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外れた箍(たが) 吐き出した感情

「剣太郎!! 良かった! 」



 目覚めた瞬間誰かが俺を呼んでいた。声がする方を向くとそこには……



「リュー……カ? 」



 見覚えのある女騎士の顔があった。けれど……



「どうしたんだ!? その傷! 」



 全身ボロボロだった。白く細い身体のあちこちに巻かれた包帯は血で滲んでいてとても動けるようには見えない。



「心配いらないよこの程度。帝都に戻ればすぐだよ」


「いや……! でも! 」


「剣太郎は心配性すぎるよ。私は本当に大丈夫だから! ……そんなことよりも剣太郎は大丈夫なの? 」



 女騎士の剣幕に押され、『心配性なのはそっちもじゃん』という一言は出てこなかった。



「あ……あぁ大丈夫だ。身体は何ともない」


「解熱薬が効いて良かったよ。ならもう一度『丘』へ戻ろう? 次は多分大丈夫――――だと―――…………ねえ剣太郎」


「…………何だ? 」


「やっぱり何かあったんでしょ? 」



 俺の心の中の弱い部分が酷くざわついた。リューカの顔を見た時に押し殺そうとした感情と記憶が湧き上がった。


 (たが)は簡単に外れた。



「すげーよな。リューカはさ」


「え?」


「もうすぐ16だけど、まだ15歳だっけ? 俺より歳下なのにさ」


「剣……太郎? 」


「信頼できる仲間がいて、それをリーダーとして率いてちゃんと結果を出して、皆から顔を覚えられていて、皆から愛されていて」


「急に……どうしたの? 」


「それでいて強くてさ。俺の何十倍も知識が合って、どんなに絶望的な状況でも、他から足を引っ張られても、諦めないし、逃げずに続けてきたから今そんなにでっかくなってるんだもんな? 」


「そ、そんなこと……」


「俺とは大違いだよ」


「ッッ!? 」


「俺はずっと逃げて(・・・)来たんだ。俺を庇った父さんを目の前で見殺しにしてきたことから始まって、そのことを忘れてずっと今まで生きてきた。笑っちゃうよな? そんな俺がさ兄貴のことで悩んでいたリューカを励ましてたんだぜ? 恥知らずにもほどがあるよな? 」


「…………」


「今までやり続けてきた人助けだってそう。あれも現実逃避(・・・・)なんだ。取り返しがつかないことをしでかしたことへの余りにも遅すぎる償い(・・)なんだ。それでいて心の奥底では思ってたんだ」


「どう……思ってたんですか? 」


「『逃げたい』って」



 際限なく強くなるモンスターから。


 命がけのやり取りから。


 俺のせいで誰かが死ぬかもしれない状況から。


 家族が抱える謎から。家族そのものからも。



「俺はこんなもんなんだ。こんな情けない奴なんだ。こんなにも弱い人間なんだ。俺が元居た世界へ帰ったところで誰も――――」



 その時、一陣の風が吹き抜けた。俯いて、視線を下げていたからどのような過程でそうなったのかは分からない。


 ただリューカは俺の手をいつの間にか取っていた。



「どうしたんだ? いきなり? 」


「……そんなことない」


「……え? 」


「そんなことないよ! 剣太郎は情けなくもないし、弱くもないよ! 」



 曇りなき眼。その真っ赤な相貌に真っすぐに見つめられ一瞬、言葉に詰まる。



「いや……言っただろ? 俺はリューカとは違うんだ。俺は色々なものから逃げ続けて来た」


「剣太郎はずっと頑張ってきたんでしょ? 私を助けてくれた。今までもいっぱいいっぱい助けてきた。剣太郎を守ったお父さんの様に。お父さんが亡くなったことをたとえ忘れたとしていてもその事実は変わらないよ! この傷だって! 」



 リューカは俺の手を取って掌の方へ裏返す。そこには【自動回復】では回復しきれなかった無数の傷があった。


 バットを血が出るまで握り込んで破けた皮膚の線。


 指や掌の骨折の跡。


 マメが潰れた上にさらにマメが重なりどす黒い色になった無数の箇所。


 とても綺麗とは言えない手のひらをリューカは労わるように触れた。



「それにね……私だって逃げているんだよ」


「え……? 」


「私だけじゃない。ラウドだって。同じ13騎士団の仲間だって。エルダ団長だって。私の両親だって。皇帝陛下でさえ。皆何かに逃げている。目の前に広がっている現実は直視するには余りにも辛いからさ」


「………………」


「誰もが皆、逃げ場所を持ってる。どんなに明るく、疲れる顔も見せず、頑張っている人であってもそう。それが普通なんだよ」


「……じゃあ、リューカは何に逃げているんだ? 」



 子供じみた問いかけだと自分でも思った。けれど知りたかった。この子がどうやって力を得ているのか。何が原動力なのかを。どうやって過酷な現実と戦っているのかを



「一つ目は兄さんとの思い出。二つ目は本の中の世界。もう一つは……」



 そこでリューカは長い時間を溜めた。俺の方が少し心配になってしまうほどに。



「もう一つは? 」


「ある人が言ってくれた言葉なんだ。……もうダメだっていう時もこの言葉を思い出せば力が湧いてくる言葉。だから私が今日まで来れたのもその人のおかげ」



 随分な高評価だ。この聖女とまで言われる女騎士にこれほどの影響を与えた人間がいたとは想像もつかない。俺は神妙な顔で返答を待った。

 

 対してリューカは何故か赤面した。先ほどまではキリっとしていた表情はおぼつかなくなり、眉尻を下げ、視線もゆらゆらと揺れて、涙目にすらなっている。



「……それで? 」



 俺がゆっくり促すと、リューカはやっとモゴモゴしていた口を開いた。



「『自信を持ってくれ』って……――――ろぅが……」



 その時の俺がどんな顔をしていたかは分からない。ただ恐らくはリューカと同じ顔色になっていたことは想像に難くなかった。


 気まずい沈黙を破ったのは意外にもリューカの方だった。



「そ、そうだ! ねえここがどこだか分かる? 」


「え? そう……だな……」



 言われてから慌てて周囲を見回す。清潔な部屋だ。どこかで見覚えがあるような気はするがやはり記憶には無い。



「ちょっと……思いつかないな」


「ここはね『最果ての養護院』なんだよ? 」


「!? 」



 思わず飛び起きるほどの衝撃だった。あの少し古めかしすぎた建物がいつの間に……こんなに綺麗に?



「私たちがここを出発してすぐにようやく帝国からの援助の許可が下りたの。これで子供たちが夜凍えることは無くなる。近い将来には普通の医療だって受けられるようになるよ」



 そうして未来への展望を話すリューカは俺にはとてもとても、まぶしく見えた。――――思わず目を逸らしてしまうほどに。



「やっぱりリューカは俺とは違うよ」


「……どうしてそう思うの? 」


「俺にはそんな先のことは考えられない。ただ目の前のことに必死で……それだけで一杯一杯なんだ」


「………………」



 さすがに情けなさ過ぎたな。自分でもかっこ悪くて笑えてくる。


 そうして俯いて自嘲する俺をリューカは無言で――――



「ッ! な、何を!? 」



 抱きしめた。



「兄さんが私を安心させるためにいつもやってくれたんだ。急にゴメンね。びっくりしたよね。いやだった? 」


「いや……嫌ってわけじゃないけど……」


「剣太朗はさ……少し休むべきだと思う」


「え? 」


「多分剣太郎は色々なことが同時に起きて心が混乱しきっているんだと思う。一度逃げるってことは心の平穏を保つためにも大事な事なんだよ? しばらくここにいてゆっくり休んで」


「いや……でも……リューカは? 」


「大丈夫。この世界はさっきも言ったように少しずつ変わってきている。この世界は剣太郎に頼らなくてもどうにかなると思う」


「………………」


「もしも考えていることが纏まって、また立ち上がる気力が湧いたらで良いから、その時は助けてあげて。剣太郎がいたあの綺麗で楽しい世界を。あの世界をこんな風にさせないことが出来るとしたら剣太郎しかいないと思う」


「俺が……? 」


「妹さんと仲直りできた剣太郎ならできるよ。それに……」



 リューカは立ち上がり、一歩一歩後ずさりを始めた。何だ? と思った時には俺の身体からゆっくりと力は抜けていった。


 これは……催眠術!? 



「リューカ! 一体どこへ!? 」


「友達の顔を一度は完全に忘れてた人のことなんて気にする必要なんてないよ? じゃあね………………剣太郎」



 年相応のいたずらっぽい幼げな笑みを浮かべて、リューカは姿を消した。同時に俺は再び永い眠りの底へと沈んでいったのだった。 







 多分催眠術が見せた錯覚のはずだ。


 リューカの目の端に涙が浮かんでいた……気がした。


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