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第21話 楓、屋上に現る

「うげっ」


 僕が屋上に行くと、そこにいたのは楓だった。

 彼女は曇りがかった空を見上げていたが、僕が来るなりこちらに強気な視線を向ける。


「耕太」

「な、何?」


 僕はビクビクしながら、近づいてくる楓を警戒していた。

 最近はリーゼとの楽しい時間ばかりだったというのに……また殴られるのか? 

 嫌だな……

 よし。逃げようか。


 と、僕は踵を返して逃げ出そうとする。

 しかし、楓が「動くな!」と一言命じるだけで、僕は実際に動けなくなった。


 まるで催眠術のようだ。

 長年彼女の無慈悲で容赦のない命令が身体に沁みついてしまっているのだろう。

 全然動けない。

 僕は自分の情けなさに、泣きそうになっていた。


 楓は屋上の入り口に立ち、逃げ道を塞いでしまう。

 僕は絶望に打ちひしがれて、口をあんぐりとさせていた。


「あんた、あの女と別れなさいよ」

「あの女って……リーゼのこと?」

「それ以外誰がいるのよ。いいわね。今すぐにでも別れてきなさい」

「あ、いやです」

「はぁ!?」


 即答した僕の言葉に怒声を発する楓。

 僕はさらに身体をビクつかせながら彼女の顔色を窺う。


「ぼ、僕が誰と付き合おうと、誰と結婚しようと楓には関係ないよね?」

「か、関係あるから言ってるんじゃない! と言うか、そもそも何で私に黙って結婚なんてしてんのよ!」

「えーっと……そもそも楓に言う必要もないよね?」

「あるわよ。あんたに起きたこと、これからすることは全部私に報告しなければいけないの!」

「君は僕のマネージャーか何かですか? そんなのいちいち報告してらんないよ」


 僕はため息をついて続ける。


「楓は僕をイジメて愉しんでるみたいだけど……そんな相手が結婚したから許せないだけだろ? さすがにそれはちょっと……」


 心が狭すぎると言いたかったが、僕は口を閉ざした。

 だってそんなこと言ったら、何されるか分かったもんじゃない。

 楓のことだ。

 遠慮することなく、気が済むまで僕のことを殴りつけるだろう。

 そんなの痛すぎるし嫌すぎる。


「イ、イジメって……私がいつあんたをイジメたっての!?」

「えー……?」


 僕は愕然としたね。

 彼女は僕をイジメてるつもりはなかったらしい。

 そりゃ、よくイジメっ子はイジメてるつもりはないなんて言うけれど……

 だけど、実際に言われたらムッとするな。

 僕は楓にイジメられていたし、それが事実だと思っている。


 イジメはやられた方がそうだと判断したらイジメなわけで、この時にイジメた側の考えなんて関係無いのだ。

 だから僕がイジメられたと感じていたのなら、それは立派なイジメなのである。

 

 楓はそれを理解していない。

 いや、遊びで相手をイジっている人間全員が、それを理解していないのだ。


「あのさ、僕がイジメられたと思った時点で、それはイジメで――」

「私はイジメてない! バカ言わないで!」


 彼女の怒りの声に、僕は震え上がる。

 ダメだ……もう心が彼女に服従してしまっているのだ。

 言いたいことが言えない。

 怖くて震えてしまう。

 腹の中がズシンと重くなる。


「も、もうどっちでもいいからさ……お願いだから教室に帰らせてよ」

「帰らせるわけないじゃない。帰りたかったら、あの女と別れると約束しなさい」

「それは無理です」

「はぁ!?」


 また即答する僕。

 リーゼと別れるつもりなんて毛頭ない。

 楓のことは怖いが、何故かこれだけは完璧に否定できる。

 それだけ僕がリーゼのことを想っているということであろう。

 なんて奥さん想いの旦那なんだ……

 と、自画自賛して悦に浸っておく。


 そんな僕の顔にイラついたのか、楓は僕の脛をつま先で蹴る。


「痛い! 痛いって! そういうのがイジメだって言ってるの!」

「これのどこがイジメよ! あんたが気持ち悪い反応してるから蹴っただけでしょ!」


 だからそれがイジメってことなんだってば!

 しかし楓にそんな理屈は通用しない。

 自分が白と言えば黒でも白なのだ。

 それを理解している僕は、彼女から目を逸らす。


「あのさ、楓がなんと言おうとも、僕はリーゼと別れるつもりはないから。だから、こんなことしても時間の無駄だよ」

「耕太……なんで私に逆らってんのよ! 私が別れろって言えば、別れればいいのよ!」

「だから、別れないってば。僕はリーゼのことが、心の底から好きなんだから」

「っ! この!」


 楓は僕の言ったことに何故か腹を立てたらしく、力一杯ビンタをお見舞いしてきた。

 乾いた音が屋上に響く。

 痛みが頬から脳に伝わっていくような感覚。

 僕は頭をクラクラさせ、彼女の怒っている顔を見る。

 心は完全に恐怖に支配されている……逃げたい。

 だけど逃げ道はない。


 どうしよう……と僕が震えていると、屋上を囲むフェンスの方から、ガチャンッという音が聞こえてくる。

 楓は音の方を見て、唖然としてた。

 僕は振り返り、音の正体を視認する。


「私の旦那に何してるんだ?」


 なんとそこには、フェンスの上に立ち、静かに怒るリーゼの姿があった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] エルフはファンタジーだけど舞台は現実世界で、颯爽と助けに現れた姿はヒーローか戦隊モノですね
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