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【勇者】の丘

「でも、これは昔の話。今はそんな風に国同士で全面的に戦う余裕はないです」


「そう……なのか? 」



 重苦しい空気を払しょくしたのはリューカの方だった。切り替えるように首を振り、この世界の現状って奴を伝えてきた。



「そうなのです。逆に言えば……モンスターが沢山いるから人同士で戦ってる暇が無いってことなんだけど……。こんな風にこの世界にはまだまだ実力者がゴロゴロいるってことでもあるから。だから、この世界はしばらく大丈夫なのです」



 そう言って悪戯っぽく笑みを浮かべるリューカはドキリとするほどの危うい美しさがあった。



「……剣太郎はこの数か月どうだった? 」



 自分は喋り過ぎたから今度はそっちの番と言わんばかりに小首を傾げ質問してくる聖女サマ。キラキラとした視線を俺に送り、露骨にさっきと態度も雰囲気も違っていた。



「あ、あー俺の方は……まあ色々あったよ……」




 そして語り始める。この数ヶ月。何があって、何を見て、何と戦ったのかを。



「あの世界にも【魔王】が……それもお祭りの日に……」


「ああ、何とか皆で撃退したけどな」


「さすがだね。剣太郎」


「いや……あの戦いは結構危なかった! 危ないといえば……」




 話は弾んだ。色々な話をした。


 様様々なダンジョンを攻略したこと。


『人狩り』という存在に出くわしたこと。


 そして――――妹のこと。家族のことも。



「妹さんと仲良く慣れたんだ? 」


「そうなんだ。色々あったんだけど……また話せるようになった」 


「よかったね! 妹さんも絶対、剣太郎と仲直りしたかったと思うよ! 」 


「そうかぁ〜? そんなことないと思うぜ。今も話すのは最低限だし」


「多分、照れてるんだと思うよ。久しぶりにするお兄さんとの会話に」


「そういうもの……なのか? 」


「そういうものなのです」



 そう言って懐かしそうに目を細めるリューカの顔を覗き込んで少しだけホッとした。


 思わず口から飛び出した家族の話。その話題にもリューカの機嫌は変わらなかった。


 俺はリューカが自分の兄のことに関してどのような折り合いをつけたのか知らない。一見割り切っている様にも見えるけど本当のところは分からない。


 今の俺が分かるのは一つだけ。リューカは色々な意味で恐ろしく『強く』なったということだけだ。



「お母さまとはどうしてるの? 」


「母さんは相変わらず元気な人だよ。まあちょっと鈍いけど……俺がダンジョンに潜ってること言ってないし」


「そ、そうなの? 」


「実はそうなんだ。俺がこんな『力』を得たことを言ってるのは片手の指に収まるほどの数の人なんだ。家族は誰も知らない」


「妹さんも……? 」


「梨沙はもしかしたら気づいてるかもしれない……」


「お父様は? 」


「父さんは海外出張からまだ帰ってこないから」


「じゃあ……向こうに帰ったらまず言わないとだね。自分のことを家族に」


「ああ……ああ! そうだな! 言わなきゃ……」



 ようやく。ほんの少しだけ、自分が本当に、本当に元の世界へ帰るという自覚が芽生え始めてきた。


 それと同時に思い出す。この世界で出会った何人かの顔を。別れの挨拶をちゃんとしたかったし。もう少しお礼もしたかった。


 いや……。思い出せ。俺はもともとこの世界の異物。これ以上は良くないんだ。



「目的地はもうすぐ」



 そんなリューカの報告にも後押しされ俺は力強くまた一歩踏みしめる。気持ちは浮つき、足取りは疲れてはいる筈だけど軽かった。


 この後に何が待ち受けているのか。何もしらないまま。




「着いたよ……ここが『勇者(・・)の丘』」



 リューカが指さしたのは武器が何本も突き刺さった小高い小山。その中心にストーンヘンジを思い出させるような石の遺跡がある。


 いや。


 見た目はどうでもいい。



 これで本当に帰れるかもどうかもどうでもいい。



 まるで墓標の様に突き立っている多種多様な武器もどうでもいい。



 真っ赤な空が気づけば暗雲につつまれていることもどうでもいい



 中心の遺跡から漏れ出る異様な大きさの魔力も今はどうでもいい。



「……ゆ……う………………しゃ? 」


100年前(・・・・・)……数百の【魔王】を打倒し、【四方の魔王】の内3体をも封印することに成功した伝説の戦士は実は異世界から来たの。このことを知っている人はかなり限られてるんだけど」


「…………」


「ここは当時召喚の儀が執り行われた場所なの。多分これを使えば剣太郎をもといた世界へ送還できるはず……」



 リューカの言葉が全く耳に入らなかった。


 動悸が激しかった。


 耳の奥がガンガン響いた。


 ただ脳裏を反響し続けていた。【勇者】という単語が。


 そうだ。『魔王』がいるなら『勇者』が居たって何も不思議じゃないはずだ。


 でも……何だ……何でこんなに頭が割れるように痛いんだ? 


 俺は知っている。どこかで聞いたことがある。勇者という言葉を……。


 誰から? 


 いつ? 


 どこで?


 ……わからない。



「大丈夫!? 顔、真っ青だよ? 」



 そんな俺の様子を見かねてリューカは駆け寄ってきた。うずくまるのを支え起こし、背中をさすられ介抱される。



「あ、ああ……少し興奮しすぎたみたいだ……気にしないでくれ」


「本当に? もう少し休んでから……」


「大丈夫だ! 今やってくれ! 」



 思わず強く、そう叫んでしまった。


 慌てて上を向くと、リューカは真っ赤な目を見開き固まっていた。


 やばい。やらかした……。


 急いでとりなすための言葉を紡ごうとした。そんな俺に先んじて口を開いたのはリューカの方。地面を見つめ、ほんの少しだけ微笑むと、覚悟を決めたような表情でまっすぐに俺を見た。



「分かった。でも……また体調が凄く悪くなったら止めるからね? 」


「あ、ああ……頼んだ」



 用意してた謝罪の言葉なんて一瞬で消え失せた。彼女の表情を一目見た瞬間、完全に気圧された。俺の安い口先だけの発言なんて許されない。そう思うほどに。


 そのまま何かの準備をし始めるリューカを大人しく見守っていると、彼女は遺跡の周りの武器の一つを引き抜いて俺に手渡した。



「まさか、これ(・・)を剣太郎に返せるとは思わなかったよ」


コレ(・・)って!! 」


「ラウドが拾っててくれたんだ。無くしてたでしょ? 『迷路の迷宮』を攻略した時に」



 聖女の掌の上に置かれていたのは、


 紛れもない、


 下山トンネルでブラッドハウンドを撃退し、


 それ一本で数多のダンジョンを攻略した、


 俺の最初の『金属バット』だった。 

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