迷路の迷宮
『迷路の迷宮:初級・中級・上級の三階層で構成される塔型の迷宮。上に行くほどに迷路は複雑に、罠は凶悪化する。』
これがダンジョンそのものを【鑑定】した結果。その情報を得てからは最大限の警戒をしていたつもりだった。
確かに説明は見た。凶悪化すると書いてはあった。……でも……さすがにこれは無いんじゃないか?
不平を吐いても仕方ないが、現在、自分が置かれている状況は理不尽だと思うほかなかった。
「「シュー……シュー……」」
Lv.34の二匹の『ルイン・スネーク』は息を吐きながら俺を中心に石畳の上を這いずり回る。
モンスターに囲まれた時は一端引いて体勢を立て直すのが得策だけど、迷路の迷宮はそれを許してはくれなかった。前にも壁。後ろにも壁。戦闘中以外は常に【鑑定】を使って周囲を警戒していたが気づいた時にはもう遅かった。突如前方と後方を塞がれて、細長い密閉された空間に2体のどう猛なモンスターと一緒に押し込められる。あまりにも狭いため『技』のための5秒を稼ぐことも難しい。
「本当に……良かったよ……まだポイントを残しておいて……」
だけど俺には五色の迷宮で培った教訓がある。溜まっていた600ポイントを[力]と[敏捷]へ。現実世界での生活への影響が無視できなくなりそうだが、こうなっては手段を選んでる場合じゃない。
『城本 剣太郎 (年齢:16歳) Lv.28
職業:無
スキル: 【棍棒術 Lv.5】(200/3200)【疾走 Lv.4】(700/1600)
【投擲術 Lv.2】(340/400) 【鑑定 Lv.3】(239/800)
称号:≪異世界人≫ ≪最初の討伐者ファースト・ブラッド≫
力:14(+380)
敏捷:17(+400)
器用:14(+140)
持久力: 8(+360)
耐久: 6(+300)
魔力: 1(+ 81)〔5/81〕 保有ポイント:0 』
五色の迷宮四階層の地獄は教えてくれた。囲まれた時の対処法を。
ぶち開いた突破口に押し通る。一点集中のごり押し。
考える間も、様子見も不要。
まず一体をより素早く確実に仕留めること。
「おらぁ! 」
「ギャッッ! 」
初撃は耐えられてしまう。大蛇に短く鳴き声を上げさせただけ。ルイン・スネークの[耐久力]400という数字は見掛け倒しじゃない。また当然、一撃で仕留められなかった場合は敏捷力600から繰り出される反撃が待っている。
「キシャアアァアァアァァァー!! 」
前後からの噛みつきの挟み撃ち。
とぐろを巻いた長い全身を一気に伸ばし二匹の大蛇が二方向から迫ってくる。
「【疾走】! 」
対して俺は前方の蛇へ向かって【疾走】スキルを使用。仕留めたと思った得物がわざわざ向かってくるのが予想外だったのか一瞬、モンスターの意識が揺れる――その隙を待っていた。
確かに蛇の噛みつきは────身体を一本の槍のように伸ばしてくる速さは、目にもとまらぬ勢いだ。しかし弱点もある。あまりにも攻撃が直線的すぎること。ルイン・スネークもモンスターである前に生き物だ。少し意識を逸らせたら避けるのは容易い。
「っふ! 」
息を吐き出しながら体を一気に前傾させてスライディング。大蛇の腹の下を滑りぬける。蛇と俺は交差し、前から飛び掛かってきた長い体が後方に消えていく。一方で背中から襲い掛かった……つまり俺が走ったのと同じ方向へ追いかけるように飛んだ蛇はちょうど今、頭上で無防備な下あごを晒している。
一瞬の攻防。多くのことが同時に起こったため決着も一瞬だった。
意識してない下部から強打を食らった蛇は煙となって爆散。その間、正面から迫っていた蛇は勢いを殺せずそのまま道を塞ぐ壁に激突。一転、混乱状態に陥る。もちろんそのチャンスも逃さない。【棍棒術】の元からある強化のみで今や600を超える力をもって何度も後ろから殴打された"大蛇の生き残り"は舌を縮めさせダンジョンの床に崩れ落ちた。
『技』を使わなくてもピンチを乗り越えられた。その事実は俺を大いに勇気づけさせた。勢いそのまま『中級』の恐ろしい罠を次々と突破していく活力となった。
結局、快進撃は『上級』へと続く階段を見つけ出すまで止まらなかった。
「このダンジョンも、とうとう最後の階層か」
苦しめられた部分もあった『迷路の迷宮』もあと少し。長い長い螺旋階段を上りながらこれまでの道中を反芻し、これから何が待っているのかを考えていた、その時。
「は? 」
自分が見たものが信じられず、一時的に言葉を失った。
「これってほんとに……ダンジョンの中なのか? 」
目の前にふいに広がったのは……想像の埒外の景色。
むしろ今までがチュートリアル。本番前の遊びにもならない前座。『上級』からこそが『迷路の迷宮』の真の姿。そう思わせる迫力が目の前の光景にはあった。
「……デカすぎだろ……」
全てが巨大な空間で、まず目に入ったのは遥か彼方の天井。頂点が見えないほど高く、最上部にはもやのような霧がかかっている。
高さが高い分だけ当然のように左右前後にも広い。初級・中級の比較にならないほどに。端が見通せないほどに。俺は確かに上へ上へと登っていったはずだというのに。
そしてこの巨大空間の主役だと主張するのは地面から伸びた巨大な壁。目測で高さ10m、幅5m以上はある厚みのある石壁は不規則に並び、奥が見通せないほどの数を有していた。恐らく何百枚は下らないだろう。人一人歩くには十分すぎるほどの"幅"を一定に保つ姿はまるで……。
「まさか、ここ全部が迷路だなんて言わないよな? さすがに広すぎる……」
心労とこれからの道のりを想像して思わず座り込む。
「こんなの本当に攻略できるのか? 」
階段と迷路の入口の間のわずかな空き地で呆けること数秒。
『何か』が聞こえたのはそんな時だった。
「?」
顔を上げる。一瞬気のせいだと思ったけどやっぱり聞こえる。今度は立ち上がって耳を澄ます。音が小さい。多分、遠くの迷路の中で『何かと何か』が戦っている。さらに聴覚に意識を集中。幻聴じゃない。明らかに金属が何かとぶつかる音だ。ほんのわずかだけど振動も届いている。
さらに耳をそばだてていた俺は聞いた。聞こえてしまった。
"声"を。
"悲鳴"を。
迷路の奥――遥か彼方から。
「まさか……」
刹那、脳裏に過ぎる白骨化した死体。
思いついてしまった、ある可能性。
「ダンジョンに……いるっていうのか……? 」
疑念が確信へと変わるのにはそう長くはかからなかった。
「俺の他に……"生きた人間が"……!? 」