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祖父の思いと新たな冒険

 ダンジョンから生還してから2日目。


 下山トンネルに今日で4度目になる調査をしに行った俺は遂に目的のものを見つけ出す。



「マジか……本当にあった……見間違いじゃないよな? コレ」



 新しい『開』のくさび形文字。書いてある位置も大きさも違う。明らかに前のとは別モノ。やっと見つけた。想像よりも長くかかってしまった。朝早くから探してたっていうのに、もうだいぶ日が落ち始めている。俺が鬼怒笠村にいられるのも、あと少し。それまでに何回見つけられるだろうか……?



「まあ時間なんて関係ないか。ダンジョンに入りさえすれば」


 

 間違っても『文字』に手が触れないようにしながら、周囲を探る。目線の高さまで腰をかがめてスマホのメモ帳に打ち込んでいく。



「位置は……だいたい……中に入ってから15mくらいか? 『聡美(さとみ)』の隣だな」



『開』の近くにある名前の落書きとトンネルの入り口からの距離を目算して、次に来たときに探す手間を少なくする。そう今はあくまで調査。本番・・は次に来たとき──準備をしたあとだ。





 家に戻るとリビングで爺ちゃんがテレビを見ていた。冷房もないのに姿勢良く椅子に座っており、実年齢が70を軽く超えてることが信じられないほどにシャキっとしている。



「ただいま 爺ちゃん」


「おーお帰り。夏休みの自由研究か何かか? 随分と熱心だな」


「う~~ん。まあ……そんなとこ」



 流石に心苦しい。こんなにも純粋に俺に期待してくれる爺ちゃんに正面から嘘をつくようなことは。


 それに俺のやろうとしてることはとても人から褒められるようなことじゃない。安全からは程遠いし、"未知の世界に冒険に行く"と聞こえがいいことを言っても、その実態は危険な地帯にわざわざ入っていくバカと一緒だ。家族に作り話をした裏で危険なことをするっていう部分もかなり後ろめたかった。


 爺ちゃんは歯切れが急に悪くなったそんな俺をじっと見つめると。



「……応援するよ」


 

 ポツリと一言呟いた。



「……え?」


「爺ちゃんは剣太郎がやりたいことは何だって応援するよ。勉強、趣味、友情。それが野球であろうとなかろうと」



 その時、破天荒な爺ちゃんは俺が初めて見る表情をしていた。人生経験が浅いせいかその感情をはっきりとうかがい知ることは出来ない。ただ、そこにはたしかに優しさがあった。



「剣太郎がこっちに帰省するのは受験もあったから2年ぶりだったかな? 実は心配してたんだ。剣太郎は野球をすることが大好きだったろ? あんなにも本気で打ち込んできたもんな」




 驚いた。


 そんなこと考えていたなんて。


 そんな素振り全く見せなかったっていうのに。



「その心配は半分あたってた。2年前と比べて剣太郎は明らかに元気無かったしな。何かに迷っているように見えた。もちろん剣太郎が少し大人になったていうのもあると思う……」


「……」



 黙って聞く。


 次に爺ちゃんが何を言うのかに耳を傾ける。



「俺が剣太郎にできることはほとんど無い。また野球が出来るように体を治してやることも、何か無理やり新しいことを始めさせることも出来ない。唯一出来ることは剣太郎が次に夢中になること、やりたいことを応援することだけ。だから良かった。今、何か夢中になれることが出来たんだろ? 」


「……うん」



 余計な口は挟まない。


 

「男の人生は冒険だ。危険な事や試練は俺も多く経験してきた。辛いことも失敗することも多くあった。でも今はそれをやったこと自体に後悔は無い」


「……うん」


「だから、がんばれよ。剣太郎」



 今はただもらった言葉一つ一つを嚙み締めて、一言。



「ありがとう……爺ちゃん」



 心の内側からあふれた言葉を、そのまま口にした。






 小さな斜めかけのリュックに詰め込むのは水と少しの非常食と救命キットとそして『上級回復薬』。



「これも……爺ちゃんが……」



 動きやすい服の上から付けるのは野球の打者用防具。左手首、左腕、左足を覆うリストガードとアームガードとレッグガード。中2のころ『ピッチャーがバッティングで怪我するのは良くない』と言って爺ちゃんが買ってくれたものだ。まだ成長するからと言って大きめを買ってくれてよかった。まだ使える。


 そして、一番大事なのはコレ。


 水拭きして手入れしてすぐの汚れ一つない金属バット。俺の生命線。俺の窮地を救ってくれる唯一の武器。


 さあ行こう。今の俺にはもう何のしがらみも、心残りもない。


 もう一度行こう。あの場所へ。ダンジョンへ。






「……行ったか……」



 男は孫が玄関を音もなく出ていったことを布団の中で聞いていた。もしかしたら止めるべきだったかもしれない。でも、あんなにも無気力に、自覚もなく辛そうにする孫の顔を彼はどうしても静観できなかった。まるで60年前の自分自身のようだったから。


 それに――――



「――なあ……婆さん。俺は決めた……。後は頼んだぞ……」



 男は仏壇をただただ見つめ続ける。まるで写真の中の彼女が今も返答してくれるとでも言うように。



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[一言] 爺ちゃんがヒロインだったか
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