2話:悪役令嬢はバッドエンド必至
「大学だったら休学とかできるんだけどなぁ」
俺は一人、図書室で大きく息を吐き出した。
学校と言ったら魔法学校か宗教の学校しかないこの世界で、休学なんて制度はない。
俺は仰々しく装丁の飾られた校則の書かれた学校の歴史本を閉じた。
「交換留学なんて制度もないし、まさか退学の規定がないなんてな~」
考えてみればそうだろう。
躾の行き届いた貴族の子弟ばかりが集まる中で、よほどのことがなければ退学者など出ないはずだ。
その上魔法学校は魔法の素養が入学条件。貴族の子供全員が入学できるわけでもない。
ちょっとした選民意識を持つ生徒が、退学の恐れがある問題行動等起こすはずもなかった。
「いや、一人俺の学年に例外はいるんだけどね」
そうでなくても、金と権力でちょっとした虐めなら罷り通っているのを俺は見たことがある。
虐めっていうか、パシリっていうか。
親の上下関係が子供に繁栄されちゃう世界だからね。横から口出して親同士の軋轢に発展すると助けたつもりの相手からも怨まれるから、そこら辺はみんなよほど目に余ることじゃなきゃ介入はしない。
男爵家次男の俺に介入できる問題なんてほぼないんだけど。
「ま、悪役令嬢みたいに家の権力で握り潰すなんて荒業する奴、そうそういないし。やっぱり基本的に品行方正で陰険なのが貴族だな」
先日の魔法薬暴発事故は、あくまで事故のまま収束している。
怪しい目撃情報はあるものの、公爵令嬢を罪に問うには教師側も身の危険がある。
同時に、エレンの失敗として一切の責任を押しつけるには、彼女のイケメンガードが固すぎた。
だから、あの事件は魔法薬爆発『事故』なのだ。
「あれでエレンが大怪我してても、事故で済ませられたんだろうな。イケメンも悪役令嬢の家を相手にするのは無理だろうし」
ちなみに俺が悪役令嬢と、前世の知識で物を言うのは理由がある。
絶対数の少ない公爵、しかも公爵の令嬢で在学しているのは、今年コーネリアのみ。
魔法学校内で公爵令嬢と言えばコーネリアなので、誰が聞いてももろバレだ。だから俺は密かに、悪役令嬢と呼称していた。
「実際、ゲームでの悪役令嬢だし。っていうか生き残るには、悪役令嬢に近づかないのは必須だよなぁ。あいつが元凶の一旦担うわけだし」
俺は妹のゲーム全てを見ていたわけじゃない。
それでも、ゲームの中のコーネリアは悪の魔法使いとタッグを組んでいたのを覚えている。二人でこの学園の中にいるモブを、ゾンビにしやがるんだ。
ちなみに、コーネリア側に好感度の傾いた攻略キャラのイケメンは、漏れなく吸血鬼になっていたはずだ。
「はは、吸血鬼とか、ははは」
うん、モブがゾンビでイケメンは吸血鬼? 顔面偏差値による扱いの差がひどい。
まぁ、綺麗な奥さん嫁に貰うばっかりの貴族は基本的に容姿の整った奴が多い。そんな中で抜きんでたイケメンが攻略対象なんだから、生まれた時から顔面偏差値には埋められない差がある訳で。
なんか惨めな気分になるからそこは考えないようにしよう。
「悪の魔法使いも出てくるのは半年先だし、死霊魔法は禁術で最高学年にならなきゃ閲覧は禁止ってか、封印されてて触れないし。やっぱり退学が一番現実的なんだけど…………。怪我して入院…………は嫌だなぁ」
退学を目指すのはいいけど、下手な手段を選べば退学後の人生が狂ってしまう。
ことが起こりそうな日にちを選んで学外へ逃亡するにも、魔法学校は全寮制だ。
敷地内から出るには教師たちが施した幾重もの結界を突破しなければならない。
学生を守る結界が、今の俺には逃げ出せない檻と化している。
「それも悪の魔法使いが一発粉砕なんだから、俺が勝とうなんて無理な話だし」
退学方法を模索して机に突っ伏した俺の耳に、図書室の扉が開く軋みが届く。
俺は本棚の列を抜けた図書室の奥にいる。机も隠れるように設置されているので、入室者と顔を合わせることもないだろう。
そう思って突っ伏したままだったんだけど、近づく足音に顔を上げる。
さすがに自堕落な恰好を見られるのは、貴族として笑われるから。
「足音は、軽い…………女の子か」
こっそり呟くと、俺の目の前の本棚の向こうから踏み台を設置する音が聞こえた。
ほどなくして、また扉が軋み今度は男のものらしい足音がする。目指すのは、俺の目の前の本棚。
これはと思っていると、続いて控えめに開いた扉からは、忍ぶらしい摺り足。
おっと~、何やら雲行きが怪しい?
嫌な予感がして、俺は椅子から腰を浮かす。
同時に、本棚の向こうから爽やかな声が上がった。
「こんな所にいたのか、エレン」
「へ、きゃ…………!?」
「危ない!」
どさっとぶつかる音がして一瞬の静寂に包まれる。
「はぁ、驚かせたようだな。すまない、エレン」
「あ、カ、カイルさま! ご、ごめんなさい。重いでしょうから降ろして…………!」
「重くなどないさ。まるで、羽根のように軽い。それで、怪我は?」
「ありません。ありませんので、どうか降ろしてください。恥ずかしいです」
おっと~、どうやら本棚の向こうでイベント発生らしい。
相手は妹が一番気に入ってた攻略キャラの、カイル=ラングフォードみたいだな。
確か金髪で下手したらスネ夫みたいな髪型なのに、イケメン補正かレーターの腕か、いい感じにお洒落な髪型になっていたのを覚えている。
そしてこの図書館のシーンは何度も見た。
妹は気に入ったものは何度でも遊ぶ性格だったから、ヘビロテしてたルートだ。
「あれ? このイベントって確か…………」
ふと思い出して、俺はこっそり移動を始める。
背後の壁には階段があり、二階のテラス状の書架に行けるようになっていた。
二階に上がって下を見れば、ようやくお姫様抱っこから解放され赤くなったエレンと、満足げなカイル。
上機嫌でエレンが取り損ねた本を取ろうとしている。
そして、そんな二人を別の列の本棚から凝視する、コーネリアの姿があった。
縦ロールの金髪に、気が強そうな細い眉。これぞ美人って顔だけど、紫色の瞳は悔しさと嫉妬で涙ぐんでさえいる。
「確かこの後、カイル攻略ルート進めると、この日のことを妬んだコーネリアの攻勢が強まるんだったかな?」
家同士の口約束とは言え、婚約者として接してきたカイルが、他の女にデレデレしてたら、そりゃプライド傷つけられるよな。
可哀想に。
…………ん? 俺なんでコーネリアに同情してんだ?
「いや、確かに美人だけど悪役令嬢で…………。でも、美人嫌いな男なんていないわけでさ…………」
俺が前世思い出したあの暴発事故、たぶんこいつのせいだし。
いや、初恋の相手が目の前で他の奴とイチャイチャしてるのなんて見たかないだろうから、可哀想な状況と言えるかな。
ちょっと気が強すぎる性格だし。
頑張っても気づいてもらえないって言うか、気づかせないプライドの高さが問題な気もするし。
「うん? なんか頭の中ゴチャゴチャする?」
なんだろう。前世思い出す前もコーネリアをこんなに見てることなんてなかったけど、なんか目が離せないと言うか。
気になる。
あ、耐えられずにコーネリアの瞳から涙零れた。
うわ、悔しそうに涙拭って走り去ってくって言うか、カイルこの野郎!
コーネリア見てんの気づけよ。
婚約者抜いても幼馴染みだろ。小さい頃から知った相手だろ。少しは兄貴らしく気遣って…………!
「…………え?」
俺は気づけばコーネリアを追って図書室を出ていた。
「兄貴らしくってなんだよ。兄貴ってそんな、それじゃあいつが妹みたいじゃねぇか…………。妹、みたい…………?」
女子寮のほうへと足早に去るコーネリアの背を見送り、俺は足を止めた。
髪の色も違う、身長だって違う。体型だって全然違うのに、俺はその背中を見て確信した。
あれは、日本で生まれ育った時の妹だと。
「なんで、あいつ……。いや、ゲームしてたのはあいつだし、モブなんかになってる俺のほうが変なのか? いやいや、今はそんなのどうでもいい。それより問題なのはあいつが悪役令嬢に生まれ変わっちまってるってとこだよ!」
俺は思わずその場で頭を抱えた。
やばい、どうしよう。
ゲーム通りに進む世界だったとしたら、コーネリアにはバッドエンドの未来しか用意されていない。
「なんで生まれ変わってまで恋愛運ないんだよ、あいつ」
コーネリアが妹だった時、あいつは中学で失恋をした。
いい感じだった奴を、友達からの横恋慕で諦めざるを得ない状況に追いやられるという、報われない話だ。
『思春期で無駄に連帯感ばっかりあってさ、他人の悪口を嬉々として言うあの空気に疲れちゃったよ』
なんて、悟ったような顔で言っていたのを覚えている。
初恋は実らないとか言うけど、それ以来妹は親しい友達を作らず、乙女ゲームなんかの家でできる趣味に精を出すようになった。
俺だって彼女はいなかったけど、恋愛自体諦めちまったあの枯れたような落ち着きを思い出すとやるせない。
最後の家族旅行で、きっと妹死んじまったんだろう。
高校に上がったばっかりで、これから新しい人間関係作っていける時期だったのに。
「もう運なさすぎだろ、お前…………」
しかもよりによって今は悪役令嬢だ。
「悪役令嬢って、ゲームではどうなった? 確かあいつ、カイルルートはあえてバッドエンドもやってて…………。そうだ、悪の魔法使いだ」
ゲームの通りなら、コーネリアが恋を叶えたとしても、悪の魔法使いに洗脳され、悪の先兵にされてしまう。
というか、悪の魔法使いの手を借りて意中の男を落とすんだ。で、落とした男を吸血鬼にして、モブは強制ゾンビ。
ヒロインだけが傷心を癒すために学校を離れていて無事だったとかいう。
もちろんヒロインに負けてコーネリアのほうが学校を追われると、怨みの心を利用されて、やはり悪の魔法使いの側につく。
どう転んでも妹は悪に走る。好きな相手と幸せになんてなれない。
「ふざけんなよ……。そんなのって、ないだろ……」
俺は思わぬ再会に、そう吐き捨てていた。
毎日更新全8話予定
次回:弱みを握るには、まずお友達から