変革
龍神がホメロ様の要請で一旦飛んで居なくなり、私はホメロ様に準備にどれ程掛かるのか聞いたが、答えは思ったより掛かりそうであった。
「いくら星が小さいとはいえ世界樹が足りないから創造してやらなければ星が死んでしまう、龍体もあちらの星に実害無いように魔力を調整しながら持って来なければならないので、戻れるまで半月は掛かるだろう、ふむ、アステリオに施している眠りの波動を切れ、準備が整うまでに彼がどうなるかわからないので、彼を一旦時空の繭で包み凍結して時空間に保護しておこう、その間アステリアも準備するが良い。」
ホメロ様の力によりアステリオの周囲が眩い光に包まれ消えていく様子を見つめ、長い余韻の後挨拶をして私は天界に戻る為に力を使った。
「今戻った、何があったか調べ尽くす、全ての側近はこの事案だけに尽力して欲しい、今あの村はどうなっている。」
念話ではなく声を張り上げる、即動く事を考えて肉声で皆の意識を自分に向ける、そして皆が集まって来る。
「主様が飛ばれた後、ヒト種が何をやったのかの分析、その後の行動も皆で監視しておりましたが、この距離での監視だけでなく認識阻害がなされているようで、中々行動が読めません。」
駄目だ、側近からの報告を聞きながら自分の意識の変革に気付く。
『別れる直前のホメロ様の言葉、自分を見つめ直せとの言葉を噛み締め理解した・・・あぁ、私は女神失格なのだな。』
心の奥底から湧き上がる黒い思いが何か知っている、そんな女神はあってはならない、ならばホメロ様は側近にも自由にさせろと言っていたのだから、行動に移す。
「私はこれより女神としてやってはならない事、禁忌に抵触しようが形振り構わず行う、今後落ち着いたら私は女神を降ろされるであろう、それでも私に付いて来てくれる者だけで事に当たりたい、まずは事態の完全把握を目指す、あの場所に降りて貰うんだが、もう羽衣だけでは不安が多いので、禁忌かわからんが創造神様の真似事を考えている、羽衣で器を創る、その中に龍神に頼んで龍神の一部を借り受け、一緒に降りる者に安全な距離を取って操ってもらう、そして都合を見て当事者の記憶を読み取ってきて欲しい、急ぎで済まんが行ってくれる者は皆で話し合って決めてくれ、私は龍神と自室で連絡を取る。」
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「ええぃ!まだ見つからぬと言うのか!お前達は無能の集団か?星読み師を呼べ!禁忌の術書を与えたというに何をしている!古代の歴史書の解読は進んでおるのだろう!」
朝から大声を上げて癇癪を起して喚き散らす、二日に一度は起こる日常、頭を下げたまま時が過ぎるのを待つ、鈍い数度の痛みが肩に続き背中に移り、間を置いていつも通りの言葉が聞こえた。
「顔も見たくない下がれ。」
他の者達と廊下に出て扉が閉まったのを確認してから溜息をつく、弱さは見せられない、背筋を伸ばし前を見据えて歩き出す。
第三王妃の近衛騎士団控室へ向かう、部屋に入り執務机の前に座りながら副団長に声を掛ける。
「問題は?」
「何もありませんよ、ここは他国に笑われないようにと見栄で作られた近衛の部屋、用が有る者も訪ねて来る者もありませんよ、所でアンジュの方はどうでした何か進展が?」
「有るわけないだろう、王妃が癇癪を起してテーブルの上に乗った物をぶちまけていつも通り頭を下げて殴られて終了さ、あの怪しさ満点の黒ローブの集団が王妃と一緒になって何を探してるのかこっちには情報がないんだから関係無いのだがな、何でも良いから御茶でも入れてくれ。」
今では名ばかりの騎士団だ、訓練すら最後に行ったのは何時だったか、団員も小隊とも呼べないたった十二人しか居ない、あの黒ローブの集団を見るようになってから王妃は変わった、第二王子の自分の息子への執着が目に余るようになった、何やら第一王子との跡目争いに躍起になっているようだし。
「第一王子は中々の人物と聞くが、第二王子は穀潰しの無能と噂されてるようだが、最近何をしてるのか聞いて居るか?」
「あら、その質問には答えられないと言ったら上司権限で強制されそうね、だから敢えて知らないと言おう、第二王子に『英雄』の肩書を与えて、そのドサクサで第一王子を亡き者にして出来れば国王も消し王位を簒奪しようなどと計画して居る何てこと私は何一つ知りませんよ、死にたくないので。」
「はぁ?意味わかんない、どういう事よそれ、何気に恐ろしい事をサラッと言ってるし、エイリが知ってる事って、詳しくは・・・聞かない方が身のためね。」
「コラコラ素が出てるわよ騎士団長様、噂よ噂、とにかくきな臭い事この上ないって事、私は潮時って思ってるわ、アンジュもそろそろ退団する事をお勧めするわ。」
この得も言われぬ不安は何だ、いつも飄々としているエイリが団を抜ける事を考えているのだ、何かが起こるのだろうか、それにしても何故か色々な事を知っているエイリに思わず頭で考えて居た事が口に出た。
「なぁエイリ、星読み師って何だ?」
返事は無い、ティーカップを口元へ当てながら驚愕の顔で首だけこちらにゆっくりと回している。
「お、おぃエイリそれ程の職業なのか?私は初めて聞いたのだがそんなの珍しい職業だとは知らなかった。」
そう言いながら私は執務机から離れて、テーブルを挟んでソファーに座るエイリの正面に座りながら、聞いてはいけなかったかのだろうか、と考えて溜息をついた、そうしているとエイリが言葉を発した。
「ねぇアンジュ、私の両親の職業知ってるわよね、母が魔術師でその魔術の理を解析して金持ちや貴族が通う魔術学校などに売って暮らしてる、父は母の手伝いで何時の間にやら考古学者になってた、私は小さい頃から父の資料を見ながら母から魔術の理を教えられて育った、でねアンジュ、あなたが言った星読み師ってヒト種では有り得ない職業よ、母は私達の種族が使えるようになる魔術、魔法は全て『理』の内側に有るモノだけ、星読み師って『星占術師』と言われる職業で星占術は理の外の職業、それにもう使える種族は絶滅してるはず、父が言っていたかな、種族名さえ伝承で残っていない忘却の種族だと、今日アンジュは泊まりでしょ、私は帰ってから父にちょっと聞いてみるわ、それからその星読みって言葉は他では言っちゃ駄目よ、それこそ怖いから、消されたくないの私、もうすぐ御昼だけどどうせここで喋ってるだけなんだから、今日はもう帰るわね、お母様にも色々と聞きたい事が出来たし、アンジュは余計な事しないでここでおとなしくしていてね。」
その後エイリは紅茶を一気に飲み干して『明日ね』と言いながら執務室の扉を開けた、私はゆっくりと体を背凭れに預けて全身から力を抜き目を閉じ考える、お腹は減ってないしこのまま一眠りするか、そう思いそのままソファーに横になった。
それからの数日は第三王妃の呼び出しも無く、平穏そのものの日が続き、団員からエイリが暫く休むとの伝言を受けた後、久しぶりに朝からの呼び出しがあり重い足取りで向かった。
「今日から戦闘訓練をして貰います、その数日後にそちらの魔術師の方達と合同訓練をしてもらいます、まぁ魔術師の方達との訓練は一日やれば良いでしょうし、それでは近衛の団長さん御願いね。」
癇癪も無く大声も無く、まるで昔の王妃に戻ったかと見紛う程の優しさ溢れる言葉使いに驚きながら返事を返して退室し廊下を歩きながら呟く。
「いったい、何が起こっているんだ・・・。」
執務室へ向かう途中に団の詰め所に立ち寄り明日からの訓練の話しを団員にしておく、その後はいつも通りだが、訓練内容を考えながら久しぶりに剣の手入れをして過ごした。
次の日の朝、王女からの使いが来て一枚の紙を置いて行った、内容は訓練の内容と意味が書いてあった、夜間の隠密移動と集団戦闘だ、敵は女王と王子に向けられた殺人集団、早くに情報を掴んだがため、こちらから敵への先制攻撃での殲滅戦だそうであった。
疑念はあった、しかし命令は絶対である、少ない団員に喝を入れ毎日の訓練も手を抜かず練度を上げる為必死に熟す、そして決行の日の前日になり黒ローブの魔術師集団との合同訓練との事、団員たちと一緒に練兵場へ向かった。
途中でエイリがヒョッコリ戻って来て挨拶を皆にしながらも『詳しい話は夜にね』と私の耳元で話しそのまま練兵場に到着、隊列を組んで暫し待つと、魔術師集団がやって来て、自己紹介と魔術師集団との隊列の話などしていくうちに、魔術師が何かを呟き始めた迄は・・・その後何故か頭がボーッとしだし・・・。
轟音と眩い光の明滅に意識が覚醒しはじめる、しかし体が勝手に動く黒ローブの誰かが口を動かす度に自分が自分では無いように素早く的確に肉体が悲鳴を上げようがお構い無しに俊敏に動く、意識との乖離が激しく頭痛がしはじめ、頭痛と共に何かが聞こえる気がするがそれでも私は剣を振るっている、そんな時に黒ローブの一人が声を上げる。
「見つけたぞ、その男の石を早く取り出して来い。」
私の体は黒ローブの指図通りに動く、そして指示された男の死体を切り刻み、透明に輝く石を見つけて取り出し、その石を見つめていると黒ローブが石を私の手から毟り取って行く、それを見つめていると少しずつ意識が戻って来る。
『何だこれは、私はいったい何をしている、それに彼らの容貌は何だ、これが殺人集団だと、周囲に散らばる絶世の美男美女達の死体は何なのだ。』
声は出ない、まだ操られているのだろう、頭では驚愕しながらも淡々と死体からの石集めをこなす、私はこの光景と自分の行動が理解できずに脳が悲鳴を上げ完全に覚醒したがために自分のしている事を理解し驚愕し手放しそうになる意識と闘いながら現状を把握しようと考える、戦場は熱波で昼過ぎまで入れなかったようだし、死体漁りは午後遅くから始めたようだし、黒ローブが大声で何かを喚いているのだがわからない、いよいよ頭痛が酷いし幻聴もはっきりして来た『お前の意志が善寄りだからこそ記憶を見させて貰えた、かなりの負担を掛けたがもう十分だ、済まなかったなもう眠れ。』どうせ体は奴らが動かしているんだからと自嘲気味に意識を手放す。
「これが探った者の記憶の全容です、他の者にも何とかしたかったのですが、アンジュとかいう女に憑いていた魔術師だけが能力が低かったようで、思考が善寄りで信じやすい体質だったからでしょう、それから認識阻害の黒ローブですが・・・羽衣と同じような技術が・・・。」
その報告を聞いた瞬間、私の心に罅が入った気がして絶句した。
『ああ駄目だ、このまま自分で手出し出来ず無為に時間を過ごし、新たな情報を聞いてしまったら、私は自分が管理を任せられた星を消し去ってしまうだろう。』