第12話 楓、襲来。そしてパンケーキ
「ほら。朝ご飯用意しなさいよ。早く食べて学校に行くわよ」
「あー……」
「?」
楓はいつもと違う僕の反応に、怪訝そうな表情を浮かべる。
リーゼのこと、どうやって説明しよう……
すると楓はイラッとしたのか、僕の肩をグーで殴り、怒り気味に言う。
「早く中に入れなさいよ! 何やってんの!」
「それはこっちのセリフだ。お前こそ耕太に何やってるんだ」
「え……?」
奥の部屋から、リーゼがやって来る。
楓の怒声に腹を立てたのか、いつもと少し違う、冷たい目をしていた。
あ、冷たそうに見えるのはいつもかな?
楓はリーゼの顔を見て、まず最初に驚いていた。
きっとその美貌にだろう。
うん。分かるよ。メチャクチャ綺麗だもんね、リーゼって。
「み、耳、尖ってる」
そして次に耳に驚愕する。
そりゃそこに反応するであろう。
僕も最初は驚いたものだ。
と言うか、この世界じゃやはり異質も異質だよな。
驚愕した楓は最後に何故か、怒りを含んだ表情になる。
眉間に皺を寄せ、そして僕を睨みつけた。
え、なんで僕を睨むの?
「ちょ……どういうことよ! 誰なのよ、この女は!」
「誰と言われても……」
「何勝手に女を連れ込んでるのよ! そういうのは、全部私に話しなさい!」
なんで?
なんで楓に説明しないといけないの?
僕は戸惑いつつ、少し苛立ちを覚える。
なんでいつも暴力を振るう幼馴染に、いちいち彼女ができただの奥さんができただの報告しないといけないんだよ。
楓は睨み返す僕にムカついたのか、手を上げようとする。
僕は身構え、固まってしまう。
これはまた痛そうなのが来るぞ。
「…………」
ギュッと目をつむり、痛みに耐えようとしていた……
が、衝撃はいつまで経っても訪れることはない。
ソーッと目を開けて確認して見ると――
なんとリーゼが、楓の腕を掴んで暴力を阻止していた。
「な、何してんのよ! あんたは私たちに関係ないでしょ!」
「関係ないわけないだろ。そもそも、お前は誰なんだ?」
「私はこいつの幼馴染よ!」
「あっそ。私は耕太と夫婦になったんだ。幼馴染程度が人の旦那に手を出すんじゃない」
「……ええ?」
楓は驚愕し、そして放心状態で僕の顔を見る。
僕はそんな楓の視線から目を逸らした。
そんな顔されたら怖いんですけど。
次は何をするつもりなのか分からず、僕は恐怖を感じて後方へ下がる。
「ど、どういうこと……」
「そのままの意味だ。私とこいつは結婚したんだよ。昨日区役所とやらに書類も提出した」
「……こ、耕太! どういうこと!?」
目を見開き、楓は僕を怒鳴る。
僕は長年染みついた楓への恐怖心から、震えながら彼女に言った。
「リ、リーゼと結婚したんだよ! 婚姻届けを提出したの!」
「そ、そんな話してないわよ……まだ18歳で、なんで結婚なんて……あんたは、私と――」
「もういいから消えろ。私と耕太の時間を奪うんじゃない」
「なっ……」
カッとした楓は、リーゼを叩こうとする。
しかしリーゼは涼しい顔のままで、その平手をひらりとかわしてしまう。
「お前、いいのか? ハッキリ言って私は強いぞ」
「…………」
楓はリーゼを睨みつけたと思ったら、今度は目に涙を浮かべ始めた。
なんでこんなに情緒不安定なの?
怒ったり泣いたり……楓のことがよく分からない。
「バカ!」
僕にそう一言怒鳴り、楓は走り去ってしまう。
リーゼはふんと鼻を鳴らし、僕の方を見る。
「で、あの女は誰だ?」
その瞳の奥に、少し怒りの炎が見えるようだった。
僕はその熱に怯え、背筋をブルッと冷やす。
「えー……ただの幼馴染です。ずっとイジメられてたけど」
「イジメられてた? ……ふーん」
リーゼはもういない楓の背中を睨むように、扉の方へと視線を移す。
彼女は何かを察したようで、一つため息をついていた。
「もうあの女のことは忘れろ。これからは私のことだけ見てればいい」
「いや、最初からそのつもりだけど。と言うか、楓のことはなんとも思ってないんだけどな」
「そうか」
少し上機嫌になったのか、リーゼは微笑を浮かべながら部屋の方へと戻る。
「朝食、用意してくれてるんだろ?」
「ああ。リーゼの口に合えばいいけど」
僕はリーゼに作った物を出すことにした。
「……これは?」
彼女の座るテーブルに出したそれは――
「パンケーキだよ」
そう、パンケーキである。
丸い形でフワフワしているそれを見下ろし、リーゼは感嘆の声を上げる。
パンケーキにはバターと蜂蜜をかけており、見た目からして甘いのが分かった。
リーゼはナイフとフォークを使い、パンケーキを切り分けて口に運ぶ。
「……うん。甘くて美味いな」
リーゼはとても幸せそうにパンケーキを食べている。
僕はそんなリーゼの顔を見て、ワクワクした気分で新たにパンケーキを焼き始めた。
「いっぱい食べるんでしょ?」
「ああ。これなら何枚でもいけそうだ」
何枚でもいけそうって……僕は逆に何枚食べれるのかが気になり、粉の続く限りパンケーキを焼くことにした。
結局リーゼはパンケーキを8枚食したところで粉が尽きてしまった。
……本当にどんだけ食べるの、この子。
僕はまだ余裕を見せるリーゼを見て、驚愕しっぱなしだった。