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悪夢と逃避

「城本剣太郎また会えてうれしいよ」



 これは夢だ。



「どうした? 随分と顔色が悪いぞ? 」



 夢に決まっている。



「そんなにも私のことが怖いか? 」



 なぜなら……



「それとも怖いのは自分自身か? 」



 真っ白な世界の中で俺が倒したはずの黒騎士が目の前に居るのだから。



「お前は死んだはずだ」


「その通り。私は殺された。他ならぬお前の手で。つまりは今お前が見ている私もお前の妄想の産物と言うわけだ」


「なら消えろ! もう二度とお前の顔なんて見たくない! 」


「ふむ。そうしたいのは山々なんだが……私もつくりだされた身。自分の消え方すら解さない存在だ」



 勘弁してくれ。これ以上俺にどうしろっていうんだ。



「どうしろだって……笑わせる! ……フフフ……フハハハハハハハハハ!! 」



 俺の心を読み取った黒騎士は高らかに嗤った。



「何が可笑しい!? 」


「分かっているだろ? 貴様は向き合うべきだ。自分の生き方というモノに」


「生き方……? 」


「本気で分からないというのかね? なら最初から丁寧になぞってみようではないか。城本剣太郎の人生を」



 黒騎士は両手を広げると真っ白な世界にスクリーンが登場する。まず初めに映し出されたのは父親が目の前で亡くなった時の自分だった。



「城本剣太郎……年齢は当時7歳か? 君はこの時に祖母の存在と父親の全てを忘れる代わりに『自分のせいで父親が死んだ』という記憶を封印した」



 次に……映し出されたのはそのすぐ後に少年野球に参加をし始めた俺。



「その後は野球にのめり込んだ。ピッチャーと言うポジションと出会いさらに野球への愛は深まり、それは中学3年生の途中まで続く」



 場面は切り替わった。これは俺が右肩を壊した後に野球部をやめた場面だ。



「中3の時、投手生命を絶たれる怪我を負ったお前は野球をあっさりと捨てた。大黒柱を失った貴様のチームメートは大事な一戦で空中分解を起こし、目を覆いたくなるような悲劇を巻き起こした」


「…………」


「そして次にお前がのめり込んだもの。それこそ迷宮(ダンジョン)。レベル上げ。ステータス強化。スキルの取得。憎きモンスターを倒せば倒すほどに自分自身は強化され、時間をかければかけるほどに成果は還元される仕組み。それに魅せられたお前はなりふり構わず自分を強化した」


「………………ッ」


「その後貴様は知った。自分以外にも迷宮(ダンジョン)の恩恵を受けている人間がいることを。恐怖したな? もしかして自分よりももっと強い存在がいて、いつか経験値として狩られてしまうのではないかと。もっともっと強く成ろうとした」


「……………ょ」


「その結果貴様は得た、成った。誰一人として寄せ付けない最強の地位。全てのモンスターを撃滅する無双の力。お前の意思一つで全てを壊し、お前の感情一つで全てを救える、『傲慢な子供が夢の中で考える』ような存在に。一切の言い訳も例外も許されないほどの強さをその時には手に入れていた」


「……………れ……ょ」


「そしてあの祭りの日はやってくる。大量の人間を害す明確な意思を持った強力な【魔王】に出会った城本剣太郎がまず最初に何をしたか、自分で覚えてるか? 」


「………………」


「ふふふ、黙っていてもその表情を見ればすぐに分かるぞ。思い出せてるな? そうだ。『お面』を拾ったな? 自分の顔を隠そう(・・・・・・・・)としたな? 一体なぜだ? 」


「…………………だまれ」


「……その後も貪欲に力を蓄え続けた貴様は自分が住まう街で私と一人孤独に戦った。最終的には全力で戦うためにダンジョンの中に私を引きずりこみ、最終的には勝利した。だが……」


「………………もう、いい」


「お前はこの別世界の囚われの身となった。元居た場所に帰れないお前はこの世界のことを肌で体験し、理解し、初めての殺意を覚え、自分の封印されていた記憶すらも思い出し……………―――――――そして今に至る」


「……………もういい黒騎士。もう沢山だ」


「? 」


「長長と説明されなくても自分のことは自分で分かっている! 黙ってろよ(・・・・・)! 今更、俺の人生を抑え直したところで何が言いたいっていうんだ!? 」


「本当にいいのか? 本当に……私の口から言わせるのか? 」


「答えろ! 黒騎士! 」


「そうかそうか。いいだろう! お前の人生を私の目から見た意見と印象を今ここで発表しよう! お前はずっと―――――」





     『――――逃げ続けている』




 立っている地面がグラグラと揺れた。


 視界がグニャリとねじ曲がった。


 黒騎士の声がグワングワンとこだまして響いた。


 口の中が痛いほどに乾燥していた。



「逃げ……ている? 」


「一つずつ説明してやろうか? まず最初。父親の死(・・・・)を忘れたこと。そのような衝撃的な事実を今の今まで思い出せなかったのは何故だ? それも全て催眠術のせいか? 分かっているだろう? 自分自身も思い出さない様に、頭の奥底にしまって浮かび上がらない様に苦心していたな? 」


「ッッ!! 」


「そんな父親の死を頭は忘れていても心は覚えているというモノ。知らないうちに心にぽっかりと埋まった穴を埋めるために次にお前が逃げ込んだ先は野球だ。自分自身を助けることが可能で場合によっては仲間をも助けることが出来るピッチャーと言うポジションでお前は『父親を助けられなかった自分』を慰めていたんだ」


「違う! それは……! それは……」


「しかしお前は心の支えを再び失う。もうピッチャーができないという事実から逃げ出し、仲間からも逃げ出したお前はとうとう理想的なダンジョンと言う逃げ場所を見つける。ガムシャラにレベル上げをしてれば野球のことを忘れられたか? 」


「…………」


「一人孤独に秘密裏にどこまでも強くなり続けたお前はとうとう自分の力を誇示できる機会を獲得する。祭りの日に現れた魔王。そこでお前は二つの選択肢から一つを選ぶことを強いられた。『顔も身分も明かした最強としてその後も戦う』か『影の実力者として振舞うか』」


「……………」


「貴様が選んだのは後者。お前はあの日、あの場所でわざわざ面を拾った。あのスーツの男を打倒した時に拾った『偽装の腕輪』をお前は一度も外すことが無かった。一目見て容易に捻りつぶすことが出来ることが分かっている迷宮課を、あの祭りで集まった大衆の目を恐れたから? いや違う。お前は知っていたからだ。集団の中で最も優れた人間が抱えるプレッシャーを、責任を、期待の重さを。お前は逃げた。『強い力には必ず伴うはずの責任から』」


「…………………」


「自分が良い人間だと信じたいがためだけの、無責任な戦いを何度も重ねてお前は私と戦い。そこで初めて街中で自分の全力を解放した。その時に貴様は理解してしまった。自分が正真正銘の『化け物』になってしまったこと。少し腕を振れば大気は乱れ、大地は裂け、ビル群をなぎ倒す自分自身の力の大きさを。お前はとうとう自分自身の力からも逃げ出した」


「………………」


「この世界では初めて経験した人の悪意、奴隷商人と相対して自分の中に殺意という感情を見つけてしまったお前はますます恐怖した。バットが壊れかけなこと、壊れてしまったことという自分自身への言い訳を得てからお前は全力を一切出さなくなった」


「………………」


「お前が今考えていることは二つ。一つはこの過酷な世界の現状から逃げ出し、全て見なかったふりをして元居た世界へ逃げ出すこと。二つ目は思い出した記憶から逃げるために、全ての真実を明らかにさせないためにこちらの世界へ留まるということ。さあどちらを選ぶんだ? 」



 真っ白な世界に膝をついた。


 背中は前に折れ曲がった。


 顔は両手で覆った。



「どうした? 答えろ、剣太郎」


「教えてくれ」


「?」


「そこまで分かるんだったら俺に教えてくれよ黒騎士。俺はこれからどうすればいいんだ!? いったい何をすればいいんだ!? 」



 その懇願はもはや子供の駄々こねだった。


 何一つ言い返すことが出来ない。


 何一つ間違っていない。


 俺はずっと逃げて来た。ありとあらゆるものから。


 白い世界は沈黙で包まれた。




 10分? 1時間? 1日? もしかしたら1年以上。長い長い無言を経て黒騎士は口を開いた。



「顔を上げろ。剣太郎」



 のろのろと起き上がり、ゆっくり目を開けるとそこには体の端から黒い煙となって消えかかった黒騎士がいた。



「お目覚めの時間だ。夢はいつか終わる」


「待ってくれ! まだ答えは聞けてない! 」



 必死で止めようとするが黒騎士の鎧の崩壊はますます早まった。黒騎士に向かって伸ばした手の指には何故か強い『熱』が灯っていた。



「最初に言っただろう、剣太郎。私はお前の心を映したただの虚像。私はお前自身でありお前は私なのだ。私が言ったことは全て剣太郎の心に元々堆積していた想いの残滓でしかないのだよ」


「なら……なら……俺は……どうすればいいんだ! 」



 恥ずかしげもなく叫ぶと黒騎士は驚くほどに穏やかにほほ笑んだ。



「フフフ……簡単なことだ。自分のことは自分で決めろ」



 黒騎士の黒い煙が完全に白い世界を覆いつくしたその瞬間、指に感じた熱はひときわ強くなり俺は目を覚ました。


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