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巨人の足音



「さあさあ大変長らくお待たせいたしました! ラフタ共和国  対 イヒト帝国の【代理戦争】が開幕です! ルールは簡単『両国代表者のどちらかが絶命するまで! 』武器、魔法、スキルの制限無の何でもあり(バーリトゥード)となっております! 観戦の際に戦いの余波や魔法攻撃に巻き込まれるのではないかというご不安の声が多数寄せられておりますが、心配は無用です! このイヒトの技術力が結集された【闘技場】は【結界】の発動により客席と闘技場の世界を『分断』し安全にそれでいて近距離で戦いの模様を観覧できる仕組みとなっております! 是非ご安心してご覧下さい! 」


「聞きました? エルダ団長。『ご安心して』ですって? 『聖女の公開処刑』には余り似つかわしくない単語ですね? 」



 部下の男の失笑に対してエルダは生真面目な反応を見せた。



「ギリアン君……君はいつもそういうところがあるな。感じないのかね? 帝都中が涙していることを? それでいて僅かな希望を胸に懐き、この場所に集まっていることを? 君も帝国の貴族として感じ入るところは無いのかね? 」




 予想外の叱責にギリアンは慌てふためきながら言い訳をしようとした。



「はっ! 今のはし、失言でした! 私はただ――――」


「ただ? どうしたんだ? 」


「いえ……あの……」


「ああそうそう、まず先に私の意見を述べておくべきだった。もちろん私はこの国のために命を賭してくれる聖女様の慈愛の心に先程から涙が止まらぬよ」



 そう宣うエルダの瞳は渇ききっていて、口元には深い笑みが刻まれていた。



「だ、団長……冗談はやめてくださいよ! 心臓に悪いです! 」


「ハハハハ! すまんな、ギリアン君! どうやら私も少し祭の雰囲気に充てられて舞い上がっているようだ! しかし惜しいな。闘技場周辺警備の任がなければあの聖女が無様に生きたまま切り刻まれるところを見物できたというのに……」


「あの女には随分と邪魔されましたからね」


「口が過ぎるぞギリアン君。リューカラインハルト団長は君の上司に当たる方だ。口は慎み給えよ……まあそれもあと数時間の話だかね」



 そんな笑い声が闘技場脇の広間に木霊した。笑い声はこの二人だけではなく意外にも闘技場のあちこちで散見された。



 本来なら中立国で行うはずの代理戦争は急遽決まったということもありこの帝都で執り行われることになったため共和国の人間はほんの一握りの例外を置くと一人たりともいない。


 そんな状況の闘技場で人々は完全に二分された。


 聖女の最後の勇姿をみるべく絶望的な足取りで会場内に吸い込まれていく『帝国市民』と第13騎士団と聖女に散々煮え湯を飲まされてきたため、笑顔と興奮が隠せない『帝国騎士』だ。


 恐ろしいほどに静まり返った民衆と対比して騎士たちの笑い声はよくよく響く。


 かといってそれを咎めるようなことは市民にできるはずもない。


 市民の希望が消え、貴族がそれを嘲笑う、極西大陸のどこでも見れる象徴的で一般的な光景だった。



「これで潰された【奴隷】の搬入経路もまた復活ですよね? 」


「いーやギリアン君。それはまだ時期尚早というものだよ。あの女騎士が自分の主張を通すために陛下にどのような手練手管で篭絡させたかわかったものではないからね」


「そう、なんですか……? 」


「そう肩を落とすなギリアン君。すぐに風向きは変わる。そのための【代理戦争】だ。せいぜい我々は高みの見物でもしゃれこも…………なんだ? アレは」



 言葉を途中で切ったエルダの目には猛スピードで駆けてくる一人の衛兵の姿が写っていた。


(『無線』も使わずに直接伝令を……? 参謀本部からか?)



「エルダ団長! 大変です! 」


「おい貴様! 礼を欠いているぞ! まずは自分の名と所属を言え!」



 膝に手を付き、息も絶え絶えな衛兵に向かってギリアンはすかさず説教した。


 それを手で制したあとエルダは鷹揚な態度で衛兵に続きを促した。



「し、失礼しました! 第一騎士団下部兵団! 第一隊所属のルムトです! 闘技場周辺警備責任者である第12騎士団エルダ団長殿に緊急のご報告が! 」


「ふむ。この時分というのは少しきな臭いが……それで? 」


「侵入者です。何者かが門を経由せずに帝都内に侵入した形跡があります! 」



 それを聞いてエルダは一瞬無表情になった後に、弾きだすように笑い出した。



「……何かと思えば……そんなことか! 君……ルムタとか言ったかな? 」


「は、はい」


「そんな一匹や二匹の蟻ごときで大騒ぎをせんでもよい。理解しているか? この帝都には今あの御方が――――」



 エルダが話をしている途中。


 ルムトがそれを聞き入っている間。


 人々が闘技場に足を運んでいる合間。



「ひぃ……! 」



『世界そのもの』が悲鳴を上げた。 



 大気は振動し、



 都市が波打ち、



 作られた青空は強く軋んだ。



「団長……今の魔力! 」


「間違いない。……【剣神】サマだ」


「恐ろしい……恐ろしい力ですね。ステータスは何十万にも届いているんでしょうか? とても想像もできません……」


「ギリアン君。人知の及ばぬ力というものを我ら只人が必死で仰ぎ、測ろうとしても意味はないのだよ。私はあの【侵災】の日にそれをよく理解した。あの方に比べれば我ら帝国騎士全員がただの虫ケラに過ぎないのだから」



 エルダが珍しく見せた謙遜する様子を見てギリアンは驚愕すると共に必死にフォローした。



「そんな……エルダ団長を虫などと! 私には口が裂けても言えないです! そんなことを言う輩がいたら私が! 」


「まあそう興奮するなギリアン君。そのような存在も使いようだぞ? 」


「使う……? 」


「そうだ。歴史上5人しか存在しない彼の超越者は『まつろわぬ神』に等しい。我ら良識にあふれた普通の人間がどうこうして、その考えを理解できるようなものではない。なら我々が考えるべきなのはいかに『彼ら』の怒りを被らず、敵に『彼ら』をぶつけるか……現に成功しているだろう? 小うるさく、悠々と空を飛んでいた『羽虫』が一匹ひねりつぶされているではないか? 」


「確かに……そうですね! 」


「とまあ……そういうわけだ。神が降臨なされた帝都に虫が一匹増えようと些末な問題であることがわかってくれたかな、ルマテとやら? いつまでも路面にひざまついていないで持ち場に戻り給え」 



 先程の魔力に当てられたのか路面にうずくまり小刻みに震えているルムト。


 跪く平民の後頭部を足蹴にするのが趣味のエルダといえど余りにもしつこいとさすがに見苦しさが勝つようだった。


 しかしルムトは



「…………」



 気絶したように、息一つ吸う音すら立てずに、小刻みに道に埋もれ続けた。



「おい! 貴様! エルダ様のお言葉が聞こえないのか! 」



 すかさずルムトを無理やり引き起こしたギリアンは彼の顔を見て仰天した。


 口の端から泡を吹き、目は白目を剥き、顔は痙攣して引きつっていた。



「き、貴様……何をそんなに怯えている!? 」


「……あ……あぁ……あああ……」


「ルムトよ。答えなさい」



 エルダの冷えきった声に1度大きく身震いしたルムトは声を震わせながらようやく意味のある言葉を話した。



「お、おれ、し、し、しってるんで……す」


「何をだ? 」


「と、闘技場のけっ……けっ……けっけっ」


「結界だな? 」


「そ、それが……それが…………」


「なんだ! 早く続きを言え! 」



 ギリアンはわずかに芽生え始めた不安をルムトへの苛立ちで誤魔化した。


 冷静を装ったエルダは湧き上がる嫌な予感を抑えられなくなっていた。


 そしてルムトは震えの振動が最大になった唇を何とか不格好に操り、最後の一言を口にした。





「……中のま、魔力を完全にしゃ……遮断(・・)……するって」





 その時になってようやく気づいた。


 さきほどに感じた巨大な力の波動が闘技場の中からではなく()から来たものであるとこ。



 その時になってようやく気づいた。


 ついさっきまでは絶えず流れていた無線から聞こえる別地域を警備している筈の同僚たちの声が全く聞こえなくなっていること。



 その時になってようやく気づいた。


 とある方向から何本もの土煙が『まるで巨人(・・)が通ったように』こちらに向かって伸びていることを。




「総員戦闘態勢! 警戒度超1級! 」


「なあ、もう戦争は始まってるのか? 」



 エルダが叫ぶのと背後から一人の少年の声(・・・・)が聞こえるのはほぼ同時だった。


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