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最果ての養護院にて

 中学時代、まだ野球部をやめてなかった頃、職場体験というイベントが学校であった。まだ義務教育中で在りながら仕事の空気感や実態を体験できるという触れ込みだったけれど特にやる気の無かった俺は『家から近い』という理由一つで体験先を幼稚園に選んだ。


 そこで俺は身に染みて(・・・・・)理解させられた。


 集団になった子供の凶暴さと理不尽さを。特に野球部在籍で坊主頭で図体がデカい俺は子供たちの格好の標的だった。



『なんで大人なのに坊主なの? 』


『なんでそんなに日焼けしてるの? 』


『大人なのに足ツルツルなの? 』



 などの質問攻めから始まり、床に押し倒され、()し掛かられ、体中をくすぐられ、もみくちゃにされた俺はその時から小学校未就学児という存在が少しトラウマになっていた。それでも別に子供が苦手だろうと日本で高校生をやる分には特別困る事態はほぼ無かったため改善しようという気にはならなかった。今の今までは。




「イレノアさん……これは中々パワフルですね……」


「ぱわふる? 外国の言葉かい? まあここの子らが特別元気なのはそうさね」



 そう遠い目をしたイレノアさんの視線の先には体育館の様なサイズの室内で大暴れする幼稚園から小学校高学年くらいまでの沢山の子供たちがいた。



「【突風魔術】! 」


「あぁー! この時間は【魔法】使ったらダメなんだよ―! 」


「人に当てなきゃいいんだよぉーだ! 」



 そう独自理論を展開しながら魔力の風を体に纏って走り回る男児を追いかける女児を見て思わず俺は口出してしまう。



「あの……さすがにアレは危ないんじゃないですか? 」


「んん~? 子供たちの魔法使用の事かい? [魔力]が50を超えた子にはさすがに滅多なところで使わない様にとは言い含めてるけどねぇ……。他の子にも人に向かって使っちゃダメって以外は特に規則は設けてないよ。いつか必ずあの子らが自身で自衛しないといけない時が来るからねぇ」


「そういう……もんですか? 」


「まあいざとなった時のための私がいるけどね……おっとこの子達はアンタに用があるみたいだよ」



 イレノアの長いスカートから顔をこちらにのぞかせた3人の子供たち。俺は覚えていた。転移魔法で飛ばされたダンジョンの中で出会った、この過酷な世界で年若いのに自衛をせざるを得なかった彼らのことを。



「久しぶりマーシィー、エリー、グラント。俺の事覚えてくれたのか? あれから元気だったか? 」



 俺が名前を呼ぶと彼らは歓声を上げて駆け寄ってきてくれた。



「お兄ちゃんも『さいはてのよーごいん』に入るの? 」


「お兄ちゃんも『こじ』なのー? 」



 翻訳は問題なく機能していた。梨沙が小学校低学年くらいまで使っていた『お兄ちゃん』という言葉の響きと、彼ら全員が戦災孤児(・・・・)であることを同時に思い出した俺は家族の懐かしさと痛ましさが混ざった複雑な感情に襲われていた。


 このまま黙ってしまったら余計な心配をかけると思った俺は努めて明るい声を出して、正直に事情を説明した。



「いや俺は連れて来てもらったんだよ。あそこにいるお姉さんに」



 指さした先には子供たちに囲まれ質問攻めにあい少し困ったように笑うリューカの姿があった。ここ『最果ての養護院』にいる子供たちはこの3人と同様リューカのことを随分と慕っているようだ。



「……やっぱりお兄ちゃんはリューカ姉のコレ(・・)なの? 」



 リューカの姿を無言で追っていた俺に正気を取り戻させたのはずっと黙っていたグラントが突如顔を上げて言った一言だった。彼が示したハンドサインは日本では男女の関係を表す下品な意味を持つソレと酷似していたため、場所も状況も考えずに思わず噴き出した。



「ほほーう。ぜひそれはアタシも聞きたいねえ。アンタ、あの子と一体どういう関係なんだい? 」


「いや! 全然そんなんじゃないですよ! 誤解ですって! 誤解だからな! 子供でも分かるように簡単に言ったらアイツとはただの友……………」



 友達。本当はそう続けたかった。だけどその後の言葉が出てこなかった。


 分からなかったから。今のリューカが何を考えて俺をここに連れて来たのか。そもそも俺のことも忘れてしまっているのかどうかも。そう考えると――――



「……俺にもよくわからない……」



 ――――俺にはこう言うしかなかった。




「ちょっと外で話せないか? 」



 万感の覚悟を決めて言った誘い文句。最初は断られると思ったけれど、存外普通に了承された。


 時間間隔を狂わせる真っ赤な空へ向かって岩山の洞窟の奥に作られた養護院から外へ繰り出す。



「子供から大人気だったな? 俺は子供との接し方が下手だからうらやましいよ」


「…………」



 話しかけるが返ってくるのは沈黙。心がキリキリと痛むがそれでもリューカは俺の後については来てくれているため根気よく話しかけ続けた。



「それに人気は子供だけじゃないもんな。帝都であった就任祝いのパレード俺も実は参加してたんだぜ? すごい盛り上がりだったな? 中には涙ぐんじゃう人もいてさ」


「……………」


「聖女とか聖人とか……なかなか気軽に使える肩書じゃないよな? 」


「……………」


「……すごいよなリューカは。会わなかったのは数か月だけど……その間に物凄く頑張ったんだよな……。俺には想像も――――」


「あの……」



 その時初めてリューカの方から話しかけてくれた。俺は立ち止まり、居住まいを正した後、振り返った。



「私って……貴方のこと知っているんですか? 」



 中々にショッキングな質問だった。この瞬間リューカが俺のことを忘れていることは確実になった。


 俯く俺に向かってリューカは言葉を探すように目を泳がせた後、呟くようにぽつりぽつりと言葉を紡いでいった。



「たまに夢を見るんです」


「夢? 」


「綺麗な世界の夢です……本物の青い空……生い茂って生き生きとした自然……発展した平和な文明社会……どこかこことは別の世界の夢」


「……………」


「夢の世界の中で私は一人の男の子と出会いました。何の縁も、所縁も、助ける義理もない私のことを親身に助けてくれた私と同じくらいの歳の男の子と」


「…………そうか」


「でも……思い出せないんです。彼の名前を。ずっとずっと覚えていたはずなのに。別れてから片時も忘れなかったはずなのに……」


「…………」


「一つ聞いても良いですか? 」


「何だ? 」


「アナタの名前は何ですか? 」



 指に熱が灯っていた。その逆側の手首にはめられた腕輪を握りしめて息を少し吐いた。もしこの『偽装の腕輪』が全ての原因だったなら笑うしかないなと。



「俺の名前は……城本剣太郎(しろもとけんたろう)だ」



 その時、


 空も、


 風も、


 大地も、


 魔力さえも。


 何一つ動きのなかったその場において。


 決定的な変化が起こったことだけを実感した。そして俺はその変化の正体を直観的にわかっていた。



おかえり(・・・・)リューカ」



 だからあえて再会の挨拶とは少し違った種類の文言を選ぶ。俺が言うのならコレ(・・)が最も適切な言葉のはずだから。


 ずっと目をつむり続けていたリューカはゆっくりと赤い相貌を開き俺を真っすぐに見つめた後、一瞬俯き、照れくさそうに、申し訳なさそうに笑った。



「久しぶり剣太郎」 


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