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城本剣太郎の夢・後編

 始めて来たはずの聖佐和の自室は一目見て分かるほどに荒れ果てていた。



「……なあ聖佐和……。あのな」


「気にするななんて言わないで下さいよ……。もう知ってるんでしょ。俺が最後に投げた一球で向こうの何十校の強豪校からも誘われている有望株(プロスペクト)を……お、終わらせちゃったんですよ!? 」



 何でもいい。何か一言言おうとして失敗した。


 当たり前だ。聖佐和の家に来るまでの数十分考え続けても何一つかけるべき言葉が見つからなかったんだから。


 それに無責任なことは言えなかった。


『プロスペクトを終わらせた。』という言い方が正しいのかは分からないが向こうの主砲の彼は俺よりも酷い、野球生命を絶たれる怪我を負ったのは間違いない。


 眼球にボールが直撃したことによる片目の完全な失明(・・)


『例え軟球であっても顔面に当たると取り返しがつかない(・・・・・・・・・)ことになることがある』とは少年野球時代のコーチが言っていたセリフだったか。まさにその取り返しがつかないことが起きてしまう結果になった。



「俺はもう終わりだ! 野球人生も! 立場も! 全部が全部! パァだ!! 」


「聖佐和……」


「クソッ! 畜生! こんな筈じゃないのにィ!! 」


「聖佐和」


「人生設計が目茶苦茶だ! クソが! クソッ! 」


「聖佐和!! 」



 ようやく俺の声が届いたようで壁に何度も何度も拳をぶつけるのを辞めて聖佐和はこっちを向いてくれた。



「聖佐和よく聞いてくれ……確かにお前が投げたボールで向こうの学校の三番打者は野球人生を棒に振った結果になった」


「…………」


「だけどな……それはお前だけのせいじゃない。チームの責任なんだ……。そういうことで言えば……一番悪いのは俺だ。」


「…………は? 」


「俺がケガをしなかったら、まだ経験が浅い一年生のお前ひとりに全てを任せるようなことは無かったはずだ。それに俺は逃げた。この部活から。このチームから」


「は? ……え? 」


「全部全部俺のせいだ。悪い。この通りだ」



 頭を下げる。


 当時の俺は必死だった。一度自分がチームから離れたせいでこの事態が起こったと信じてやまなかった。確かにそれが原因の一側面であったことは間違いないだろう。


 だけど。でも、全てが終わった今からすればそれは浅はかすぎる考えだったと言わざるを得ない。俺は何にも見えていなかった。このチームが抱えていた問題を。



「城本先輩」



 聖佐和の静かな声に下げていた顔を上げる。


 その直後――――


 ――――鼻先に迫った白球(・・)を視認。


 咄嗟に身をかがめた。



「!? 」


「何をほざくかと思えば! テメェ!! 俺を舐めてんのか!? お前が俺に謝るのかよ!? それじゃあ、どんだけ俺は惨めなんだよ!? 本当にお前ら兄妹(・・)は俺のことをどんだけイラつかせれば気が済むんだよ!! 」



 一瞬。聖佐和の始めて見る剣幕に圧倒されかけた。だけどすぐにその発言の一部に引っかかった。



「『兄妹』……? なんのことだ? 梨沙に何か関係あるのか!? 」



 そんな俺の疑問に対して聖佐和は乾いた笑い声をあげた。



「ハハハ……ハハハハハ! 何だよ!? 知らないんすか!? 妹さんが何で停学食らったか! 俺の事なんて兄貴に相談するまでも無いってか!? 」



 さっきから何を言ってるんだ? それに……目の前にいるコイツは……本当に……俺が知っている聖佐和玲央人なのか?



「もういいです……消えてください城本先輩。『本当のお仲間』の元にさっさと帰ってくださいよ」


「……本当のお仲間? 」



 混乱が頂点に達して思考がさっきから全くまとまらない。自分の後輩の発言に何一つ理解できない。そんな俺を見て聖佐和は苛立ちのボルテージを最高潮にした。



「あ“ぁ”!! その顔! そのとぼけた顔がずっと気に入らなかったんですよ! 俺の人生最大の失敗は……あの時の一球でも……野球を始めたことでもない! あんな反吐が出るような気持ち悪い(・・・・・)クソチームに入ったことだ!! 仲良しこよし(・・・・・・)がしたい部活なんだったら最初からそう言っとけ! 二度と来んな!! 」



 俺は口を挟む余地もなく聖佐和の自宅から叩き出された。それから数年間、俺は一度たりとも聖佐和の姿を見ていない。




 準決勝の試合があった週末が明けた月曜日。学校に来なかった聖佐和をしり目に俺は野球部の部室に来ていた。


 とんでもない最終試合にはなってはしまったけど準決勝まで大躍進をしたチームメートを労うために。部活から逃げ出した俺が言えた立場じゃないのは分かってるけど。せめて一言、言いたかった。


 聖佐和同様、厳しいことを言われるのを覚悟して入った部室。そこで久しぶりに間近に見たかつてのチームメートたち。


 俺は……面食らった。



「ごめん……ごめんな。剣太郎……」


「勝てなかった……俺達……」



 チームの反応が想像の真逆を行ったからだ。



「そんな! そんなこと無いって! 俺達は……お前らはよくやったよ! 想像もしてなかっただろ!? 県大会ベスト4入りするなんてさ!」



 それどころか……



「違う……違うよ剣太郎……」



 キャプテンの口から出た言葉は想像を絶するものだった。



「俺たちがここまで来られたのは全部お前のお陰なんだ……」



 頭が真っ白になった。耳から入ってくる情報も、目から入ってくる情報も俺の脳みそは理解することを拒んでいた。三年間俺とバッテリーを組んでくれた捕手、兼主将の顔には何故か、自責の念しか浮かんでいなかった。



「なっ……何言ってんだ! 野球は一人で出来るわけねえだろ! お前らが頑張ったからここまでこれたに決まってんだろ! 」 



 そう俺が叫ぶが部員たち……中学生活の大部分と苦楽を共にしたかけがえのないチームメート達は全員が全員、首を横に振った。



「違う……違うよ剣太郎……」


「俺たちはただ乗っかっただけです。城本先輩の凄さにただ乗りしただけ」


「分かってんだよ。剣太郎はさ、ずっと……『気を使って』野球してただろ? 」


「え……? 」



 二の句が継げなかった。聖佐和に続いて……チームメートたちの言うことが全く理解できなかった。



「ピッチャーゴロを処理する時は過剰に丁寧に投げて……ゴロを打たせるときは何球ファールで粘られても野手の正面を突くゴロを打たせようとして……キャッチャーの俺が零さない様にチェンジアップを多投して……『俺たちのエラーにならないように』」



 声を上げようとした。叫ぼうとした。『それは違う』と。


 アマチュアの野球ではエラー……つまり失敗(ミス)で負けることがとても多い。一度のミスは動揺を生み、そこからチームが瓦解する可能性があるからだ。そう。俺はただそのことを嫌って丁寧に……! 


 だけど俺それ以上言葉を発せなかった。目の前のキャプテンの表情を見て。


 冷静沈着で、熱中し過ぎる俺を諭してくれた俺の女房役は泣いていた。



「俺たちは安心していた。……甘えていた。剣太郎、お前に。お前が投げるんだったら……安心して守れる。お前が抑えるなら絶対に打とうってそうずっと思ってた。……ここにいる全員がだ……」



 3年間……いや少年野球の時から面識はあったので合計6年間共に過ごした中で始めて見る表情に俺は息をのんだ。



「皆分かってた。出来過ぎているって。『()がここまで勝ち上がれるなんてありえない』って。……でもすぐにわかった。本当に凄いのは剣太郎なんだって。皆、感謝してるんだぜ。こんなところまで連れてきてくれた剣太郎に。……だから決めたんだ。必ずお前を全国に連れて行こうって……恩返しのためにも……」


「…………え? 」



 え?



「でもさ……ひでぇよな。野球の神様ってさ。こんなに凄い剣太郎から投げることを奪うんだもんな……そりゃあ一生野球なんてみたくも無くなるよな……だけどさ……剣太郎がいないんだったら……俺たちは、もう……」


「ちょっ……ちょっと待てよ! 全国!? は!? そんなこと一度も聞いてねえし……頼んでもねえぞ! 」


「お前はこんなところで終わって良い器じゃないんだ……スカウトは皆、節穴だ……。剣太郎がさらに上にいくためにはこれしか思いつかなかった……」



 呼吸が激しく乱れていくのが分かった。心臓の鼓動は痛いくらいに強まっている。さっきから冷や汗が止まらない。


 なんだ、これは? コイツ等は何を言っているんだ? そんな風にキャプテンの思考が飛躍したのはいつからだ? ……まさか……最初から……?



「気づかなかったのか……俺は……ずっと……何も……」



 チームメート達が何を考えているか。



「ごめんな……剣太郎……俺達……やっぱりお前がいないとダメだった……聖佐和を……助けるどころか……もっと足を引っ張って……あんなことに……ごめん。剣太郎。失望したよな……。本当にごめん。ごめんなさい……ごめん……ごめん……ごめん……ごめん……―――――」



 俺の足にすがりつき号泣するキャプテン。うわ言のように繰り返される『ごめん』の言葉は今も尚頭の片隅にこびりついたままだ。



 なんで野球をやり始めたか? 


 野球に何故それほど惹かれたのか? 


 今となっては全く思い出せない。


 唯一確かなのは『仲間に自責の涙を流させて、何度も謝らせるため』に始めたわけじゃないってことだけ。

 

 ただ楽しく野球がしたかった。仲間と一緒ならどこまで行けるのか、知りたかった。


 ――――けれど俺は失敗した。


 3年間一番近くにいた仲間の気持ちを理解できなかった。察せられなかった。それほどに大きなプレッシャーを抱えていたことに気付かなかった。それどころか自分勝手に逃げ出した。


 その日に俺は決めた。


 『仲間』という存在を二度と作らないことを。


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