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偽りの青空

「出発する前にコレを付けてください」



 その一言共にリューカから手渡されたのは青い宝石が付いた金色の指輪だった。



「ちょいと失礼……【鑑定】」



 何度も助けてくれているこの女騎士のことを信用してないわけじゃないが、念には念を入れたい。装備する前に、リューカに一言断りを入れてからスキルを使用。現在スキルレベル30に到達した【鑑定】スキルが俺に教えてくれる情報は多岐に渡っていた。



砂神(さじん)の指輪

 製造年数:旧暦491年 

 製造場所:魔導立国=ナキラ

 製造者 :エル・ダナ

 装備品種:[装飾]指輪

 前使用者:リューカ・(イヒト)・ラインハルト


 [武器耐久力]:20043

 [武器攻撃力]:  612


 装備概要:砂除けと砂漠地帯での身体能力倍化の加護が込められた指輪。副次的効果として[魔力]と[体力]と[耐久力]のステータスに最大5000の増加が見込める。推奨装備個所は右手の人差指』



「え!? 」



 見間違いか、今の? とんでもないことがサラッと書いてあった気がするが?



「指に入りました? あと指輪は両手合わせて4つまでしか効果が無いのでそこはご注意を」


「いやいやリューカ! コレ! 」


「どうしました? 」


「強すぎだろ! 」



 キョトンとした顔をしたリューカに思っていたことをストレートにぶつける。指に付けるだけで3種類の基礎能力に+5000の補正……!? あり得ない! 



「その5000の増加は他の装備品と重複しないんです。だから期待できる機能はほぼその砂除けだけですよ。それほど高価でもないですしね」


「そ、そうなのか? 」


「はい。第12騎士団のレドヴァンさんの国宝級装備に比べたら鉄と金塊くらいに価値の差があります。気にせずもらって下さい」



 そうして最後にはこの『砂神の指輪』を無償で贈られてしまった。仮にも同年代の女の子から。



「お、おおサンキューな」



 動揺して普段あまりしない言葉使いまで飛び出す始末。その様子をイレノアに生暖かい視線で見送られながら俺たちの旅はつつがなく、予定通り始まった。


 ルートは簡単。南東に向かってほぼ真っすぐ。途中巨大な谷があるあらしいが渡る方法は俺達ホルダーならいくらでもある。


 真っ赤な空の下。3つにぶれて見える、太陽のように一際強く大きく輝く星に向かってひたすら荒地を歩く。安定しているという触れ込みだった天気は俺の基準だと大荒れと言って差し支えないほどに砂塵が大暴れしていて、指輪が無かったことを考えるとゾッとする程だった。



「なぁリューカ! 空間跳躍系の魔法やスキルは本当に使えないんだよな!? 」


「はい! この【境界地帯】最深部は空間に大きな歪みが生じているので『瞬間移動』などの魔法やスキルを使用すると最悪、身体がバラバラになります! 嵐の上空を飛ぶ方法も同じ理由で危険です! 」



 声が恐ろしく通りづらい砂嵐の中を叫びながら会話する。口や目に砂が入ってくる心配は一切ないが鼓膜に轟くゴウゴウという音は本能的な恐怖を呼び寄せることは間違いない。俺とリューカの腰に巻き付けられたはぐれないための綱を握りしめながら不安を塗りつぶすように声を上げ続けた。


 砂に隠され、お互いの顔が見れない状況っていうのは普段は聞きにくいことを聞くには最適な状況だ。


 俺は質問した。異世界の友人として。リューカのこれまでの軌跡とその結果得たもの、その時何を考えて、何を思ったのかを。


 リューカはそれを淡々と語った。


 イヒト帝国のある極西大陸で3つの大きな戦いがあったことを。【大陸戦争】、【侵災】、【臨界突破】。空を地面を覆いつくすほどのモンスターが現れ数えきれないほどの人が死んだ戦い。その全てに参加していたリューカ率いる第13騎士団には少なくない犠牲が出たという。



「今の13騎士団で剣太郎のことを知っているのはラウドと私だけになってしまいました」



 嵐の中、縄を伝ってくるその言葉には余り感情を表に出さないリューカの確かな想いが込められていた。


 共に戦った仲間に対する確かな信頼。


 最後まで歩めなかったことへの謝罪と哀惜。


 その時に受けた叱責と批判と悲しみ。


 それでも前へ進み続ける強い意思を。



「……どうして前へ進めるんだ? 何で諦めないんだ? 」



 言った瞬間、しまったと思った。咄嗟に口を抑えるが何もかもがもう遅い。


 これほどに努力している人間に『諦めないのか』なんて最もかけてはいけない言葉だということはよく分かっている筈なのに。


 諦めろと言われた結果、自暴自棄になって何もかも投げ出した奴を知っているというのに。


 仲間と言う存在を信じきれず、結局全てぶち壊したのはこの俺なのに。



「ごめん。今のは――――」


「兄さんの願いなんです」



 縄の向こうから、砂嵐の雑音を掻い潜って、はっきりとそう聞こえた。俺が聞き返すとリューカは再度口にした。彼女の基底を成す一つの感情を。



「『帝国陸軍第13騎士団を大陸一番の騎士団にする』……それが生前(・・)の兄が私に残した最後の意思でした」


「…………」



 リューカは今確実に生前という言葉を口にしていた。このようなデリケートな意味を持つ単語を言い間違えて使うことはリューカのことだからあり得ない。


 心の中の動揺を隠すために俺は黙って、リューカがもう一度話し出すのを待った。



「私は一番の意味をしばらく勘違いしていました。兄の遺志を継ぎ、最強の軍団を作ろうと躍起になって浮足立った当時の13騎士団はその隙を他騎士団につかれて最後は無謀にも『迷路の迷宮』に無策で挑むことになったんです」


「そういう……事情だったのか」


「でも違ったんです……。色々な人に話を聞きました。イレノア……ラウド……その他余りにも多かった兄の友人知人たちに兄のことを。彼らは口をそろえてこう言いました。


『リューノはこの荒れた時代を照らす光に成ろうとしていた』と。


 兄が目指していたのは敵を切り裂く剣でも、一国を支配する強権的な軍団でもありませんでした。先の見えない暗闇の道を照らす一つの明かり(・・・)だったんです」


「…………」


「剣太郎ももう気づいているでしょう? この世界がもう長くないこと。終わりが近づいているということ。もうどうしようもないほどに壊れてしまっていること」


「っ…………」


「でも私たちはこの時代に生まれて、生きているんです。道半ばで亡くなった仲間から託された意思もあります。だから最後まであがきたいんです。命が尽きるまで。守るものが一人もいなくなるまで。それに――――結構好きなんです」


「? ……何をだ? 」



 リューカに問いかけるのと同時に気付いた。砂嵐の音が止んでいること。砂のカーテンが薄まっていること。そして見えた。信じられない光景が。



「空が……真っ二つ(・・・・)に割れている!? 」



 まきあげられた砂の向こう側に広がる天空。


 青い空と赤い空。


 それら二つが、地平線の彼方まで続くまっすぐな線で色が切り替わって(・・・・・・)左右にどこまでも広がり、続いている。



「右側の赤い空は本物です。左側の青い空は30年前、法国史上一人の三桁魔術師、【大賢者】イヴァの手によって作られた帝国全土を覆う【結界】です。魔を退け、外から来る災いを祓う効力があると言われています。剣太郎も見たんじゃないですか? 帝都の各地に設置された『白い塔』を」


「あ……」



 あった。用途不明の高い塔が。そうか、あれはこの結界を維持するための、この青い空を映し出すための装置だったのか。だけど。それにしても――――



「こんなに……こんなにも綺麗なのか!! 」



 今も地下のセーフハウスから外に出た時の感動を思い出せる。それほどに青く澄んだ空の人に与える効力は凄まじい。空の見えない迷宮から何度も生還しては青い空を見て安心を得ていた俺にとってそんなことは重々分かっていたと思っていた。


 けれど今この荒地の中心で見る二つの青空の美しさは群を抜いている。生まれて来てから見た景色全部を含めてもこれほどまでに心を揺さぶる光景を俺は見たことが無かった。


「本を読んでるだけじゃ分かりませんでした。この青空の美しさも、そこに住まう魅力的な人たちも、こんな私について来てくれる仲間達のことも。私好きになっちゃったんです。こんなおかしくなった世界のこと。出来れば、叶うなら守りたい、払える不幸は取り払いたい。――――そう思うようになってしまったんです」



 そう宣言するリューカの目はまっすぐに俺の目を見る。青と赤の空を背景にして白銀の髪を風になびかせる女騎士には間違いなく聖女の威風が備わっていた。



「だから私は戦います。この偽りの青空が照らす世界を末永く続けるために」


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