第一章 バイオリニストと踊り子
ラス村をあとにしたバイオリニストは、次の街への道を進んでいた。
ラス村で、演奏したこのバイオリニストの名は、フォン・リスト・ヴァンクリーフという。
フォンは次の街へと急いだ。ラス村の酒場で聞いた話によると、この辺では盗賊団が出没すると言う話だからだ。
フォンは争いを好まないうえ、バイオリンを取られてしまってはどうしようもないため、盗賊団とは出会いたくなかった。「盗賊か、できれば出会いたくないものだが・・・」
次の街ではバイオリンの手入れをする器具や弦のスペアを買う予定なのだ。
それに旅をしている以上、食料も補給、または調達しなければならない。
なので、一銭たりとも盗賊に渡すことはできない。ラス村では、およそ銀貨50枚を稼いだのだがこれをそれの足しにしたとしても、まだ予定の品物には届かないだろう。
フォンは不安を増長させながら、盗賊団が出没するというラス山の峠に足を踏み入れた。
ラス山の峠は緩やかな丘と小川からなる平坦な道のりが続く。
この小川が、山からラス村へと澄んだ水を運んでいるのだろう。
この峠を越えればまずは一安心なのだが・・・。フォンは、峠の半ばを歩いていた。
峡谷の橋にさしかかった。が、しかし橋のあたりに人影が見えた。
盗賊である。
「止まれ。我々はこの橋を占拠している。見ての通り盗賊といった所だ。」盗賊達の中心にいた者が言った。
「そうか、それは残念だ。俺に金を出せというのか?」落胆したようなそぶりも見せずにフォンは落ち着いて訪ねる。
「いや、おまえ自身が出す必要はない。これから、アジトへお前を連れて行き、荷物から金目の物を取る。だが、旅人からではさほどはふんだくれないだろうがな。」
フォンは、抵抗せずに盗賊団のアジトと思しき場所に連れて行かれた。
山中の洞窟につながる小屋、そこが盗賊のアジトであった。
「ここで、おとなしく待っていろ。」とフォンは牢屋の中に閉じ込められた。
「・・・・・、これだから盗賊というやつは・・・。俺は争いは好まないというのに。」
フォンは、机の上にある荷物を見たが手が届かない距離であった。
しかも、下っ端らしき者に見張られていては身動きが取れない。
今日は、牢屋で一日を過ごすのか、とフォンが寝そべろうとしたとき。「あなたも、盗賊団につかまってしまったのですか?」と、女の人の声がした。
向こう側の牢屋に、幽閉されている女性だ。
女性は言った。
「あなたもつかまってしまったのですね・・・。ここの盗賊団は、村を襲いを襲ったり、道を通る旅人や商人を襲って金品を巻き上げたりと、盗賊行為を繰り返しているのです。私は、一週間ほど前に村を焼かれて、ここに連れてこられました。」
「君の身内も殺されてしまったのかい?」「ええ・・・村の生き残りは私だけです・・・。私もいつ殺されてしまうのやら・・・。」女は落ち込んでしまった。
「お気の毒に・・・。」フォンは、悩んでいた。
「ここで、アレを使ってしまっては自分のケジメを破ることになる。だが、このままではこの女も私も殺されてしまう・・・・。」長い時間考えた末、ようやく決心し時を待った。
その日の夜・・・。
フォンは盗賊団の頭らしき人物の前に引き出された。
「さて、お前はもう用済みという訳だが、何か言い残したことはあるか?」と盗賊の頭は口元をにやりと動かして言った。
「はい、最後にバイオリンで演奏をさせていただけないでしょうか。」
フォンは、簡単な頼みごとを盗賊頭に要求した。
盗賊頭も「そのくらいのことならいくらでもさせてやろう」という風にフォンにバイオリンを返した。
周りの盗賊も、「バカなやつだ」などとフォンの方を笑っていた。
そして、フォンの演奏が始まった。
ラス村で弾いたのに似た、静かな曲であった。
まるで死期が近づき、子に別れを告げる親鳥が悲しく木の上で歌っているかのような・・・。
盗賊たちの心にも、村人達と同様にこの音色は響いていた。
盗賊たちは、この音色に聴き入っていた。
フォルテとピアノが連譜を大いにひきたてている。盗賊頭も、この音楽に聴き入っていた。
低・高・低の3つの和音が第一楽章終了の合図だった。
しかし、フォンの演奏は第二楽章へと続いた。
今度は、テンポの速い曲。
一つのバイオリンが織り成す音色が、山に建った小屋に響いていた。
徐々にテンポが遅くなり、今度はいきなり早くなる。
今度は和音を使って、連譜をいっそう目立たせている。
そして、アンダンテの部分でゆっくりと丁寧に弾き和音を立てて第二楽章が終了した。
フォンが第二楽章を終了しても、盗賊達は余韻に浸っていた。
盗賊達が音に酔っている。フォンは、この隙を付いた。
フォンが、バイオリンで第三楽章を引き始めた。
すると、ラス村の時と似ているが、違う現象が起こった。
いきなり、盗賊たちのまとっていたローブや服が、まるで刃物に切られたかのように次々と切れていった。
「何だこれ!?」「うわぁっ!」という盗賊達の慌てふためく姿。
盗賊頭も、きょとんとしている。
「この瞬間を待っていた。君達は、私を甘く見すぎたようだね。」
フォンは、バイオリンを弾きながらに盗賊頭に言った。
「お前の仕業か、これは。一体何をした!」盗賊頭は怒りをあらわにしている。
「音楽を奏でるというのは、精霊との契約と同じなのだよ。だから、こうして魔法を使うこともできるという訳だ。」フォンは、得意げに説明した。
「つまり、お前が俺に楽器を持たせたときに、勝負はついていたのさ。」
「くそう。皆、出て来い!コイツの演奏を止めさせろ!」盗賊頭が叫ぶと、武器を持った多数の盗賊がフォンの周りを取り囲んだ。
「もう無駄だよ。」そういうと、フォンはテンポ良くバイオリンを弾いた。
すると、盗賊達の持っていた武器が、すぱっと音を立てて切れていった。
盗賊頭も斧を取ったが、次の瞬間に斧が音を立てて切れ、崩れていった。
盗賊は全員気絶、フォンがそのメロディを最後まで弾くと、全ての牢のカギがガシャリという音をたてて外れた。
あの時牢屋越しに話した女性が姿を現した。
清楚な感じの蒼く綺麗なストレートの髪、白い服を纏った女性。
その女性は驚いたようにこちらを見てこう言った。
「あんなにいた盗賊団を・・・。彼方は一体何をしたんですか・・・?」
「魔法だよ。風の刃を生成して武器を切り落としていったのさ。」
「でも、杖や呪文もないのに・・・どうして魔法が使えるんですか?」
「魔法というのは、精霊との契約である"詠唱"、力をコントロールするための"集中"、そして"発動"。その三つを行うのは、音楽で行えばいい。より大きな魔法を扱うならば、楽章の長さが長くなっていく・・・。だから、魔法使いのように"詠唱"と"集中"をせずに発動できるというわけだ。俺の場合は、杖を媒体としないだけで、バイオリンを使っているからできるのさ。」
そういうと、バイオリンをケースに戻し、気絶した盗賊達を牢屋の中に入れていった。
「君も手伝ってくれるかな?」フォンは、微笑んで言った。
「わかりました。でも、もう一つ教えてください。」その女性は訪ねた。
「彼方は・・・何者なんですか?」
フォンは、また微笑んで言った。
「俺は、ただのバイオリニストさ。」
盗賊達を牢屋に詰め終わり、フォンと女性は小屋を出た。もう夜になっていて、星空が輝いていた。
二人は小川の近くまで歩いた。すると、フォンはバイオリンを弾き始めた。
ゆっくりとしたリズムで、協和音を奏でていた。全体がピアノ、アンダンテ(歩くような速さで)で構成された、優雅な曲である。
ゆっくりと、旋律を奏でていると、その女性は踊りだした。
その踊りも、フォンのバイオリンに負けないくらいにゆっくりと優雅であった。
すると、小川の水がバイオリンに同調し、波紋を生み出した。
女性の踊りにも、精霊は反応していた。風の精霊が、彼女の周りに違う空間を作り出しているように舞っている。
フォンは、目を見開いた。しかし、演奏をし終えるまでは、なんともいえない。
そして、彼等と精霊たちとの宴も終わり。
フォンは、彼女に言った。
「君も精霊と共鳴できるほどの踊り手なんだね。驚いたよ。」
「そうなのですか?私は踊り子で、村では神に捧げる神聖な踊りですから、精霊たちもそれに反応したのかもしれません。」彼女は言った。
「そうか、しかしなかなか素晴らしい舞でしたよ。このようなものは、大きな町でもそうは見られない。それで、これから君はどうするんだい?」
彼女の村は盗賊達に荒らされてしまったため、彼女には帰る場所が無かった。
彼女は深く考えこみ、悩んだ挙句こう言った。
「あの・・・よろしければ、一緒にお供させてくれませんか?もちろん、よければですが・・・。」
フォンは、答えた。
「かまいませんよ。私は一人旅でしたからお金もあまりありませんが、行く先々の街や村でバイオリンを弾いてお金を稼いでいるので、踊り子さんが加われば楽しくなりますし。」
「そうですか。ありがとうございます。」彼女はにこやかかつ元気に言った。
「俺はフォン。フォン・リスト・ヴァンクリーフだ。よろしく。」と手を差し出した。
「こちらこそ。私はシャロンといいます。シャロン・ブリュッセルです。」と彼女も微笑んで言った。
こうして、二人の旅は始まった。
ケータイでも投稿しましたので誤植等はおきになさらず読んでいただければ幸いです。