Sと策略
「Sと群像」シリーズ #7
三頭はにっこりと笑うと、「大好きよ」とぽつりと言い、誠都を抱きしめた。幼い姿の女が、30代の男をそのように扱うのは、私には歪んで見えた。
「先生、行くよ」
私はこの女を殺そう。そう強く思った。頭は回るが、私に対して隙があるのは間違いない。カフェで会った時も、私と手を繋いで喜んでいた。2人でいる時はむしろ、私よりも周りから親子に見えることを気にかけているように感じられる。娘を殺したのが誠都という男であったとしても、三頭を殺すことがこの男への復讐になるだろうし、私は娘を殺したことへの怒りより、ただ2人を地獄に落とすという意思、憎しみが私の胸のうちにマグマのように溜まっていた。
マンションの扉は重く鳴った。私は三頭に尋ねた。
「どこに行くんだ?」
「……それよりも、まずやらなきゃいけないことがあるわ」
三頭は黒い手帳型ケースをつけたスマートフォンを持っていた。おもむろに廊下の先に向かうとランドセルのような革鞄からスプレーを手に取り、それを吸い込んだ。
「やってしまいました」
甲高い声がより高くなっていた。ヘリウムだ。でも、どうしてーー
「俺は、彼女を……自首させてください」
私が驚いた顔で三頭を見ると、彼女は口元で人差し指を立てた。
「そう、です……○○マンションの、503室、です……」
泣き崩れ、電話を切ると笑った。スマートフォンを503室の郵便受けに入れた。どん、と床に落ちる音が扉越しに聞こえた。
「さ、行きましょう。」
「お前、あの男はーー」
「もう要らないの」
その無感情な顔が嫌いだ。こんな小さい子供の姿なのに恐ろしいのが恐ろしい。
「先生、変なことしたら先生が苦しむだけなんだからね」
見透かしたように釘を刺した。
「私が、誘拐されたって騒いだらどうなる?さっきの細工も、先生になすりつけることだって出来るのよ」
「……本当に、20年前に子供を殺したのは、お前じゃないのか?」
「当たり前じゃない。先生、自分の娘を殺した男が殺人犯じゃないって信じるつもり?」
「さ、早く行かないと。」
中学生のようなあどけない顔。低い身長。高い声。そのいくつものカモフラージュの奥底に存在するのは、悪性そのものでしかない。この女は悪魔だ。私はそう確信した。