第1回〜チート能力を貰って異世界転生した件について〜
「世界最強クラスのチート能力が欲しいです!」
俺、伊月ゆうはなにもない白色空間で天使様に向かって土下座していた。
「お願いします! せめて転生した異世界でくらい俺に惚れた可愛い女の子に囲まれ、人々から称賛され、魔王を倒し世界を救った英雄という地位に就きながら一国の姫様と子孫を残し、新たな国を築きながら伝説となり天寿を全うする! そんな人生を送りたいんです‼︎」
「長い! どれだけ欲望に従順なのよあなた! しかもヒロインに囲まれながら最終的には高貴な身分の姫様と結婚とかただのヒモじゃないのそれ⁉︎」
俺の全身全霊、嘘偽りのない願いを聞き届けた天使様が放った最初の一言は、まさかのツッコミだった。
真っ白い羽で宙を舞う、女神のように美しい金髪の天使様は、困り果てた表情で盛大なため息を吐く。
「一応確認するけど、現世で自転車とぶつかって死んだあなたの魂をわざわざ生と死の狭間の世界まで運んであげて、もう一度だけ人生をやり直すチャンスを与えてると言った、そんな恩人に向かって図々しいとは思わないのかしら?」
「いやぁ、貰えるものは貰っておく主義ですので」
「いや、私あげるなんて一言も言ってないわよ……」
「やだな、天使様。現世で死んだ主人公が異世界で転生する際に最強のアイテムやら能力を神や女神様から授かるなんてそんなの当たり前、ありふれたテンプレ、常識じゃないですかぁ」
「いや、そもそも私天使だし。神様でもなければ女神様でもないからそんな権限ないから」
「そんな馬鹿な! それじゃあ俺の異世界ハーレムラブコメ、魔王討伐伝はどうなるんですか⁉︎」
「だから知らないわよ! あなたの妄想の中の話なんて!」
絶望だ!
これはなにかの悪い夢だ!
そうだ、そうに違いない……。
「つまりここにいる天使様は偽物⁉︎」
「もう一回死んでみる?」
「ひぃ、すみません」
体が自然と強張るような殺戮の笑みを浮かべられ尻すぼみしてしまう。
こ、こえぇ、天使様ってこんなに恐ろしい存在なのか!
「はぁ……仕方ないわね。それで世界最強クラスのチート能力だったわね。これから転生する異世界に伝わる最強魔法・スキルをすべて習得した状態からスタートってことでいいかしら?」
「えっ? いいんですか?」
なんか天使様の方から早々に折れてくれたぞ!
ラッキー。
「私が助けた命が新しい世界でお粗末なものになるっていうのも目覚めが悪いからね。今回ばかりは特別よ」
「おおっ! 天使様サイコー! まじ天使‼︎ って元々天使様か!」
「調子が良いのは結構だけど、最初から最強だからって足元をすくわれないことね」
そう忠告すると、天使様はパチンと指を鳴らす。
すると、俺の体の周りに淡い光の粒子が集まってきて、スゥと体の中にそれが溶け込んでいった。
「これであなたは最強魔法・スキルのすべてを習得したわ」
おぉ、なんかファンタジーっぽいないまの!
伊月ゆう、一生物の感激を経験しました!
「それじゃあ、旅立ちなさい。伊月ゆう。そして今度こそ死ぬんじゃないわよ」
天使様がそう言い残した瞬間、世界が光に包まれる。
徐々に天使様の姿が霞んでいき、俺の意識は暗く静かな世界へと落ちていった。
◆
「おいっ、大丈夫か?」
暗く沈んでいた意識がだんだんと鮮明となっていく。
それに比例して、耳に伝わってくる音もはっきりとしたものになる。
俺、誰かに心配、されているのか?
「あれ? ここは?」
「ようやく気がついたか。兄ちゃんそんなところで寝ていたら風邪引くぞ」
目を覚ますと俺は、バーテンダーのマスターが着るような紳士服に身を包んだおじちゃんに顔を覗かれていた。
「……そうか、俺天使様に異世界転生されて」
「どうかしたのか兄ちゃん? 独りでブツブツ言って」
「おじさん! ここはなんていうところですか⁉︎」
「急になんだ! ここは、リムダーム王国の城下町だが、それがどうした?」
現世にはなかったような国名。
いかにもファンタジーらしい王国!
間違いない、俺は異世界にやってきたんだ!
「ヒャッホーい⁉︎」
「うわっ、なんだ急に!」
「ふふっ、おじさん。いまこの世は闇に染まろうとしている。だが、俺こそがそんな世界に光をもたらす存在! じゃあな、平和になった世界でまた会おうぜ⁉︎」
ふっ、決まったぜ!
自画自賛マックスなハイテンション状態で俺はおじさんに背を向け駆け出す!
さぁ! ここから俺の無双伝説が始まるぜ⁉︎
「……ゴミ箱の中で寝ているただの酔っ払いかと思ったけど、ただの変なやつだったか」
◆
さぁ、さぁ、さぁ!
俺の伝説の最初の礎となるのはどこのどいつだぁ⁉︎
活気溢れる城下町を駆けながら俺はお決まりのイベント遭遇を待つ(あっ、ちなみにちゃんと人は避けて走ってます)。
しかし、本当に異世界なんだな。
周囲の家の作り、素材、装飾、どれをとってもファンタジー世界そのもの。
ゲームや小説なんかでみるような世界観そのままだ。
「やめてください!」
「んっ?」
ふと、日も差さない暗い路地からか細い女性の声が聞こえてきた。
これは……おきまりのイベント予感⁉︎
ならば、と俺は疾走する体を急停止。
声のした方へと方向転換し、真っ直ぐ路地へと突っ込む。
おっ、ビンゴ!
ある程度進んだところで、二人組の柄の悪そうな輩がひとりの女の子をたかっていた。
小柄で、髪を三つ編みにし、頭に被ったペレー帽が特徴的な女の子は怯えた様子で輩と話をしている。
しかもさすがは異世界!
モブキャラっぽい立ち位置というにも関わらず女の子はかなりの美少女‼︎
「おいっ、そっちからぶつかってきておいて謝りもなしか?」
「すみません……ですが、不注意だったのはお互い様です!」
「あぁん、おまえ兄貴に楯突こうってのかあぁん?」
些細ないざこざだが、俺を引き立てる演出としては十分。
ここはパパッと俺の能力を女の子に見せて一気に有名になっちゃいましょうか。
「おいっ、そこの頭悪そうなお二人さん」
「「あぁん? なんだテメェ?」」
俺が軽い挑発混じりに声をかけてやると、二人して同じ反応を返す。
「弱い者たかって楽しんでじゃねぇよ、下衆共が。痛い目みたくなかったらさっさとお家に帰んな」
「ちっ、仕方ねぇ」
そのままそくそくと退散する俗物二人組。
うんうん、そうやってビビって逃げてくれれば俺は喧嘩せずに済むーー
「って、ちが〜う⁉︎ えっ、なんで逃げようとしちゃうのお二人さん!」
「いや、だっておまえとは別にぶつかってないし。因縁もなければ縁もないから」
なんか俗物に正論言われた⁉︎
「いや、でもそこは頭悪いなりの反応してもらわないと困るんだよね! ほら、助けにきたヒーローに向かって雑魚キャラみたいな台詞吐きながら襲いかかってもらわないと」
「そう言われてもなぁ。俺らおまえと喧嘩する理由ないし」
「そこをなんとか! 俺の面子を立てると思って」
気づけば俺は俗物に懇願していた。
冷静に考えてみたら、なんで俺が頭下げているんだろう?
「なんだか、わからないけど、やり合うからにはこっちも本気でいかせてもらうぞ」
「よしっ、かかってこい! っと、その前に……そこのお嬢さん」
「はい、なんでしょうか?」
いままでのおかしなやりとりを間近で見ていて呆然とししていた彼女だったが、俺の声でふと我に返る。
「この世界で最強クラスの魔法の名前って知っているか?」
「最強クラスの魔法ですか? 最強の炎系の魔法“フレイム・ノヴァ”なら聞いたことありますけど……」
「よしっ、わかった。お嬢さんは危ないから俺の後ろに隠れているんだ」
「はい?」
とりあえず俺の指示に従ってくれるお嬢さん。
よしっ、あとは俺がここで最強魔法を使って俗物を撃破する。
これで完璧なシナリオのプロローグは完成する!
「くらぇ、万物を燃やす灼熱の炎“フレイム・ノヴァ”⁉︎」
意識を集中して、力を解放!
これで俗物二人は灼熱の炎の餌食に……。
「おまえ、なにやってんだ?」
「あれ?」
なってない?
というより魔法が発動してない⁉︎
ど、どういうことだ! たしかに俺は天使様から最強の魔法・スキルを授かったはずなのに!
というかこの沈黙が痛い。
あれだけ大口叩いた割に魔法スカとか……。
俗物だけじゃなくて、後ろにいるお嬢さんにまで冷たい目で見られているよ。
「俺たちも用事があるんだよ。お望み通り本気で喧嘩してやっから、さっさと拳構えろや」
大柄な俗物二人が、ポキポキと指を鳴らしながら迫ってくる。
「ちょっ、タンマタンマ! 俺いま利き手の力を封印していて本気で殴りあえーー」
「おらぁ、ささっと成仏しろやこの野郎!」
ひえぇぇぇぇぇぇぇっ⁉︎
俗物の拳が顔面にヒットし、派手に吹っ飛ばされる俺。
こんな、はずじゃなかったのに……がっくし。
俺の異世界転生は、男に殴られ気絶するというなんともみっともないところから始まるのであった。
お久しぶりの投稿です!
ギャグ系なファンタジーライフを思いついたので投稿してみました!
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