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大脱出

「な……! 」



 エルダは絶句する。騎士団同士の一触即発の雰囲気の中、空から降ってきたのは武器すら一つも持たない着の身着のままのたった一人の少年だったからだ。



「痴れ者が! なぜここに入ってきた! 」



 緊張が走る闘技場の中、最初に反応を示したのはエルダの部下、第12騎士団の騎士たちだった。



「【念動魔術】……」



 少年が迫りくる騎士に手を翳す様子を見た、第12騎士団の面々は嘲った。



「馬鹿め! 我々は全員が魔法抵抗力の高い装備を用意している! ものの知らない平民のガキが! お前の魔法なぞ効くものか! 」


「『圧縮念波』」


「言ったはずだ! その程度の魔……ほ……う……ぐぁ!! 」



 凄まじい勢いの騎士の突撃は加速度的に速さを失い、完全に停止。どうにか少年の魔力に抵抗しようと小刻みに震えていた騎士の身体は最終的に走って来た方へ弾き飛ばされる。その勢いと威力により騎士の重武装は粉々に砕け散り、中身の人間は昏倒した。



「このガキがッ! 」


「どんな手品を使った!? 」



 今度は2人同時に少年を左右から襲い掛かるが結果は同じだった。両手を二人の騎士に照準を合わせるように広げた少年から底知れぬ量の魔力が立ち上がり、騎士の意識を鎧ごと粉砕した。


 少年がこの闘技場に降り立ってから数十秒も経たないうちに起きた、あっという間の出来事。反応が完全に遅れていた闘技場に集まった面々はようやくこの少年の力と不気味さを認識する。



「……何者ですか? この場に何をしに来たのですか? 名乗り、そして説明しなさい」



【鑑定】が使えないことに苛立ちを感じながらエルダは少年に詰問した。自分の全く予想外のことが起きたことへのイラつきが抑えきれず盛んに髭を触りながら。



「………助けに来た。全員を」



 その一言を聞いた瞬間、驚きのあまり言葉を失っていた民衆達は泣き崩れ、そして副団長ラウドは自分の無力さを恥じるように地面を見つめた。



「助ける……? この者たちを我々から? あなた一人で? 」


「そうだ。その人たちには全員返さないといけない恩がある」


「なるほど……なるほど……。帝都の中央区は元より【鑑定】スキルの類を使えないのにも関わらずわざわざ、『偽装の腕輪』をしているのは他国の間諜あたりと踏んでいたのですが……。そもそも諜報員がこのように姿を現すことはありませんね……。なるほどそうですか。そういうわけですか……。ならば話は簡単ですね」



 落ち着きを取り戻したエルダが指を打ち鳴らすと第12騎士団の面々が一斉に剣をラウドとウニロたちの首に押し当てた。



「これでどうでしょう? これでもまだ抵抗しますか? 」


「……そういう手段を取ってくるならこっちも容赦しない」


「はっ! 子供が何を――――」



『――――寝ぼけたことを』。そう続けるはずだったエルダは言葉を失った。目の前の少年の様子を一目見て。


 少年は魔法を使っていない。それどころかエルダの目を見つめたまま指の一本たりとも動かしていない。ただ魔力を滾々(こんこん)と自らの身体から垂れ流しただけ。


 それなのに、それだけのはずなのに少年の放つ威圧感は帝国の騎士団一つの足を完全に竦ませていた。


 第12騎士団は理解した。いや、理解させられた。先ほどの騎士たちを吹き飛ばした芸当でさえ目の前の彼にとっては加減(・・)した行動であるということを。



「最近のガキは……親に礼をしこまれていないのか……どいつもこいつも……こっちを舐め腐ったような目で見てきやがる」



 そんな中エルダはわずかに芽生えた恐怖心を怒りで塗りつぶした。


 数日後に予定されているとある催しで命を落とすことになる前にリューカに謝罪させ恥辱の限りをつくし、痛めつけてやろうと画策した今回。


 同機は単純。若くして功を上げて騎士団長になった自分よりもさらに若く、美しく、評価されているリューカへの単なる嫉妬だった。


 しかしエルダの計画はまたもや自分よりも年若い、今度は男にぶち壊されてしまった。その事実だけでエルダを激昂させるには十分だった。


 髭をむしり取るような勢いでいじりながらエルダは濁り血走った目で少年を視界の中央にとらえて絶叫した。



「12番目の名を冠する騎士達よ! 忘れるな! お前たちは私が手ずから選んだ血統も実力も最高級の精鋭達であることを! 相手はガキ一匹! 臆せずかかれぇえええええ!! 」



 この瞬間、多くのことが同時に起きた。


 エルダの大号令と共に剣を抜き放ち、唸り声を上げて突撃する12騎士団たち。対する少年もそれを見てゆっくりと掌を前に突き出した。


 全員が全員目の前の敵に集中した。


 この時、いやもっと前から――――


 ――――13騎士団と人質の民衆たちのことを皆が忘れていた。



「【戦意向上】……」



 聖女が呟く一言に彼女を中心にかしづく騎士たちの身体がびくりと震えた。



「……陣形」



 弓が引き絞られるように、13騎士団の幹部たちは満身の力を足に込めた。



「『疾風迅雷』」



 聖女がその決められた符号(・・)を言い放った次の瞬間。ラウドとウニロたち民衆の脇に13騎士団の幹部たちがそれぞれ2人ずつ現れた。


 膨大な数の12騎士団の間を縫って幹部たちそれぞれが刹那の間に、流れるように連動した結果生まれた完璧な隠密行動。エルダ達がそのことを認識したのは全てが終わった後だった。



「ッッッ!!……13騎士団……! 戻れ! 人質に逃げられる! 」



 エルダが必死に叫ぶがもう何もかもが遅い。ウニロたちが繋がれた鎧を手際よく断ち切った幹部たちは取り出した首飾りを掲げて高々に宣言した。



「「「『転移』! 」」」



 エルダの部下たちの刃が届く前に13騎士団の幹部たちはラウドとウニロたちをそれぞれ伴ってどこかへ散り散りに消えていった。



「クソが……クソが! クソがァ!! そのガキだけは……絶対に……逃がすなァ!! 」



 そう言い放ったもののエルダの目はとらえていた。少年に向かって一直線に駆け寄る白銀の鎧を纏った聖女の姿を。


 一方ここに来た目的を失った少年は後ろを振り返って『またか』という顔をした。彼の頭の中には昨日の砂漠の街にたった一人だけで『転送』された記憶がフラッシュバックしていた。



「『転移』! 」



 しかし少年の予想は裏切られ、はたまたエルダの捕縛は間に合うことなく少年と聖女の二人の姿は闘技場から同時に消え去った。


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