表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/50

第8話 枕の香り

「…………」


 リーゼが家に来た翌日の朝。

 僕は布団の中からベッドで眠るリーゼの顔を眺めていた。

 

 夢じゃないんだ……

 スース―寝息を立てているリーゼ……

 可愛い!


 僕は顔をグニャグニャにして彼女の寝顔を見つめ続ける。

 目覚める気配はない。

 このままずっと見ていても飽きが来なさそうだし、ずっと見ておこうか。

 

 彼女の眠る姿は、まるで絵画のようだ。

 芸術であり、神の作り出した奇跡のようにも感じられる。

 こんな可愛い子が……僕の奥さんだよ?

 嬉しくないわけないよね。


 僕は布団を飛び出し、一人踊る。

 喜びの舞だ。

 おかしな顔をして踊っていたに違いない。

 その物音で目覚めたのか、リーゼがジト目で僕のことを見ていた。


「……おはようございます」

「おはよう。この世界の住人は寝起きにそんな踊りをするのか」

「違います。僕がおかしいんです。いや、僕はおかしくない。おかしなことをしてしまっただけなのです」


 僕は赤面し、彼女に答える。

 だがリーゼはあまり興味なさそうに「そう」とだけ言った。


 僕は一つ咳払いし、起きる彼女と向き合う。


「今日はどこに行く? 休みだし、どこにでもお供するよ」

「悪いけど、今日は予定があるんだ」

「え……」


 いきなり予定って……そんなことある?

 と言うか、この世界に遊ぶような知り合いがいるの?


 僕は少し不安になり、彼女に問いかける。


「あの……まさか、男の人にあったりとか?」

「まさか。男の知り合いなんて私にいないよ。今日は戸籍の関係で他のエルフに会いに行くんだよ」

「ああ、なるほど」


 戸籍の関係ってことは……不正に入手するあれだよな。

 褒められたものではないが、それを取得しないと僕たちは結婚できない。

 となれば、取りに行ってもらわなければいけないな。

 誰かに迷惑をかけるわけじゃないし、いいだろう。

 と、犯罪から目を逸らす僕。


「じゃあ僕は料理の研究でもするか」

「料理の研究?」

「うん。リーゼが僕を養ってくれるって言うからさ、僕はよき主夫としてリーゼを喜ばせると決めたんだ」

「そうか。まぁ、頑張ってくれ」

「うん。頑張るよ!」


 リーゼはキッチンの方で水を飲み、そしてそのまま家を出て行こうとする。

 目覚めてそのまま出て行くんですか?

 僕は彼女を引き留めようと、玄関まで駆ける。


「え? 顔も洗ってないし、いいの?」

「? おかしいか」


 リーゼの顔を見る。

 ……美しい。

 何も手入れしていないのにこの美貌。

 驚愕の一言だ。

 だけど顔ぐらいは洗ったほうがいいんじゃ……


 そう考える僕の思考を読んだのか、リーゼはクスリと笑う。

 

「分かったよ。顔を洗っていくよ」


 リーゼはユニットバスに入り、シャワーを浴びる。

 

「…………」


 僕は彼女のシャワーを浴びる音を聞き、なんだか少し緊張しているようだった。

 まさか同じ家で女性がシャワーを浴びているだけで、こんな緊張するなんて……

 

 覗いて見たいという気持ちがジュワーと肉汁のように溢れてくるが、我慢だ。

 僕は紳士的な旦那になると決めているのだから。

 こんな覗きをするような真似、してはいけない。


 僕はベッドで横になり、携帯を出す。

 料理のことを調べようとするが……それよりもリーゼの匂いが染みついた枕が僕を誘惑する。


 なんだこの香りは。

 女の子が使った後の枕ってこんな匂いするの?

 興奮してしまう……僕は枕の香りを嗅ぎ、ジタバタと暴れ出す。


 男の本能を刺激する甘い香り。

 これに抗える男はいるのだろうか。

 いや、いない。

 男なら誰もがこの香りに興奮するはずだ!


「何やってるんだ?」

「あ、いや……少しストレッチを」


 シャワーを浴びたリーゼは、いつの間にかこちらの部屋に来ていたようだ。

 タオルで頭を拭きながら僕を見下ろしている。

 僕は真顔で彼女に言い訳をした。

 バレてないかな?


 そんな風に彼女の様子を窺っていると、リーゼは興味なさそうに踵を返す。


「じゃあ行ってくるよ」

「うん。行ってらっしゃい」


 バレてなかった! 

 僕は安堵のため息をつき、彼女を玄関まで見送ることにした。

 彼女は購入したスニーカーを履き、そして僕の顔を見てニヤリと笑う。


「そんなに私の匂いは良かったのか?」

「……ええ、それはもう」


 バレてた!

 完全にバレてた!


 リーゼは意地悪そうな笑みを浮かべ、僕の頭を撫でる。


「私が帰って来るまで匂っててもいいぞ」

「そんなことしませんよ。僕にもやらなきゃならないことがありますので」


 真っ赤な顔で彼女を送り出す。

 僕は大きく息を吐き出し、その場で膝をつく。


 恥ずかったな……

 でも、なんだか幸せだ。

 リーゼがいるだけで、景色が全然違ってみえる。

 ただの家の中なのに、なんでこんなに楽しくて嬉しいんだろう。

  

 これが恋愛マジック?

 それともエルフの魔術なのだろうか。

 まぁ、幸せを感じるしどちらでも構わないけど。


 僕は部屋に戻り、再度携帯を取り出す。

 そしてリーゼの喜ぶ顔を思い浮かべながら、料理のことを検索する。


 誰かを思って料理をしようとするのが、こんなに楽しいことだったなんて。

 僕はワクワクした気分で、携帯の操作を続けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ