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短編

世界で一番大好きなわんこが美少女に!?


滝沢たきざわ君、みんなでカラオケ行こうよ! 明日から冬休みだしさ!」


 今学期最後のHRも終わり、そそくさと帰ろうとした時に西条さいじょうさんから突然話しかけられた。

 大きな瞳がキラキラしていて、ゆるふわな柔らかそうな髪をイジイジしていた。

 西条さんはとても明るくて誰にでも気さくに話しかけてくれて、クラスの人気者であった

 ……僕も少しだけ憧れているけど、住む世界が違う人だと思っている。


 喉が張り付いて上手く言葉が喋れない。


「……うっん……ご、ご」


「ご?」


 西条さんが可愛らしく首をかしげた。


「ご、ごめんなさい……帰って……犬の世話をしなきゃいけなくて……」


 クラスメイトの視線が僕に突き刺さる。

 あの西条さんが誘ってくれたのに断るのか? お前は何様なんだ?

 そんなふうに思っているように感じてしまう。


 僕はいたたまれなくなり、教室を飛び出そうとした。


「あ!? 待って、ねえ今度は遊ぼうね!!」


 後ろから西条さんの元気な声だけが聞こえた。






 僕が中学三年の頃、家の前で衰弱したわんこが倒れていた。

 お母さんが自分が汚れるのを構わず、わんこを抱きかかえて病院に連れていき、そのまま家で保護することになった。


 僕は初めはわんこの世話なんて嫌だった。

 友達とも遊べなくなるし、面倒な世話が多くて大変なだけだった。


 だけど、いつからだろうか? うん、僕が高校に上がって、クラスに馴染めなくて、友達が出来なくて……寂しさを噛み締めていた時からだろうか……。

 わんこはいつも僕の後を付いてくる。

 いつも隣にいてくれる。

 わんこから感じる愛情がすごく伝わる。


 そして、わんこは僕にとって家族と変わらない大切な存在となった。


 クラスメイトの前だと、緊張してうまく喋れないけど、わんこと一緒だと素のままの自分でいられる。




 僕とわんこしかいない居間でそんな事を考えていた。


「わんこ、散歩行こっか?」


「きゃん!!」


 僕の言葉がわかるのか、声をかけて立ち上がると嬉しそうにしっぽを振って、リードを咥えて持ってきた。

 その仕草が可愛らしくて、頭をくしゃくしゃに撫でる。


「きゃ、きゃん!」


「ふふ、ここが気持ちいいの? ……ほら日がくれちゃう前に行こう!」


「きゃん!!」


 僕とわんこは夕方の浜辺を散歩することにした。






 この時期の浜辺は人がいなくて絶好の散歩スポットだ。

 わんこの砂と戯れながら浜辺を歩く。


 ――こんな毎日が一生続けばいいのに。


 嫌いな学校は行きたくない。

 勉強だって好きになれない。

 将来何になればいいかわからない。

 結婚できるのかな……


 ぼーっと考えながら歩いていたら、前から可愛らしいフレンチブルが走ってきた。


「ばうばう!!」


 僕の足にまとわりつく。


「きゃんきゃん!」


 わんこが嫉妬しているのか、フレンチブルを吠えて威嚇していた。


「ばう……」


 フレンチブルは僕から離れて、行儀よくおすわりをした。



「ちょっと待ってーー!!!」


 フレンチブルが来た方角から……西条さん!? が荒い息を吐きながらフレンチブルに駆け寄ってきた。


「はぁはぁ……あれ? 滝沢くん!? びっくりした!」


 僕も驚いて声を出せないでいた。


「はははっ……カラオケはちょっと男子が多すぎてパスしたんだ。だから今日はブル子と遊んでいるんだ! かわいいでしょ? うちのブル子!」 


 ――ブル子……。センスが……。た、確かに可愛いけど……絶妙なブサかわというか……


「きゃん!」


 あ、僕のわんこも紹介しなきゃ。


「……ポメラニアンのわんこって言うんだ」


「わんこ? ふふ、たぬき顔でかわいいわね」


 西条さんの笑顔が夕日に照らされて恐ろしく可愛く見えてしまった。

 僕はそれを見ないように顔をわんこにむける。


「きゃん?」



 その後、僕たちは軽く雑談をしながら浜辺を散歩することにした。

 正直自分が何を喋ったか覚えていない。

 だけど、犬という共通の話題があるので、話が尽きることが無かった。


 そして僕らは暗くなる前に別れて、家に帰ることにした。




 僕は少しだけ浮足立っていたのだろう。

 わんこは少し疲れたみたいだから僕が抱きかかえる事にした。

 ……いつも他の人には吠えるのに、西条さんには吠えなかったな? なんでだろう?

 でも明日は少しだけ学校へ行く楽しみが増えたかも……。他の生徒の目が気になるけどね……。


 明日の心配をしながら、僕は信号を確認して交差点を渡ろうとしたら、車のエンジン音がすぐ横に聞こえてきた?



 今でもはっきりと思い出す。信号は青だった。


 僕とわんこは信号無視した軽トラックに轢かれて吹き飛んでしまった。

 ぶつかる瞬間、僕はわんこを守るようにして背中を丸めて衝撃に備えた。

 そんな力も車の前には虚しく、全身の骨が砕けるような激痛に襲われた。


 僕とわんこは数メートルは吹き飛ばされたのだろうか?


 痛みを必死にこらえていると、わんこが僕の胸の中から出てきた。


「きゃん……きゃん!?」


「……怪我はない? ……大丈夫そうだね……良かった……わんこにもしものことがあったら……はぁはぁ」


 僕の顔を必死に舐めるわんこ。


 急に嘔吐感が膨れ上がった。

 痛みと共に血の塊を吐き出す。


 ――ああ、これは……骨が突き刺さってるのかな? ……そろそろ……意識が……


 わんこがしきりに舐めながら吠える。


 ――大丈夫。大丈夫。すぐに元気になって散歩に行こうね。


 そこで僕の意識は無くなった。








 **********






 結論から言うと、僕は奇跡的に助かったみたいだ。

 99%死ぬハズだった怪我なのに、奇跡的に手術が上手く行き、奇跡的に術後も超回復をみせ、奇跡的に後遺症はなしで、奇跡的なリハビリで三ヶ月で動けるようになったのであった。


 ――おかしい。


 僕はなぜ助かった?


 僕が助かった以外に、もう一つおかしい事が起こった。

 意識を取り戻して真っ先に親に聞いたのが、わんこの事だ。

 だけど、親は、


「あんた何言ってるのよ? 犬なんてうちにいないわよ」

「そうだぞ。事故で記憶がおかしくなったんじゃないか?」


 もしかしてわんこがあの後亡くなってしまい、僕を心配させまいと嘘を付いた、と思ったが、そういうわけではない。本気で言っている。


 お見舞いに来た西条さんにも聞いてみたら、


「わんこ? ああ、うちのブル子の事? 元気だよ!」


 なんでだ? なんでみんなわんこの事を忘れちゃったの?


 無傷だったハズでしょ!?


 わんこの事を覚えている人は僕しかいない。

 僕は決めた。

 退院したらわんこを探しに行くと。


 そう決意を込めて病院の退院日。

 病院を出ると一人の女の子が立っていた。


 僕と同い年くらいで、頭には耳みたいなお団子があり、サラサラの茶色い毛並みであった。

 少しタレ目でたぬきっぽい顔立ちだけど、僕の心が撃ち抜かれる。


 僕の事を真っ直ぐ見つめていた。


 ――誰? 知り合い? 知り合いでしょ? 絶対、僕は知ってるはずだよ。だって、だって……


 僕は涙を流していた。

 そして思わず声を漏らしていた。


「……わんこ? わわぁ!?」


 女の子が僕に走り寄って抱きついてきた!?

 うちで使っているシャンプーの香りがする。

 わんことおんなじ感触……。


「――ぐすっ……ぐすっ……ご主人さま……ご主人さま……」


 いたいけな少女がご主人さまと言いつつ泣いている……

 絵面的に問題が……


 だけど今はそんな事気にしない。なんで人間になっているか気にしない。

 人の目なんて気にしない。



「わんこーー!!」


「ご主人さまーー!!」



 僕らは涙が枯れるまで泣き続けた。








 ***************





 わんこは僕の従兄弟で、うちに居候している設定になっていた。わんこも自分の身に起きたことが理解出来てないらしく、気がついたら僕の家(僕の部屋)にいたらしい。


「そうなの。ご主人さまの傷がなくなれなくなれ! って思ったら、なんか白い女の人が出てきて……そこから覚えてないの……」


 ――退院した足でそのままわんこと一緒に自宅へ戻り、部屋で話をしているところだった。

 僕はわんこが可愛すぎてうまく見れない……。

 そんな僕に不満があるの、


「ぶぅ……なんでちゃんと見てくれないの? せっかく会えたんだからね! へへ……」


「わ、わ!? こ、こら!!」


 わんこは僕の膝の上に頭を乗せて甘えてきた!?

 そんな高度な事されても……だけど、髪を撫でたい衝動にかられて撫でてしまった。

 その触り心地はわんこそのもの……

 僕は思いを噛み締めながら髪を撫で続けた。


「すぅ〜、すぅ〜」


「ちょ、わんこ? 話するんじゃないの!? ねえ、寝ちゃったの!? 足しびれるよ……はぁ……仕方ない……」


 僕の顔は少しにやけているだろう……

 僕はわんこが起きるまで髪を撫で続けた。




 わんこがしばらくしたら起きて、やっと話を再開することにした。

 眠そうな顔が愛らしい……。っと、今はこの状況を整理しなきゃ。


「ね、ねえ。もう一度確認するけど、わんこなんだよね?」


「うん、なんでだかわからないけど、人間になっちゃったの……」


「――僕の傷を直して欲しいと願ったって言ったよね?」


「うん……だって大好きなご主人さまが死にそうだったから……」


 ――だ、大好き……。ぼ、僕もわんこの事が好きだけど……

 僕の顔は真っ赤になっているだろう……


「う、うん……ありがとう……もしかして、僕が奇跡的に助かったのって、わんこのおかげなのかな?」


 わんこはにっこりと微笑んでくれた。その顔はまさにたぬき顔!


「多分……そう……あの女の人は……転生がどうとか、取引がどうとか言ってたけど、難しいことはわからないの」


 ――それ女神じゃね? トラックに轢かれて転生? そんなの絶対したくないよ!


「……わんこは僕の身代わりになって助けてくれた? それから……」


 わんこが飛びついてきた!


「もう、そんな難しい話しはいいの! 一緒に遊ぼ!! まだ退院してすぐだから学校に行かなくても良いんでしょ?」


「わ、こら! ……そうだな、とりあえず今はわんこがどんな形であれ生きていれば……」


「ご主人さまが生きてるのを見れただけで、わんこは嬉しいの! ――明日からご主人さまをイメチェンするの!」


「え!? そ、そんなのいいよ!?」


「駄目! だってあのフレンチ雌ブルのご主人さまとつがいになりたいんでしょ? 協力するの!


「……マジで」


「マジなの」



 僕らはそのままじゃれ合いながら、疲れて眠くなるまで話をして、いつしかベットで二人で寝てしまった……





 ************





「……ご主人さま、ごめんなの」


 ――私ははっきり覚えているの。


 ご主人さまを死なせたくない。

 この思いが伝わり、ご主人さまの怪我がわんこに乗り移ったの。


 私の身体は絶えきれず消えてなくなってしまった。


 ――だけど、やさしい女神様が私にお別れのチャンスをくれたの。


 二日間。


 人間として、ご主人さまにお別れの時間を過ごせる。

 二日過ぎたら私は消える……


 女神様の優しさで、ご主人さまは私の記憶も消えてしまう。


 ――それでいいの。ご主人さまはあの雌と仲良くなって、もっと人生を楽しんだほうがいいの!


 私は一晩ご主人さまの顔を見ながら過ごしていった。





 ***********



 わんこが現れてから一日しか経っていないけど、自分でも驚くほど、自分の精神が元気になったのがわかった。


 わんこに手を引かれ、ショッピングモールを駆け回り、僕のい似合い洋服を探す。

 時にはクレープ屋さんや、カフェに入りお話しながら楽しい時間を過ごす。

 感動映画を観たり、ドックカフェで他の犬と戯れたり、インテリアショップにいって未来の自分達の家を想像したり……


 そう、まるでデートであった。


 僕はわんこと一緒に悩んで、お見舞いに来てくれた西条さんに贈る品を買うことができた。

 犬用のおもちゃを買った。


「へへ、よかったの! これであの雌も喜ぶのね!」


 僕はかばんの中に忍ばせてあった物をわんこに手渡した。


「はい、これ。……僕を助けてくれたお礼だよ……」


「え……」


 いつも口数が多いわんこが黙りこくる……

 あれ、間違えたかな?


 わんこがその品物をみて震えていた。

 それはわんこがショッピングセンターのアクセサリー屋さんでずっと見ていたネックレスであった。


 わんこが凄い勢いで泣き出してしまった。


「ひっぐ、ひっぐ……嬉ションできないから……嬉し涙しかでないよ……」


 ――良かった……


 わんこは僕に抱きついて来た。


 周りの声が聞こえるけど、僕は気にしない。

 だって、わんこは僕の大切な……大切な人なんだ。



「お、若いっていいね〜」

「あれ、滝沢じゃね?」

「すっげえかわいい子といっしょじゃん!」

「滝沢くんってあんなに明るそうだったっけ?」

「む、むっきー! だ、だれ、あの娘!?」




 僕らは恥ずかしくなってそそくさとショッピングセンターを出た。

 その間も、わんこはネックレスを首に下げて嬉しそうに触っている。

 ……でも僕にはわかる。


 ――わんこ、なんでそんなに悲しそうなの?





 ***********




 次の日は僕は西条さんと予めアポイントを取って、浜辺で会うことになった。

 お見舞いのお返し。

 西条さんのブル子の散歩がてらプレゼントを渡す。

 かしこまって会う間柄じゃないし、これくらいが調度良いはず。


 わんこは僕らを後ろで見守っている。


 プレゼントを西条さんにあげたらすごく喜んでくれた。

 人が喜ぶって自分も嬉しくなる。


 西条さんと話していると、自分が普通に会話出来ている事に気がついた。

 生きるか死ぬかの経験をしたからかな? それとも昨日のわんことのデートが良かったのかな?

 西条さんは綺麗だけど、わんこと話している時みたいにときめかない。

 だから平常心で話せる。


 そろそろ帰ろう、って言うときにブル子がわんこに向かって走り出した!



 わんこが叫ぶ!


「ちょっと!? この雌ブルが! あんたなんかに負けないの! はぁはぁ」


 ――わんこ!? なんか大丈夫!?


「ばうばう〜」


 ブル子は嬉しそうにわんことじゃれていたのであった。




 僕はわんこのそばに駆け寄ると、西条さんはびっくりした顔になった。


 西条さんは恐る恐る僕に聞いてきた。


「ね、ねえ、その人って滝沢くんの……」


「うん、僕の従兄弟」


 明らかにほっとした顔の西条さん。

 僕は続けて言った。


「……大切な大切な従兄弟……世界で一番大事な人だよ」


「ちょっと、ご主……」


 僕はわんこを抱きしめた。


 西条さんが顔を赤らめて声をあげていた。


「わわぁ〜、だ、大胆……う、羨ましい」


 あ、意外と面白い反応だね。きっと西条さんは良い子なんだろうね。


 わんこは腕の中で恥ずかしそうにもがいていた。


「きゃん……恥ずかしいの……」


 ――絶対離さないよ。







 ……だって時間がないんでしょ?







 *********





 僕はわんこと再会してから、だんだん記憶が遠くなっていくのがわかった。


 多分これは……明日まで持たないかも知れない。

 だから、僕は絶対わんこを離したくなかった。


 元々僕が死ぬハズだった。

 だけどわんこが僕を助けてくれた。


 そして、神様がわんこにほんの少しだけ時間をくれたんだろう……


「ねえ。そういう事でいいんだよね? わんこ」


 わんこは僕の部屋で、僕に膝枕をされて撫でられていた。


「うん……そう……もう少ししたら私は消えちゃうの……人間の姿でいられたのは奇跡……私が消えたら……私の記憶も消えちゃうはずなの」


「……そう」


 わんこは嘘を言っていない。

 だって、記憶がおかしくなっている。


 僕は唇を噛みしめる。


 ――どうすればわんこを忘れないのか? どうすればわんこが消えて無くならないのか!!


 どうすればいいんだ!!!


 わんこの身体が時間が経つにつれて冷たくなっていく。



「いやだ……いやだいやだいやだ……わんこと離れたくない……」


「ご主人さま……わんこは幸せなの……素敵なご主人さまと一緒に楽しい思い出が出来て……」


 僕は天を仰いだ。


「――おい! 神様聞いてるか!! 僕がどんな代償を支払ってもいい……わんこを……世界で一番大好きなわんこを……ここにいさせてくれ!!!」


 声は虚しく響くだけであった。



 わんこは僕に手を伸ばして……僕を抱きしめてくれた。


「ふふ……ご主人さま……初めて好きって言ってくれたの……ありがとう……」


 わんこが顔を僕に近づける。

 そのまま、僕に……キスをした。


「――ふぅ……。わんこはご主人さまが大好きです。……生まれ変わっても……どんな事があろうと……また戻ってくるの……だから約束……」


 わんこは首にかけてあったネックレスを僕の首にかけてくれた。


「いつか……思い出して……その時……」


「わんこ? おい、わんこ!! わんこぉぉぉぉぉぉぉーー!!」


 わんこの身体が光の粒子となって、儚く消えていった。


 ――忘れるな。忘れるな。忘れるな!!! わんこだ。ここにわんこがいたんだ。








 頭からなにかが逃げ出して行く。

 それが何かわからない。


 何かわからない。


 僕は何をしていたんだ?


 …………


 僕は部屋にあった鏡を見た。


 泣いている? しかも大泣きだ。僕の感情が渦巻いている。

 僕は……西条さんと散歩デートして……。部屋で勉強して……。


(――違う!!!!!!!!)


 うん、そのままでいっか……とりあえずお風呂でも入ろう。


(思い出せーーーー!!!!!)


 僕はさっさとお風呂に入って。明日から通う学校に思いを馳せた。





 ***********





 身体が軽い。


 僕は大切な事を忘れている気がする。


 クラスは相変わらずだった。

 スタートダッシュで失敗して、入院してまた距離が離れて……。


 でも西条さんだけが話しかけてくれる。


「おはよー、滝沢くん! ねえねえ、今日カラオケ行かない?」


「ああ、良いよ。カラオケよりもブル子と一緒にドッグカフェのほうがいいんじゃない?」


「うーん、そうね……そうしましょ! ……ちっ、せっかく密室で二人っきり……」


「なんか言った?」


「あ、ううん!? 何でもない!」


 僕はこんなに会話が出来る人間だったっけ?



 西条さんと話していると、他のクラスメイトも徐々に僕に話しかけてきた。

 そうして人の輪が広がる。


 僕はクラスに徐々にクラスに溶け込んでいった。






 季節は変わり、高校生活を順調過ごしていった。


 だけどいつも心に引っかかっている事がある。

 それが何かわからない。


 もやもやが晴れない。


 そんな時、僕は首に付けているネックレスを触ると落ち着く。

 ――いつ買ったんだ、これ?



 ネックレスを触りながら海を散歩する。

 これが僕の日課になっていた。

 たまに西条さんが乱入してくるくらいだ。


 変わらない日常。


 そしていつも通り帰ろうとした。


 交差点を渡ろうとしたその時、青信号なのに突っ切ってきた車が横切った。


「うわ!? 危な……って事故ってるじゃん!!」


 車はなぜかハンドル操作を間違えたのか、ガードレールに突っ込んで自爆していた。


 僕は呆然とそれを見る。



(バカ!!  早く思い出せ!! 迎えに行け!! 一生かけて探し出せ!!! 絶対どうにかするんだ!!)


 探す……何を?


(――――だ)




 横転した車の上に、茶色い犬がドヤ顔で座っていた。犬は女の子にも見えるし、犬にも見ええる?

 その姿は半透明で今にも消えようとしていた。




 ――思い出せ思い出せ思い出せ!!

 僕は血が出るほど、ネックレスを強く握りしめる!!


 ああ、そうだ。





「わんこぉぉぉぉぉぉーー!!!」





 僕は走り出す。

 わんこの元へ。



 僕の一番大切で……愛しいわんこの元へ!!!




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