【鑑定】スキルの真価
【鑑定】スキルとは、五色の迷宮のボスである"黒い鬼"を倒して手に入れた報酬の一つ。俺は新しいダンジョンを探すのと同時にこの謎のスキルの使い道を試していた。その結果、色々と分かったことがあった。
まず最初に【鑑定】スキルとは使用すると視界が青みがかって、見たモノの情報を得ることが出来るという効果を持っている。
そして、この【鑑定】スキルは残念なことに現実の物品、人、モノには使用できない。"鑑定対象"はモンスターと迷宮による産物だけだ。
例えば鑑定スキルと同じタイミングで入手した『上級回復薬』に対して使用したら、このような簡単な説明──"鑑定結果"を入手できる。
『ヒバナレ草とリーパーローズを材料に高レベルの調合スキルによって作られた高価な回復薬。経口摂取でも十分な効果があるが患部に直接振りかけることで薬効を大きくすることができる』
例外的に装備扱いの『金属バット』は【鑑定】出来はしたが説明はテキトーで『野球用具。金属製。』というやる気のなさだった。
一見すると【疾走】と【棍棒術】に比べると、あまり使い道の無いこの報酬。だけど、この【鑑定】スキルによる最大の恩恵があったのは自分自身に使った場合。持っている他の【スキル】の鑑定をした時だった。
『【棍棒術 Lv.2】:棍棒扱いの武器を装備している時に使用可能。使用時に使用者の[敏捷性]と[力]を1.2倍、[器用]さを1.02倍にする。スキルレベルの上限は999。※スキルレベルが5になった時に???を使用可能になる。』
『【疾走Lv.2】:逃走、接近などを含んだ全ての移動運動時に使用可能。使用時に使用者の[敏捷性]と[持久力]と[器用]を1.2倍にする。スキルレベルの上限は999。 ※スキルレベルが5になった時に???を使用可能になる。』
ここで注目したいのはスキルレベル上限と※以降の部分。
スキルレベルを上げるにはそのスキルを使い続けるか、保有ポイントをつぎ込むかの二つの方法がある。しかし上限は999もあるようだ。使い続けると言っても限度がある。
そしてスキルレベル5になると使える『???』。これが何かをはっきりさせるためにも俺は溜まっていた保有ポイントのほとんどをつぎ込んで【棍棒術】スキルのレベルを5にした。
「『フルスイング』……なるほど。一定のスキルレベルまでに到達すると【スキル】に対応した『技』が使えるようになるんだな」
『フルスイング:【棍棒術】がレベル5になると使用可能。5秒間の溜めを行った後の振り被りの一撃の[力]と[敏捷]を2倍にする。これは【棍棒術】の基礎的な倍率補正と重複する。』
このように【鑑定】スキルは俺の求めていた情報を全て教えてくれた。そんな【鑑定】スキルは新たな『迷宮』でも、その本領を存分に発揮した。
「ゾッとするよ……ここを【鑑定】無しで進むことを想像すると」
目の前に開いた大穴の底を覗き込んでつぶやく。目線の先の目測5mの深さはある穴の底には無数の針があった。
ここは『迷路の迷宮──初級』。五色の迷宮とは打って変わって床も天井も壁も石積みの人工的な空間だ。明かりは等間隔に並んだランプのみ。出現するモンスターの数はあまり多くない。
これだけ聞けば『五色の迷宮』と比べてはるかに簡単そうだという感想しか出てこないだろう。
しかしこの『迷路の迷宮』最大の脅威は『迷路』と『罠』の二つ。いくつもの分かれ道と曲がり角。どこを通っても同じような代り映えのしない風景で、方向感覚や自分が今どこにいるか分からなくなる。これだけでも十分に厄介なのに、この石畳の道や壁にはいくつもの罠がしこまれていた。
落とし穴。崩落する天井。触れるとモンスターが現れる壁仕掛け。それら全ての罠を【鑑定】スキルは事前に看破してくれた。踏んでいけない場所。通ってはいけない道。近づいてはいけないエリア。この青い視界の中では全て丸わかりだ。
ただし【スキル】にかまけて安心しきってはいけない。危険を避けるのに【鑑定】スキルで全てが事足りるわけじゃない。ここは【五色の迷宮】と同じ迷宮。
ダンジョンで最も怖いのがトラップだったとしても、"ダンジョンの主役"と言えばやはりモンスターだ。
「ゴオオオオオオオオオオ!! 」
両腕を振り上げて咆哮するLv.30のダンジョン・ゴーレムの振り下ろしは俺がさっきまで立っていた床を簡単に割り砕いた。
「[力]と[耐久]は500超えか。さすがにまともに食らったらヤバイが──」
後ろに下がりつつ【鑑定】を使ってダンジョン・ゴーレムのステータスを盗み見る。以前は名前とレベルしか分からなかったけれど【鑑定】スキルがあればコイツの強みも弱みも戦う前から把握できる。
「──[敏捷]は二桁だ! 」
行動に移したのは"弱点"の分析直後。
【疾走】スキルを使った突進に、鈍いゴーレムには反応すらできない。すれ違いざまに一撃。ゴーレムの脇腹へ食らわせることに成功する。
「かってえー! 何で出来てんだよお前! 」
しかし通らない。2mを優に超える石の身体は金属バットを簡単に弾き返す。ここまでは想定通り。この間に俺とヤツの距離は10m離れた。
よし、ここまで間合いが取れれば十分だ。
「グオオオォォォー! ゴォォオオオ!! 」
一方的に殴られたことに腹を立てたのか。即座に向かってくる岩の巨人。
それを見て―――俺は動かない。一歩たりとも。身動きすら取らない。向こうはそんなことはお構いなしに重そうな体を揺すって突き進む。ゆっくりと。着実に。こちらへ小細工なしに真っすぐに。
ゴーレムの持ち上げた腕が目と鼻の先まで迫ったその寸前、時は来た。
「これで5秒だ……『フルスイング』! 」
【棍棒術 Lv.5】による[力]と[敏捷]の倍率補正は1・5倍。さらにフルスイングを使用したことでさらに倍。2つの倍率は『重複する』。
つまり威力は──3倍だ。
「オオオォォォーン……」
そのくぐもった声はまるで壊れた楽器のよう。瞬間的に600を超える[力]の一撃をまともに食らった岩石の巨人はひび割れて崩れ落ちていった。
「意外とギリギリだったな……。早くこの5秒の感覚に慣れないとな……」
荒れた息を整えて、自省も忘れずに行ってから再度歩き出す。次なる敵と迷路のゴールへと。
『迷路の迷宮』……。最初はその厄介さに面食らったけど【鑑定】スキルがあれば過剰に恐れることは無い。
この『ダンジョン』も必ず攻略して見せる!
――そんな風に楽観的に物事を考えていた俺は、まだ知らない。この後【鑑定】スキルでは答えが出てこない究極の選択を強いられることになることを――。