Sと衝動
「Sと群像」シリーズ #8
誠都を置いて街へと逃げてしばらく、彼女の進む通りに着いて行ったのを後悔した。
「ここでいいわ」
三頭は何のためらいもなくラブホテルに私の手を引いた。
「私が捕まるだろう、これは」
「大丈夫よ、多分」
全く大丈夫ではない。中身はさておいて、側から見れば中学生と援交する50代だ。私は他にもっとあるだろ、と手を引っ張り返したが、聞く耳ももたず三頭はさっさと部屋を選んでしまった。
「大丈夫だって。本番さえしなければ、私の体調が悪くなったとでも言い訳できるから」
「……手慣れてるんだな」
「なぁに、先生?処女が好き?」
馬鹿なことを、と私は呆れてため息をついた。
部屋は無闇に凝った造りで、悪趣味なピンクの丸いベッドがゆっくりと回転している。酔いそう、と言うと三頭は笑い、そしてその回転ベッドにぼすん、と音を立てて飛び乗った。
「お前は最低だ」
私は静かに呟いた。彼女はーー聞こえていないのか、実際はどうだか分からないがーー天井に吊り下がったこれまた変なシャンデリアを眺めていた。
「先生も、ほら」
彼女は自分の小さな身体の隣を軽く叩いた。
「ふわふわだよ」
私は示されるままに隣に座った。
「ほんとだな」
三頭はふにゃ、と口を緩めたが、その表情が何故か悲しそうに見えたので、私はじっと顔を見つめた。
「もし、ね。もし、私が年齢相応の見た目なら、誘ったらしてくれた?」
私はその問いが意外だった。私を揶揄うにはあまりにも静かな声だったし、もし、という予防線を張っているのは、三頭らしくなかったからだ。私は答えた。
「……無いだろうな」
「そっか」
ベッドはなお回っていた。モーター音が耳についた。私は女の首元の細さに驚いた。そしてそれを撫でると、彼女は驚いたように振り返った。目が合った瞬間、私は首を絞めつけていた。
「あ、ぅう、ぐぁ、、な、し、」
頭が良くても、流石に体格に負ける男には抵抗できないようで、三頭はこの時、普通の中学生だった。
手が弱々しく私の腕を掴むが、何にもなっていない。
「自分を何だと思っているんだ、三頭!!」
私は叫んでいた。
「犯罪では、ひとかどの人間だとでも思っていたのか?馬鹿だ!お前は、あの男を置いて行くべきじゃなかった!一瞬でも、私に酷くされるのが頭によぎらなかったのか?こんなところで誘って!!」
三頭は口をぱくぱくとさせ、何かを言おうとしていた。目元には涙を溜め、なおも喘いでいる。
ひゅーっ、と喉から音がした。私は手を離していた。彼女は咳き込むと、こちらを見、そして苦しそうにベッドにうつ伏せになった。
私は彼女のそばに立っていた。どうして、急に首を絞めたのかも、いっそ殺さなかったのかも分からなかった。頭ががんがんと痛くなる。部屋はただ、静かだった。