踏みにじるつもりか! 」
「そんなことは分かっています! でも……! でも! 」
アロンは悔しさとやるせなさを押し殺せぬように歯を食いしばる。色々な意味で若すぎる騎士を騎士団幹部の一人は静かな声で制した。
「なら一つ聞くぞアロン? お前はここに『副長』を置いて一人身勝手に行けるというのか? 」
何かに気付いたようにアロンの表情は『ハッ』としたものに切り替わる。
彼の視線の先には水晶を食い入るように見つめる第13騎士団最古参のラウドの姿があった。まだ12騎士団にやられた傷はいえていないのにも関わらず、拳を強く強く握りしめたせいで腕に巻かれた包帯は真っ赤に染まっていた。
「副団長……? 」
隣から聞こえる幹部の労わりの声はラウドの耳には届かない。彼の意識はつい数時間前の光景に思いを馳せていた。
『リューカ様……団長……! 』
『3日ぶりだね。ラウド。怪我は……まだ癒えてないみたいだね』
『いえ……この程度……痛くもかゆくも……』
『全部終わったら……できるだけ早く医療班に見せてね』
『団長……! 私のことなど! 今はどうでもいいです! 勝機は! 勝ち目は………………あるんですか!? 』
『………………』
『リューカ様! 』
『一つだけ』
『?』
『一つだけ……考えていることがあるよ。確率の低い賭けだけど』
ラウドはただひたすら祈っていた。どうか。どうかその賭けにリューカが勝てるようにと。そんな中水晶に映し出された闘技場は新たな局面を迎えていた。
【聖女】と【剣神】が戦争前に相対した機会は3回だけ。
両国代表同士の事前顔合わせ。
【代理戦争】同意の調印式。
【代理戦争】の開会式。
そのどの場面でも一言も発することも無かった【剣神】。そんな彼が今、胸に付き立った剣を掴み上げ、固く閉ざされた口を開く。
「[耐久力]を超えられたようじゃな……」
切り裂かれた衣服から覗く剣神の日焼けした肌はうっすらと赤い筋が入っていた。間違いなく先ほどのリューカの一撃によるものだった。
「源流……今では『非数値化技能』と言うのだったか……? 素晴らしい力じゃの。自己暗示による脳の制限の解除。鍛え上げられた剣技。完璧に近い水準で制御された肉体。血流を循環させ、代謝を上げる呼吸法。そのどれもがステータスに関与しないのにも関わらず飛躍的な戦闘力の向上を実現できている……」
「……!? 」
リューカは瞠目した。代理戦争の最中で、まさかあの【剣神】から称賛を受けるとはつゆほどに思わなかったからだ。
【剣神】の口は止まらない。まるで今まで我慢していた分を解放するかのようにスラスラと持論を展開していく。
「自己暗示を行うことと、剣術の習得には似ている部分がある。思い込みによる力で想像する自分を実現するのが『前者』で手本となる型を何度も真似ることで、理想の動きを実現するのが『後者』」
異様な興奮を見せる【剣神】。リューカはそんな彼から一度距離を取ろうとした。しかし
「……っ!! 」
【剣神】に掴み上げられた剣はビクともしなかった。
「どちらもが脳の働きを大きく刺激するものじゃ。習得には時間と労力がかかるはず……レベルは……なるほど……そういうこと……か……」
愉快そうな声を上げる【剣神】の目は【鑑定】スキルの赤い光が灯っていた。
『リューカ・(イヒト)・ラインハルト (年齢:15歳) Lv.99
職業:イヒト帝国陸軍第13騎士団団長
スキル: 【騎士剣術 Lv.78】【鑑定 Lv.40】【戦意向上 Lv.39】
【真言 Lv.37】【転移転送 Lv.24】
称号:≪聖女≫≪英雄騎士≫≪剣聖の道を歩む者≫
力: 66202
敏捷:114021
器用: 84001
持久力: 79202
耐久: 43992
魔力: 34322 』
「成長限界を超えし者がぶつかる真の壁。それを超えられないでいると見える……99に到達してから随分長いであろう? 」
「……! 」
あまり考えないようにしていた現状を言い当てられ目を見開くリューカ。
20代の様にも70代の様にも見える年齢不詳の『剣の鬼』は戦争が始まってからようやく感情らしい感情を見せた。
それは心の底から残念そうなため息だった。
「ワシも今……伸び悩んでいる。あの女との血沸き肉躍る戦いから30年以上。ワシのレベルは一つたりとも上がっておらん……。何を為しても、何を殺しても心も数値も動くことは無いと思っておった」
気づけばリューカの耳の近くではカチャカチャという金属の音が鳴っていた。
それが何の音か理解した時、聖女と呼ばれ、現代の英雄として≪称号≫にも認められた女騎士は驚愕した。
それは自分の身体が鎧を『小刻みに震わせる音』だった。
「惜しい……惜しいのう……惜しすぎる……」
聖女は恐怖していた。
竜の大群に騎士団が囲まれた時も、一人迷宮に取り込まれた時も、【剣神】と戦うことを皇帝に請われた時すらも恐れはしても怖気づくことは無かった聖女の身体は少し、また少しと強張り始めていた。
一度の殺意も戦意も見せることも
魔力で威圧することも
武器をちらつかせることすらもしなかった
目の前の男が恐ろしくて仕方が無かった。
底なしの穴の暗闇を覗いてしまったような得体のしれない怖気はリューカの身体の端から熱を奪っていく。
「惜しいのお……どうにかならぬものか……」
「何が……そんなに……惜しいん……ですか?」
震える声を必死に抑えてリューカは問いかける。
【剣神】は『虚空』から
身の丈を超える異形の巨大な剣を引きずり出すように取り出すと
目を細め歯茎をむき出しにする
悍ましく、凄絶な、笑みを浮かべた。
「あとお主のレベルが70はあれば良き戦いが出来たというのに……」
【剣神】は異形の剣をリューカの目の前で片手で軽々と持ち上げてみせる。
一方のリューカは動けない。足は竦み、剣は【剣神】の手から取り戻せない。
そして【剣神】は
「ワシのレベルが199でなければ……」
手に持った『異形』を
――――『よき経験値となったと言うのに』
真っすぐに振り下ろした。