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出発前夜

「剣太郎がダンジョン攻略という手順を踏んでも元居た世界へ帰れなくなっているのは多分こちらの世界に引き留められるような効果の『呪い』や……【スキル】が関与していると思います。何か心当たりはありますか? 」


「心当たりって言うと……まあパッと思い浮かぶのだと一つあるな」



 想起するのは上級ダンジョンでの【黒騎士】との戦い、その最終局面。奴が俺に使った『闇黒狂乱』は俺の身体を崩壊するダンジョンに縛り付けた。その後、俺の身体は元居た世界ではなくリューカの世界へと流れ着く。流れだけ見れば黒騎士の影響としか考えられない前後関係ではあった。



「それは何らかの【スキル】ですね? 」


「当たりだ」


「なら……一つ心当たりがあります。スキルや魔法を超越してあちらの世界に剣太郎を無理やり送り出せる方法が」


「…………え? 」



 鼓膜を震わせたリューカの発言を頭の中でもう一度、咀嚼し、吟味しなおした瞬間。今の今まで心の中に留めていた顔が蘇ってきた。


 梨沙。


 母さん。


 爺ちゃん。


 村本。


 海斗。


 舞さん。


 木ノ本。



「……ッッ!! 」



 涙が一瞬だけ溢れて、零れ落ちそうになった。この世界に来てまだ1週間も経っていないはずだ。それのなに俺はこれほど日本という場所を恋しく思っていたのか……。


 そんな俺の様子を黙って見つめていたリューカは掻き消えるような声で一つの質問を呟いた。



「剣太郎……一つ聞いても良いですか? 」


「……ああ! 何でも言ってくれ! 今ならなんだって答えられる気がする! 」


「そうですか。では……あの闘技場で集まった日に関して何ですけど……。剣太郎はどこから話を聞いてましたか? 」


「あの日か? あの日はラウドさんとウニロたちを助けようと必死で居場所を探して、一瞬だけ後姿が見えた場所に訳も分からず飛び込んだだけであそこで何があったかとか何の話してたかとかは何も知らないんだ。……でもリューカの騎士団が全員助け出してくれたんだろ? ありがとな、本当に」



 最後は感謝の言葉で締めくくりながら頭を下げるとリューカは慌てて手を振った。



「良いんです! 元はといえば同じ帝国騎士の身内から出た錆なんですから……剣太郎のお礼は受け取れないです! 」


「そうか? でも本当に感謝してるよ。俺一人だったら皆を無事に逃がすことできなかったと思うからさ」


「市民を守るのは騎士の義務ですから。ただ……何も聞いてないのでしたら安心しました」


「なんだよ? また秘密って奴か? 」


「はい。これだけは剣太郎には言えないですね」



 そう冗談めかして笑うリューカの顔にほんの少しだけ影がある気がしたのは俺の勘違いなのだろうか。




「私の考える方法はここから少し離れたある場所に向かう必要があります。シスターイレノア、ここ数時間のモンスターの出現頻度はどうですか? 」


「最近はパッタリと【境界嵐】が減ったから随分モンスターが溜まってたんだけど、リューカとケンタローが昨日、大掃除(・・・)してくれたお陰で全く見てないよ。この養護院はしばらく大丈夫さ」


「嵐が止んでることは移動をする上では好都合ですね。時間はあまり残されていないですし、明日の朝にここを出発しましょう。良いですか、剣太郎? 」


「俺はいつでも大丈夫だ」



 流れるように指示を出し、机に広げられた地図を睨みながら計画を立てていくリューカに俺が知っている引っ込み思案で自信が無かった彼女の面影はまったくない。素直に感心していると服の裾を引っ張られる感覚が一つ。


 視線を下げるとそこにはもう見慣れたダンジョンで出会った3人組が勢ぞろいしていた。



「どうしたお前ら? 」


「ねーねーケンタローが異世界から来たって本当なの? 」


「ああ、本当だ……って、驚かないんだな? 」


「こっちの世界じゃ。異世界から来る客何てそんなに珍しくないからねえ。元を正せばモンスターもそうだ。まあどいつもこいつもほとんどが子供には近づけたくない危険な連中だったけれど」


「俺はモンスターみたいに人は襲わないですよ……シスターイレノア」



 釘をさすように言い返すとイレノアはゲラゲラと笑いながら俺に指で出口を指した。


 どうやら二人だけで何かを話したいらしい。俺はイレノアにだけ分かるようにゆっくりと頷くと、集まってきてくれた3人組に断りを入れて、1人先に洞窟へ滑り出した。



「老人を一人置いてくなんて……女性の扱いがちょっと雑なんじゃないか? 」



 年齢不詳の若々しい声でそっと耳元に囁いてきたのはイレノアだった。



「うわ! やめてくださいよ……その急に後ろに立つの! 」


「フフフフ……反応が良いからついね。気配を殺しちゃうのは職業病かな? 」


「気配を殺すのが職業病って……それも非数値化能力って奴ですか……あと一体何者なんだよアンタ……」


「まあ~言ってしまえば私も子供たちと同じ、リューカに助けられた1人って奴? お陰様で今では子供たちの保護者をやらせてもらっているけどね」


「助けられたって……」



 予想外の解答に言葉を詰まらせた。エルフで気配を殺すのと背後を取ることが上手い300歳の修道女なんてどう考えても訳アリ(・・・)なのは想像に難くない。でもリューカとの関係がそんなものだとは一ミリたりとも予想できなかった。やはり、この『最果ての養護院』には謎が多すぎる。



「何か言いたげな顔だね? 今なら無償で何でも答えるよ? 」



 俺の気持ちを知ってか知らずかイレノアは小首をかしげ、いたずらっぽく微笑んだ。


 その絵画の様な笑顔に礼を言うのも忘れてしばらく呆然としていたが被りを振って正気を取り戻した。折角の機会だ。このチャンスをモノにしない手は無い。



「じゃあまずは……養護院を開くにしても、この場所は余り適さないんじゃないですか? 」


「ここ『最果ての養護院』がある境界地帯では、確かにモンスターは異常な数出現するんだけど、竜の鱗すらつき通す砂嵐と一日で森をかき消す酸の雨が降る地域でもあるんだ。それらは人間にとっても害だけどこうやって『工夫』すれば子供でも安全に暮らすことだって出来るんだよ。この洞窟を見つけて、この場所を作ったのはリューカだけど」


「どうやって子供を連れて来てるんですか? 」


「リューカが他騎士団の目を盗んで少しずつ連れて来てるみたい。前、別の場所の院が貴族に見つかって火を付けられたこともあったからね」


「子供たちは何とかして帝都の中で暮らすことは出来ないんですか? 」


「それはリューカでも難しいと思うよ。それに貴族がいることを考えるとここの方が幾分かマシかもしれないよ」


「子供たちの怪我がそのままなのは? 」


「それを頼むためのお金と回復魔法の使い手の伝手がないから」


「食べ物は? 」


「私の貯えと13騎士団の助力で『今』は何とかもってるよ」


「そう……です、か」



 返答の言葉を口にするのに苦心した。想像は出来たものの養護院を含んだこの世界の現状はかなり厳しい。用意していた同情の言葉を口にするのが恥ずかしくなるほどに。



「ケンタロー。アンタが気に病む必要は無いよ。こっちの世界の問題はこっちの人間の責任なんだから。んなことより……アタシがアンタをここに呼んだのはお礼が言いたかったからさ」


「お礼……? 」



 全く身に覚えがないためオウム返しで聞き返してしまった。


 シスターイレノア。300歳を超えたエルフ。一度会ったら二度と忘れられないほどの絶世の美女。会ったのはほんの一日前。そんな彼女にお礼を言われる筋合い何て、さっきのリューカじゃないけれどまったくないはずだ。



「なんですか? 礼って」


「数十年、ラインハルト家に仕え、あの方が生まれた時から知っている者から申し上げます。リューカ『様』がリューノ『様』のことを乗り越えて、あのように前を向けるようになったのは全て剣太郎様のお陰です。元従者として一つ御礼申し上げます。ありがとうございました」


「えぇ……いきなり何です? そんなにかしこまっちゃって……ていうか従者? 色々初耳……」


「……ふぅ……言いたいこと言えてすっきりしたぁ~」


「いや……冗談じゃなく! どういうことか説明してくださいって! 」


「まぁまぁ、落ち着いて。ケンタローにも感謝してる人がここにもいるってこと覚えてくれてればいいから! んじゃぁ、またね! 噂のリューカの友人の顔を見れて嬉しかったよ! 」



 とまあこんな風に言い残して妙齢のエルフは俺を残してさっさと建物の中に引っ込んでしまった。一人残された俺は仕方が無いので明日の天気を予想すべく洞窟から外を見上げた。


 そこには相変わらず昼か夜かもわからない明度の真っ赤な空が視界一杯に広がっているのだった。


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