城本剣太郎の夢・前編
「舞さんって『少年C』と会ったことあるんですよね? 」
「うん。それがどうしたの? 」
「いや……どんな人なのかなって……やっぱりそれも機密情報って奴ですか? 」
「多分そんなことないと思うよ。性格ぐらいならね。まあ人にベラベラ話すつもりは私はないけど」
「ハハハ……そうっスよね……一度、彼にはお礼言いたいんだけどなあ~」
「……」
「んじゃあ舞さん、私はそろそろ見回り行ってきます。また後で」
「柏田」
「なんスか? 」
「アンタは……この仕事やる中で後悔したことある? ……例えば『力及ばず救助が遅れた』時とかに」
「そりゃぁ! ……図太いって言われる私にだって落ち込むことはありますよ! でも反省することはあっても、引きずらないです。助けが必要な人は今後も沢山出てきますからね。切り替えないとやっていけないっスよ」
「そう……うん。そうだよね……普通はそう。私もそうだ」
「何か言いたげですね? 」
「うん……さっきの話に戻るんだけど、しろ……いや『少年C』の性格の事」
「お! 何か教えてくれるんスか!? 」
「性別も違えば、歳も5以上離れていると全然考えている事わかんないから、あまり『こんな』だって一言で説明することは難しいんだけど……ただ」
「ただ? 」
「『少年C』は……私達『迷宮課』に出来るだけ近づかないようにしているところを含めて……個人主義っていうか……『自罰的』なところがあると思う」
「じばつ、てき……ですか? 」
「うん。まるで……強烈な過去の後悔に囚われているような……」
――――少し前。どこかで行われた二人の女性達の会話の抜粋。
夢を見ていた。過去の記憶の。
だけど今度はいつもの幼少期の頃の鬼怒笠村が舞台じゃない。
中学3年生の時の記憶。俺がまだ野球部に所属していたころの記憶だ。
俺達の中学の野球部を一言で言い表すと『普通』の二文字が相応しい。強豪校だった時代は一度も無く、規則も上下関係も緩めな、取り立てて特徴のない中学だった。でも皆が皆、たまに不平不満を言いつつも練習には真剣ではあった。それが功を奏したのかは分からないけれど中学3年生の時、大チャンスは訪れた。
「すげえよ! 信じられねえ! 」
「え?……マジで……やばくね? 」
「これって夢じゃないんだよな! なぁ! 剣太郎! 」
興奮するチームメートたちに当時の俺も満面の笑みで応えた。その夏の俺たちは自分で言うのもなんだけどとにかく凄かった。トーナメントのグループ分けの幸運から始まり、格上相手に対してのまさかの完封リレー。同点で迎えた9回裏2アウトからの代打サヨナラホームランに至るまで劇的な勝利づくめだった。
監督は言った。『今このチームには勢いがある』と。俺たちはその勢いを絶やすことなくとうとう、遂に県大会で学校初のベスト4入りを果たしていた。
「分かっているな? 次の準決勝を勝てれば……今度は関東大会だ」
「ハイ!! 」
今年の春の時期には夢にも思わなかった。俺たちが関東大会……さらに先の全国大会まで視野に入れることが出来るようになるなんて。やる気だけは満ち溢れていた俺たちは感情の昂ぶりそのままに監督へ応答した。
「だが……準決勝までは5日ある。少し開くがそれぞれ体調管理には十分気を付けるように! 」
「ハイ!!! 」
試合直後に突如実施された決起集会は成功と言える結果を俺達にもたらした。士気はかつてなく高まりチームの雰囲気は最高。どんな強豪校相手でも勝てそうな気さえした。
その後、三々五々に帰り支度をする中、俺の方へ近づいてくる部員が一人いた。
「城本先輩」
「……? ……聖佐和か……どうした? 」
話しかけてきたのは一年生の聖佐和玲央人。中1とは思えないほどに上背がありその高所から投げ下ろすようなフォームから繰り出す速球を武器にしている本格派右腕。今は球数制限の時のための二番手投手として投げてはいるが、誰もが次期エースになることを確信する程の期待の一年生だ。
「あの……次の試合も先輩が投げるんですよね? 」
「……そうだな。監督からはそう言われているし俺もそのつもりだ」
「…………」
そう俺が返答すると押し黙ってしまう聖佐和。この一年生は野球の実力は申し分ないんだが、一体何を考えているのか分からないところがある後輩でもあった。
「……聖佐和? 」
「先輩! 」
少し不安になり始めた俺がたまらず声をかけると丁度、聖佐和も口を開き始めようとしているところだった。俺達2人は同じピッチャー同士で練習中は結構一緒にいることが多いはずなんだが……このように嚙み合わないことが多々ある2人でもある。俺はそのことが少しだけ気になっていた。
「お、おう。先に言っていいぞ」
「この夏が終わるまでに……関東大会……そして全国に行くまでに……絶対、城本先輩からエースの座を奪って見せます」
「……え? 」
「では」
その宣言の意味を深く考えて返答する前にそそくさといなくなってしまった聖佐和。一人ポツンと残された俺は様々な種類の感情に支配された。
始めて聞いた後輩の内心への驚き。
将来有望な選手に現時点ではライバルとして認められている事への喜び。
そして何よりも沸き上がったのは――――
「……俺だってここまで結構頑張ってきたんだ。そう簡単には負けてはやらねえぞ。聖佐和」
――――単純明快な対抗心。
結果、これ以上はないと思っていた俺の士気はさらに上がることになった。過去最高の精神状態。球数制限を無視して明日すぐにでも投げたいとさえ思った。
そんな最高の一日の終わり。眠る直前。異変は突如現れた。投手の生命線。カバンをかける時から始まり、数年間注意深く労わり続けていたはずの右肩に。次の日に行った病院で医者は俺にこう言った。
『もうピッチャーをすることは難しい』と。