城本剣太郎:起源(オリジン)
「大イヒト帝国陸軍、第13騎士団団長。ラインハルト家のリューカ。ただいま参上つかまつりました」
「おぉラインハルト家に連なる者よ。聖女よ。表を上げよ。近うよっておくれ」
「はっ! 」
「……その宝石の輝きを放つ髪……玉の様な瞳……天使と見まがう花の顔……ますます美しゅうなったの」
「もったいなきお言葉です」
「……それがのお……惜しいのぉ……惜しすぎる。何とかならぬものか……」
「…………? 」
「ラインハルト家が長子、リューカよ。お前に問う。【代表騎士】として帝国に連なる貴き血族を束ね、この国の全ての軍事を司り、このイヒトを生涯守りぬく覚悟はあるか? 」
「はい」
「よし……では再び問おう。お前は長きにわたって民の権利と地位向上、そして難民の保護を嘆願しておったがその意思は変わらぬか? 」
「はい」
「そうか……そうか……ならば最後の問だ。……始めに言っておく。この問いの答えを出すのにはさすがのお前でも時間がかかると考える。猶予は12日間。このような場を設ける必要は無い。書簡で回答せよ」
「…………陛下? 」
「問おう。聖女よ。お前はその2つの意思に殉ずる覚悟は……自らの命を捧げる覚悟はあるかね? 」
――2週間前、秘密裏に行われた
第13代皇帝ライト2世と【聖女】の謁見での一幕――
「マーシィ……今何て言った? 」
「だからねシスターは嘘言ったんだよぉ」
「どういうことだ? エリー……」
「知らないのケンタロー? 」
「だから……何をだ!? 」
不思議そうな顔をしてこちら見てくる三人組。頭を押さえてため息をつくシスターイレノア。俺だけが置いてけぼりだった。俺だけが蚊帳の外だった。
そんな俺に向かってグラントは一歩近づき、まるで今日の晩御飯を教えてくるような気軽さで、とある事実を口にした。
「帝国は今から戦争するんだよ。隣の共和国と」
は?
「今『戦争する』って言ったか? 」
「うん」
「いや! おかしい! リューカは言ってたぞ! 国同士で全面的な戦いをする余裕は無いって! 」
「もちろんそだよ? 」
「だから……勝敗を決めるんじゃん。国から一人――――」
――――『代表者』を立てて。
俺はやっと理解した。【代表騎士】という言葉に込められた意味を。
国同士の大きな戦争が無い今、なぜ【闘技場】があの場所に必要なのかを。
「リューカは……リューカ姉は……戦いに行ったのか? 」
「そうだよ! 昨日は皆で『けっきしゅうかい』して応援したんだよ! 」
「……誰と戦うんだ? 」
「えっとねぇ……たしか~なんだっけ? エリー? 」
「え~私覚えてないよお~。誰が相手でもリューカ姉が負けるわけないし! グラントは覚えてる? 」
「向こうからリューカ姉に決闘を申し込んできたんだよね。……確か……『けん』……けん~? 」
「【剣神】だよ。この世界で唯一生きのこっているレベル3桁の超越者さ」
「っさすが~シスター長生きしてる~! 」
「『としのこう』って奴だね」
「ねえねえ、3桁って凄いんだっけ? 」
子供たちの声が途轍もなく遠くから聞こえる……気がした。
体が深い深い水の底へ沈んでいくように……錯覚した。
呼吸は止まり、思考は停止した。
その穴を埋めるように頭の中でフラッシュバックした。先日の記憶が。
『千を超える戦争に参加し、全ての戦いで勝利した伝説の傭兵』
『100を超える小国と10近い大国を一人で殲滅』
『剣で切り裂かれたような深く巨大な谷』
『【剣神】の唯一の行動原理――――』
「……強者と……戦うこと……」
一つのひらめきが全ての違和感と錯覚に答えを出した。
なぜリューカは会って早々俺をダンジョンの中に送り付けたのか。
なぜリューカは俺を出来るだけ早く元居た世界に返そうとしたのか。
なぜリューカは自己暗示まで使って俺を自分から遠ざけようとしたのか。
なぜリューカはラウドさんを俺に寄越したのか。
なぜラウドさんはリューカのことを俺に話さなかったのか。
なぜリューカは隠した俺のステータスのことについて聞かなかったのか。
なぜリューカはしきりに自分とこの国の未来に心配が無いことを主張したのか。
なぜリューカは俺に最後に嘘をついたのか。
「俺を……【剣神】から守るため? 」
「レベルが3桁になると国が特別『たいぐう』で『こっかよさん』級のお金で雇ってくれるらしいぜ」
「え~グラントそれホント~? じゃあそのケンシンっていう奴超お金持ちなんだ。いいなあ」
「そんなのにリューカ姉が負けるわけないよ」
――――なんで気付けなかった?
ずっと自分のことで精一杯だったからだ。
――――なんでリューカは俺に助けを求めなかった?
俺がずっと腕輪をつけていて力を隠していたからだ。
俺もリューカも【剣神】には敵わないと彼女自身が考えたからだ。
――――なんで俺はずっとこの【偽装の腕輪】をつけていた?
腕輪で本当の名前もレベルもステータスも見えないようにして逃げ道を用意しようとしたからだ。
この後に及んでこの異世界の出来事を他人事のように考えていたからだ。
異世界の人と接し、この世界に溶け込めたと思い込んでいた俺は結局のところそれが勘違いであることをこの瞬間まで気づけなかったからだ。
『ありとあらゆる人間がステータスとレベルを持っている世界』で、誰が俺のことを心の底から信頼できるっていうんだ。ステータスも名前も隠した俺のことを。
あのいけ好かない貴族は俺のことを『他国の諜報員』と言った。
俺はこの腕輪の最初の持ち主である『スーツの男』を見た時になんと心の中で言った?
――――『胡散臭い』『信用出来ない』そう思ったはずだ。
「…………ッッ!!!! 」
クソ!
畜生!
ふざけんな!
何が『助けてあげて』だ!
何が『剣太郎しかいない』だ!
何が『この世界はしばらく大丈夫』だ!
一番助けが必要で、一番大丈夫じゃないのは……
――――リューカ本人じゃないか…………!!
「ケンタロー。急に立ち上がってどうしたんだい? 」
「…………」
「行く気かい? 帝都に? 」
「…………」
「……予想通り……こういう展開になっちゃったか……」
シスターイレノアはまたもや音もなく立ち上がり、姿を消し、その後いつものように俺の背後に現れた。だけど今回は
「イレノアさん……これは何の真似ですか? 」
「見た通りさ。動くなケンタロー。指のうぶ毛の一本でも動いたら『コイツ』をブスリだよ」
右手に紫色に光るナイフを持ち、俺の首筋に押し当てた。
「やめてくださいよ。こんなこと。子供も観てますよ」
「大丈夫、あの子らには今簡単な『催眠術』でちょっとした【幻覚】を見てもらってるから」
横目でチラリと3人の様子を確認すると全員が全員、虚空を笑顔で見つめてぼうっと突っ立て居た。
「イレノアさんも使えるんすねソレ」
「お貴族様に連なる人間なら必修事項だよ? ほんの少し前……だいたい100年前に催眠術で政敵を操って悪事を働いた悪党が現れてからね」
「俺をどうするつもりですか? 」
「このナイフは特別製でね。皮膚をほんの少しでも切り裂かれると状態異常【睡眠】が強制的に発動してどんな強者でもバタンキューっていう代物なんだ。アンタに残された選択肢は3つ。戦争が終わるまでにここで大人しくしてもらうか、今すぐに元居た世界へ帰るか、これで強引に眠らされるかの3択だ。さあ好きなのを選びな? 」
「その3つだけですか? 」
「ああ……それがリューカ様が私に最後におっしゃった願いですから……」
眼の端に一粒の涙を浮かべたイレノアの意思は固く、揺るがないことを理解させられた。彼女には一切の逃げが無い。真っすぐかつての主人に忠実であり続けた。
リューカも逃げなかった。自分の命があと僅かであることを覚悟していながら最後まで人に優しく、俺を助けてくれた。
対して俺はどうだ?
「どうしても行ってはいけませんか? 」
「ダメです。アナタを今行かせたらあの子がしたことが全部無駄になりますから。それにケンタロー。私はあの子とは違います。いくらあの子の恩人だと言っても偽装の腕輪でステータスを隠ぺいしているような人を誰が『信用』できますか? 」
俺は腕輪を付けることで周囲に暗に言ってたんだ。お前らのことを俺は信用しないって。
「それに貴方は今『全力』を出せなくなっているでしょう? 何があったかは知りませんが、貴方みたいな中途半端な魔術師一人犬死にさせる意味は無いです! 」
それなのに迷宮課の人達は、ウニロさん達は信じてくれた。
リューカは俺なら世界を救える、出来ると言ってくれた。
「……さあどうするんだい? 」
どうする俺?
考えて考えて考え抜いた結果。
行きついたのは鬼怒笠村。
婆ちゃんとバットを振り回して遊んだ『戦いごっこ』の記憶。
思い出せ。
あの子供心に少しきつかったあの遊びに見せかけた訓練になぜ俺が夢中になったのか。
思い出せ。
父さんを見殺しにした心の慰めだった野球のピッチャーにとても強く魅せられたもう一つの大きな理由を。
思い出せ。
中学の野球部でエースである背番号を1を監督から渡された時の高揚を。仲間からの祝福を。
思い出せ。
あの下山トンネルで出会った『犬もどき』に本当は震えてバットすら持てないほどだった俺が立ち向かえた要因を。
思い出せ。
『迷路の迷宮』で飛び出したのは父さんの時の後悔だったとしても、俺はなぜ最終的に縁も所縁も無い異世界の騎士団を助けることに決めたのか。
思い出せ。
あの勝てる気が一切しない、今でも時たま夢に出てくるほどに恐怖していたキメラとの戦いで、なぜ心が折れて諦めかけたリューカの前に俺は身を投げ出すことが出来たのかを。
思い出せ。
あの祭りの日。一目見た瞬間から勝てない確信があった【魔王】を前にして俺はなぜ『面で顔を隠しながらも』立ち向かうことを、最後まで諦めないことを決めたのか。
思い出せ。
木ノ本絵里を絶対に元居た世界へつれて帰ると決心させたその意味を。
思い出せ。
身体の芯から冷えるほどに絶望的な『予言』を聞いても尚、俺は皆を力の限り守ると心の中で言えたのか。
そうだ。
ただ思ったからだ。
ずっと変わらない。俺の芯となる一つの思い。俺の本質。俺の主義。
『かっこよくありたい、かっこ悪いのは嫌だ』
そんな子供じみた、かっこ悪い、人に言うには恥ずかしすぎる思いを俺はずっと抱えて生きていた。
認めよう。
逃げ続けた今までの俺は目茶苦茶、超絶に、最低最悪なほどにかっこ悪い。
でも、もしここで
俺のためにあんなにも尽くしてくれたリューカを
放って置いて元居た世界に何事も無かったように戻ったら?
「かっこ悪すぎるよな……」
「…………? 」
「すいません。イレノアさん。俺はもう逃げません。逃げたくないです。格好悪いじゃないですか。もうこれ以上は無理です」
「!? アンタ! 何を!? 」
イレノアさんの見開いた目はとある一点を見つめていた。ナイフの刃を直接握る俺の右手に。
「イレノアさん……確かにコレはいいナイフです。素晴らしい鍛冶師と強力な呪術師によってられた業物であることは間違いないでしょう。でもね」
――――皮膚に刺さらなかったら意味ないです。
「そんな!? ケンタローは魔術師じゃ! そんな[耐久力]があるはず――――! 」
俺が粘土細工のようにグニャグニャに曲げたナイフを床に落とすのと同時に、シスターイレノアは腰が抜けたように床にへたり込んだ。
「ケンタローあんた……一体……!? 」
戦慄するイレノアさん。何が何だかわからない様子でこちらを不思議そうに見つめる三人組。
彼らをさておき俺はさっきまで眠っていたベットの脇に立てかけられた『ある者』を手に取った。
「これは『金属バット』。武器種は【棍棒】でこれを持つと【棍棒術】が発動します。緑のお面を被り、コレを振り回していた俺は『グリーンバット』とかいうあだ名も付けられたことがあります」
モンスターは怖い。
痛いのと血は慣れたけどまだ怖い。
死ぬのは怖い。
【剣神】は怖い。
【四方の魔王】も怖い。
『Xデー』も怖い。
爺ちゃんに本当のことを聞くのも怖い。
でも知っている人が死ぬのは、
俺のせいで人が死ぬのは、
何もしないのはもっと怖い。
「約束します。リューカを金属バットでここに連れ帰ってくることを」
もう逃げない。
迷わない。
ぶつかってやる。正面から。
何もかも。全て。
この
爺ちゃんが俺のために残してくれた
金属バットと共に。