長命種(エルフ)
薄暮亭の店主から彼女の息子とウニロを含んだ数名が貴族に連れていかれたという話を聞いたのが約20分前。
鎖につながれた彼らがイタリアの超有名世界遺産の様な外見の建物の中に吸い込まれていくのを目撃したのが10分ほど前。
そして今、俺はなぜかリューカと二人信じられない数のモンスターを相手に戦っていた。
「後ろからLv.94『グリード・ワーム』の大群! 数は100以上! 」
「了解! 」
「上空の『ライノ・バット』は俺がやる! 『ファイアー・ボール』!! 」
【索敵】でモンスターの位置を報告し、間合いの外のモンスターを【魔法】で吹き飛ばすのが俺の担当。
「……『エッジ・スラスト』! 」
近づいてきたモンスターを端から切り刻むのがリューカの担当だ。
この場所に二人で転移してきたのがほんの数分前。お互いに何かを話すことも、事情を説明することも出来ず、この共闘はモンスターの群れの出現と共に突如、前触れもなく始まった。
掛け声をするでも、事前にしめし合わせたわけでもなく自然と背中合わせになった俺たち二人はこの状態のまま既に1000を越えるモンスターを撃滅した。
けど、やはり【魔法】ばかり連続で使う際の凄まじい疲労は避けられない。肉体的疲労は[持久力]のステータスでいくらでも誤魔化しと強化が可能だけど、【魔法】の使用に不可欠な思考力や想像力での脳みその消耗は素の俺が耐えるしかないからだ。
そんな俺が、金属バットを失い肉体的な強さにかなりの制限がかかった俺が、何とか【魔法】だけで戦えているのはリューカの力が大きかった。
「ごめん、一体取り逃した! こっちに――――」
「『燕返し』! 」
俺が報告し終える一瞬前に行動を終えるように常に先読みして動き、
「地中からムカデが3体! Lv.は80代です! 」
時には俺の【索敵】の網にかからなかったモンスターの居場所を特定した上で、
「頭、伏せて! 『紫電一閃』! 」
自分の間合いの仕事も完璧にこなした。
そしてそれをやった上で息一つ荒げず、冷静さを失わず、眉一つ動かさなかった。
「……すげぇな。やっぱり……」
再会してからのリューカを見て言葉に出すほどに驚かされたのはこれで二度目だ。だけどその二つは驚きの対象が違う。一回目は剣技の激烈さ。二回目は指揮官としての優秀さだ。
さっき、ラウドさんとウニロたちを助けにいったあの闘技場の場面で。リューカとその部下が見せた連携と指示を今この瞬間にも克明に思い出せる。その動きの滑らかさも、素早さも、人間の意識の外にいかにして自分を置くのかという技術の高さも。
あの場所に降り立ちリューカがいることに気付いた瞬間から目が釘付けになった俺には完璧に想起できる。
その上で現在。俺はリューカとの久しぶりの連携をなんとかこなせていた。もちろんリューカの持つ軍団統率と強化が可能なスキル【戦意向上】の効果もあるんだろう。だけど俺は信じたかった。リューカが――――
「あれが最後の群れですか!? 」
「ああ、そうだ! ぶちかませ! 」
そうだ。今は余計なことは考えなくていい! 目の前の戦いに集中しろ!
リューカの問に肯定しながら俺は念には念を入れて【索敵】で最終確認を行う。今この場にいるのはリューカと俺で二人……少し離れた場所に数十人だけ。
モンスターは毒霧を口から放つLv.98『ヴェノム・ワイバーン』の一群。数十万の[敏捷力]をフルに活用したヒット&アウェイの戦法を得意とする厄介なモンスターだ。
それに対してリューカは……
「お、おい? 大丈夫か? 」
「…………」
魔力の一カケラも使わず剣を正面に構えて正対した。周りの声も入らないほどに極度に集中しているようだ。
「聖女様のアレを見るのは? もしかして始めて? 」
リューカの傍らで手持無沙汰に立ち尽くしていると、少し離れた結界で囲われたとある場所に隠れていたはずの修道服を着た女性が耳元で囁いた。いつの間にか俺の背後をとった上で。
「アレっていうのは? 」
驚いてはねる肩を誤魔化しながら、俺は努めて冷静に『彼女』へ問い返した。
「ふむふむ。なるほどね。あの子が急に男を連れて来たからお姉さん驚いちゃったけど……そこまでの関係ではないのかな? 」
「いや! はぐらかさずに教えてくださいよ! 」
小声で叫ぶという奇妙で器用さの求められる芸当を強いられながら俺が不平を訴えると『彼女』は愉快そうにクスクスと笑った。
「まあ……説明を聞くよりも見てみる方が速いよ。ほら……」
そうして『彼女』が指さした瞬間、リューカは動く。
大上段に構えた剣を深く長い呼吸と共に
鋭く
素早く
正確に
ただ真っすぐに
地面に向かって振り下ろした。
「ん? え? ……は? ……はぁ!? 」
その時に見た光景と衝撃を俺は一生忘れられないだろう。
リューカは間違いなく何の【スキル】も【魔法】も『技』も使っていなかった。ただ遥か遠くから急接近するワイバーンにかすりもしない宙に向かって手に持った剣を振っただけ。少なくとも俺にはそう見えた。
だけど結果はむしろスキルや技を使った時よりも絶大だった。
荒地の硬そうな地面は鋭く真っすぐに彼方まで伸びていく地割れを起こした。空気が割れたように強風が中心に向かって吹き込み、『ヴェノムワイバーン』の一団は片翼を断ち切られ墜落しこちらに届いた時には黒い煙に変わっていた。
俺には確信があった。砂漠の街で見た『紫電一閃』よりも今の何の変哲もない振り下ろしの方が何倍も『力』があることを。
リューカは特に驚きも達成感を得た様子もなく振り返った。
「シスター・イレノア、討伐終了しました。」
「いやぁ相変わらず見事でほれぼれしちゃう剣の冴えだね。ご苦労さん聖女様。……それでこちらの魔法使いのお兄さんはどうすればいいんだい? 」
「そうやって呼ぶのは止めて欲しいって言いましたよね? ……言葉使いと老獪さだけはどんどん老けていくんだから……。そこの『彼』は『安全』です。院へ招き入れてあげて下さい」
「なに言ってんだか……アタシの年齢からしたらコレが年相応ってもんだよ! 後半は承った……アンタはさっさと向こうで休んでな」
シスターと呼ばれた彼女はリューカに気安く話しかけると仕舞いにはここからしっしと手を振って追い払ってしまった。仮にも聖女と呼ばれ、騎士団の団長も務める貴族に対しての適切な振る舞いかというと、俺には到底そうは思えない。
もちろんそんな風なリューカへの態度も俺を驚かせたけど、それを遥かに塗りつぶす衝撃をシスター・イレノアは持っていた。
「あの……とっても失礼なんですけど良いですか? 」
「なんだい? 」
「ステータスに書いてある……レベルと名前の横の……(312)って数字……これって何かの間違いですよね? 」
「あーそうかいそうかい。お兄さん【長命種】を見るのは初めてかい? アタシは正真正銘312歳だよ。まだまだその辺の若いのに美しさで負けるつもりはないけどねぇ! 」
そういって豪快に笑うシスター・イレノアは修道服の帽子の端からほんの少しだけ尖った耳が見えること以外は色白で長い金色の髪の妙齢の美女にしか見えない。それに何よりエルフと言うその辺の知識に疎い俺でも聞いたことぐらいはあるようなファンタジーの存在が今目の前にいることに俺はある種の感動を覚えていた。
「……え、エルフ……マジかよ……マジでいるのかよ……」
「アハハハハハハ! アタシを見て蔑んだ目で見てくる人間も、下心丸出しで近づいてくる人間も色々見て来たけどお兄さんみたいな反応は初めてだよ! 気に入った! リューカの久しぶりに連れて来た客人でもあるし……アンタを歓迎するよ。『最果ての養護院』へ! 」