過去
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「ウンギャーーー」
小さな集落の外れにある家と呼ぶにはあまりに小さな小屋から、集落じゅうに響き渡るような産声が上がった。
「おおっ!やっと生まれたか!元気そうな男の子だ!よくやったウラディナ!族長のグライ様に知らせてくる。」
彼らの種族は他の種族から迫害を受け少数民族として大陸の北西の山間部の集落でひっそりと暮らしている、高齢化の進む集落で皆が待ち望んだ新しい命が誕生した、父の名は若き魔法鍛冶錬金宝飾師アダマンソル、母は星占術師ウラディナ、アダマンソルは大声を張り上げながら村の中心地に向かって走って行った。
「生まれて来てくれてありがとう、私はあなたの母親のウラディナよ早く宝石眼が無事に開く事を願っているわ。」
村長に報告を済ませ、息を上げながら戻ったアダマンソルが涙を滲ませながら笑顔で言う。
「ウラディナ、息子の名前はアステリオで良いだろうか?私の金剛の瞳がそう名付けよと言っているように感じるのだ。」
「ええ、素敵な名前ねとても力強く感じるわ、おめでとうアステリオあなたの人生がこの名前と、これから開く瞳と共に光り輝く道を歩いて行く事を願っているわ。」
その後村では二十日後に行う『開眼の儀』のための準備を笑い声と共に村人総出で開始し、無事にアステリオの開眼の儀の舞台は整ったのだった。
村民が取り囲むように焚かれた六ケ所の篝火、その中心部に小さな舞台が設えられその上に村長が立った。
「この度我が村に新しい命が誕生した、金剛石を持つ父アダマンソルと瑠璃石を持つ母ウラディナの男児アステリオである、久しく無かったこの目出度い事を皆で祝い、そして種族最長老の御婆様の行う開眼の儀を執り行いたいと思う。」
長老の第一声が終わると大歓声が上がる。
「せっかく皆が一つ所に集まった良い機会だ、我らが何故長命なのか、何故体に宝石を宿しているのか、アステリオの両親のように若い者達が知らぬ我が一族の話をしておこうかと思うての・・・我が話すより御婆様が語った方が良いと思うしな、御婆様お願い致します。」
村長がゆっくりと舞台を降りて御婆様に近寄ると笑顔で頭を下げ、座っていた御婆様の手を取りながら立ち上がらせて舞台へと送り出した。
「ふぅ・・・グライも伊達に長く村長などやってはおらんか・・・重要な話を自然に丸投げし、誰も疑問に思わせぬとはな、仕方がないのう・・・では我が話して聞かせようかのぅ。」
御婆様が舞台上でやれやれという態度でため息交じりに話しだす。
「まずは我等種族誕生の伝承からかのぅ、事の始まりは我等の先祖は天女様とされる、女神様が自分の側近の天使様や天女様に愛を教えたが為である。」
「なぁ御婆様、話の途中で済まないが女神様達についてお聞きしたい、女神様は分かるんだが天女様と天使様との違いがわからん、天女様が御先祖様なのであろう?」
「おぉその違いも説明せねばならぬか、皆も良く聞け今アダマンソルが疑問にした事だが女神様は自分の神事において手伝わせる側近として天使を使役する、手伝わせるのには自分に容姿が近い方がどう動くか分かるので天使は自分を模写させておる、片や天女様は女神様の私事の為の側近である、地上に用がある時に天界から降臨されてもヒト種との違いは殆ど無いので騒ぎにならず溶け込める、羽を持った天使様が降臨されたら地上は大騒ぎじゃろう。」
「じゃから愛を求めた天女様達はヒト種の男衆と愛を育み子を生したのが我らの祖先なのじゃ、不死の天女様との子孫なのだから長命になるのが当たり前、だから我が種族はこの大陸で一番の長命種である・・・まぁハイエルフもかなり長命では有るがの。」
静かに聞いていたアダマンソルだが、フッと更なる疑問が浮かぶ。
「なぁ御婆様、我らの種族の婚儀は同一種族同士かヒト種との混成であろう?ゆっくりと天女様の血が薄まっていくのではないのか?」
アダマンソルから素朴すぎる疑問を聞いて御婆は思考が止まりかけ、一瞬キョトンとしてしまい、周囲の者達らも変な笑顔になってしまうのだが、流石は長老の御婆である、思考を切り替えながら答えをポンと口にする。
「何を言うておるアダマンソル、そこにおるウラディナの母親に聞いてみぃ。」
「は?義母上殿にとは・・・何故?」
義母はケラケラと笑いながらアダマンソルの方に顔を向けながら口を開く
「婿殿、私は宝石眼を持っていないのですよ。」
「ん・・・・んんんん・・・?あれ?義母上殿の年齢は・・・三百歳を超えているはず、ヒト種じゃ有り得ない年齢・・・ヒト種じゃ無いって事は他種族なのか?しかし我等はヒト種か同族以外とは子が出来ないはず・・・さっぱりだ。」
何やらブツブツと呟き始めたアダマンソルを見て、御婆は深いため息をつき一呼吸置いてから話す。
「何と間抜けな!アダマンソルよ息子のアステリオに笑われるぞ、そなたの嫁の御母堂様は最後に降臨された天女様じゃぞ、誰も天女様の御降臨は最初の一度きりだとは言っておらんではないか、最初こそかなりの天女様が御降臨されはしたが、その後も一人、二人と何百年毎に少しずつ降臨しておるのだぞ、全く金剛石など宿しておるくせに・・・。」
自分の嫁の母親が正真正銘の天女様と聞かされたアダマンソルは、自然に血統による種族的地位が体を強張らせ思考も完全に停止させ、再起動し始める頃には家族内でのヒエラルキーで自分が最下層なのだと理解し震え出した、それを見ていた御婆が。
「アダマンソルよしっかりせい!息子のアステリオが悲しむような態度は見せてはならん!分かっておろうぞ・・・話が逸れ過ぎたな、続きを・・・。」
「フム、折角天女のアーレス様がおるのじゃし、我が種族が持つ宝石眼についての説明は任せようかの。」
御婆は舞台の上から、初孫に浮かれ気味のウラディナの母に視線を送りながら舞台を降りたのだった。




