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1話:爆発イベントにて覚醒

 魔法というのは便利なものだ。

 嵩張る武器も、重たい鎧もいらない。目に見えない刃や盾が自由自在。

 そんな力が発見されて、体系化し、汎用性を追求されたら、そりゃ偉い人たちは高水準の教育を自分の子供に施すよね。


 俺が何を言いたいかというと、四民平等なんて存在しない世界での魔法学校ってもんは、金持ち貴族の集まる名門校になるってこと。


 で、そんな名門校にいる俺は、爆風で雲の追い散らされた青い空を眺めて失笑した。


 いやぁ、身の丈に合わねぇわ~。

 なんで俺こんなとこにいるんだろ?


 アベル=ボールドウィン、十四歳。それが今の俺の名前だ。

 男爵家の次男で、魔法学校四回生。


 うん、ちゃんと家族の顔もクラスメイトの名前も覚えてる。

 けど、魔法暴発に巻き込まれて頭を打った今、俺はアベルとなるさらに前の記憶を思い出していた。

 俗に言う、前世だ。


 俺は二十一世紀の日本で生まれ育った二十年の記憶の最期を思い起こす。

 確か、ゴールデンウィークで俺が大学から帰省するからって、久々の家族旅行だったんだよな。

 旅行自体は一泊二日の観光地巡り。親のありがたさとか、うるさかった妹の変化だとかにちょっと感じるものがあった旅行だった。


 それで終われば、きっと後から思い出して楽しかったって言えたんだろうな。

 対向車線から暴走してきたトラックと正面衝突なんて、笑えもしない終わりでなけりゃ。


 そう、俺は死んだ。

 衝撃と、間髪入れない重圧で意識がなくなった後は、アベルとして産声を上げていた。

 これは死んで生まれ変わったってことなんだろう。

 今この時まで、アベルとしてなんの疑問もなく生きて来たんだし。


「おい、ボールドウィンの弟、大丈夫か!」


 いつまでも起きない俺に、教師が怒鳴るように声をかけてくる。

 だっれも声かけてくれないよりかはいいんだけどね、先生。去年卒業した兄貴の付属品みたいに言わないでよ。


「大丈夫です。少し、意識が飛んでたみたいで。いったい何があったんですか?」

「そうか。魔法薬の暴発…………事故だ。幸い重傷者はいないらしい。念のため、後で保健室に行っておきなさい、ボールドウィンの弟」

「…………はい」


 足早に他の生徒へと向かう教師に、言いたいことは飲み込んでおく。

 どうせね、家長が全てを相続するこの世界で、長男がすくすく成長した後の次男の有用性なんてないんだからさ。何言っても、長男なしには語られない生まれなのはわかってる。

 わかってるけど、なーんか無闇に四民平等の世の中思い出したせいか、納得いかねぇ。

 俺はそんな鬱屈を別の形で口にした。


「ったく、誰だよ? 来年には卒業だってのに、今さら暴発事故なんて。そんなの一、二回生のイベントだろ」


 四年魔法を学んだ成果か、低学年なら笑い話で済む暴発事故の威力が、下手すれば死人が出そうな威力にまで上がっている。

 これはただの事故で済ませていいレベルなんだろうか。

 そう言えば、教師の言葉の中で、妙に事故という言葉を強く言っていたように感じる。


 俺がぼやいていると無傷らしいクラスメイトが一塊になっていた。

 見える範囲に倒れてる奴いたんだから助けろよ。

 いや、お貴族さまは自分でそんなことしないか。何かする時には使用人に言いつけるだけで自分じゃ動かない。

 男爵家っていう貴族の中じゃぱっとしない俺でも、他人を使う立場なんだよな、今は。

 前世との感覚の違いに頭を掻くと、興奮した様子で話している声が聞こえてきた。


「おい、暴発したのエレン=フィールドの魔法薬らしいぞ」

「え、あいつ魔法薬は得意なはずだろ?」


 どうやら、爆発の犯人についてらしい。

 同じクラスのエレンは、確か真面目で成績も優秀なほうだったはず。

 対応が優しいってだけで、俺は勝手に親近感を覚えてた相手だ。

 正直打った頭が痛いけど、エレンが失敗するなんてよほどの理由があるんだろうと、責める気は起きなかった。


「だから、ついに公爵令嬢が殺りに来たんだろ?」

「馬鹿! 滅多なこと言うなよ。取り巻きに聞かれたらどうすんだ!」

「お前なんて、公爵令嬢じゃなくても取り巻きが親に声かけただけで退学になるぜ」

「エレンみたいにいい男手玉に取ってない限りさ」


 おっふ。

 あんまり関わりたくないこと聞いちまった。

 権力争い、しかも女の嫉妬交じりの刃傷沙汰なんかに巻き込まれて堪るか。


 爆心地に目を向ければ、金髪イケメンの腕に抱かれた華奢な少女が見える。

 ふわふわの赤毛に涙に濡れた碧眼。美人って言うより可愛い顔のエレンは、そうして震えていると庇護欲を掻き立てられる。


「はは…………どうやら俺の好みは、前世から変わってないようだな」


 教室で作った魔法薬を、屋外訓練場で使用する途中。

 移動中での事故だったため、俺を含め周囲のクラスメイトは吹き飛ばされた。

 当のエレンに傷一つないところを見ると、クラスメイトのイケメンもとい、ヴィクター=ハミルトンが庇って、魔法盾でも出したんだろう。

 優秀なイケメンは咄嗟にそんなことできても、ソバカス顔のモブな俺にはそんな芸当できやしねぇ。

 あ、今触ったら後頭部にたんこぶできてるや。


 やっかみ混じりに見ていると、記憶の片隅に浮かぶ情景があった。


「…………あれ? なんかこの風景見たことがあるような?」


 俺は埃を払いながらようやく立ち上がる。周りは突然の事故と噂話に夢中で、俺なんかに目を止めることはない。

 記憶と照合しつつエレンとハミルトンの正面に回り込む。


「ごめんなさい。どうしよう、私のせいで…………」


 怯えて震えるエレンの髪を、ハミルトンは優しく撫でる。


「エレン、そうじゃない。自分を責めるな」


 何やらいい雰囲気で言い聞かせている。

 抱き合う二人の背景は崩れた石柱と青い空。

 う~ん、顔のいい奴はこんな恥ずかしいことしても絵になるもんだな。

 …………絵? 絵、イラスト、なんだろ? こう、喉のとこまで出かかってる感じ。

 思い出せそうな気がするけど、俺やっぱり何処かでこれ見たことがあるんじゃないか?

 でもいつだ? たぶんアベルになってからじゃないような気がする。


 瞬間、俺の脳裏に答えが閃いた。


「うわぁぁああ!」


 信じられない事実に思い至り、思わず頭を抱えて雄叫びを上げる。


「きゃ!? ど、どうしたの? まさか、頭が痛いの?」

「爆発に巻き込まれたのか? どこ打ったんだ?」


 驚いたエレンとハミルトンが俺を心配して駆け寄って来る。容体を問いかけてくるけど、そんなのに答える余裕はねぇ。


 そう、エレンとハミルトンだ。

 それと、なんでか四回生に偏るハイスペックなイケメンども!

 極めつけは公爵令嬢でありながら、子爵令嬢のエレンに張り合うコーネリア=ド・ラーラ!


 こいつらがイラストになって雛壇みたいに並ぶパッケージを、俺は知っている。

 まだ高校生で実家に住んでた頃、妹が居間でテレビを独占してやりまくってた乙女ゲームのキャラクターたちだ!


「うぅ……、う…………そ、だろぉ」

「頭が痛いの? あぁ、ごめんなさい。私のせいで!」

「エレン、お前のせいじゃない。ほら、彼を保健室に連れて行くのを手伝ってくれ」

「もちろん! さぁ、ボールドウィンくん。歩ける?」


 あまりのショックでまともに喋れなくなった俺を、エレンとハミルトンは腕を引いて保健室に連れて行ってくれた。

 うん、めっちゃいい奴。

 しかもエレンは俺の名前ちゃんと覚えてるし。

 クラスメイトとしてちょっと喋るだけだったけど、それだけでいい子なのすごくわかるんだよな。


 けど、この時の俺は一年後に迎えるエンディングを思って悩みに悩んでお礼を言う余裕さえなかった。


 保健室のベッドに寝かされ、俺は目の前に手を掲げる。

 そうして掌を見つめて、引かれた手の感触を思い出していた。

 暖かくて、肌の感触もちゃんとある。どう考えても、あれはゲームのキャラクターなんかじゃない。生きた人間だ。

 もちろん俺だって、アベルとして生きたこの十四年は、ゲームの中では決して語られることのなかった現実だ。


「ゲームじゃないかもしれない、でも……ゲームと同じすぎる」


 もし俺が生まれ変わったこの世界が、妹のゲームと何かしらリンクしていたとしたら。

 一年後に、俺は死ぬ。

 思わず枕を抱き込んで震えた。


「いやいやいやいや。理不尽すぎるだろ? なんだよ、悪の魔法使いに魔法学校が狙われて、モブは全員漏れなくゾンビって。クソゲーじゃねぇか」


 あのキラキラしいパッケージにいなかった俺は、完全にゾンビ配役のモブだ。

 悪の魔法使いの死霊魔法が発動した途端、問答無用で死んでヒロインたちを襲う敵モブにジョブチェンジさせられる。


「嘘だろぉ。次男だから男爵家継げないなりに、魔法使いになって公務員に就職して独り立ちするつもりだったのにぃ。思い出した今なら、危険で不人気な冒険者ギルドへの出向とか面白そうなのにぃ」


 学校から離れれば、確実に乙女ゲームとは違う世界が広がっている。

 前世では不慮の事故、しかも若い身空で亡くなったって言うのに、何が悲しくて乙女ゲームに転生してゾンビにならなきゃいかんのか。


「うぅ、学校にいると一年後には問答無用でゾンビに……、うん? 学校にいると? ってことは、その時学校にいなきゃいいんじゃん!」


 俺は思わずベッドから飛び起きる。


「魔法は平民には開かれていない技術なんだ。そう考えれば、世間にとっては今のままでも俺のレアリティは高いはず…………」


 ただ、単に問題起こして退学じゃ、体裁を気にする家に幽閉されて自由はない。

 それじゃ、ゾンビを回避しても俺の未来は好転しない。

 何か家への言い訳も立って、退学に相応しい理由がいる。


「だいたい一年後だったはず。五回生の卒業間近にゾンビにされたような。ともかく卒業までの一年だ。それまでに、退学するための準備を完成させなきゃ」


 そうしなければ、俺は死ぬ。


 まだ可能性だ。

 死が決定しているわけじゃない。

 それでも、何もせずに一年後可能性を信じて死ぬんじゃ意味がない。


「一年の間に、俺は絶対退学する!」


 生死をかけた俺の一大目標は、数日後、あえなく二の次に追いやられることになる。


毎日更新、全8話の予定となっています。

次回:悪役令嬢はバッドエンド必至

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