Sと再会
「Sと群像」シリーズ #3
私は彼女が言った通りに動かなければならなかった。あの電話によって、私は自分の首元にナイフを沿わされるよりももっとまずい局面に立たされ、脅迫されていた。もしかすると、あの声はフェイクかもしれない。そもそも彼女が本人だとも言い切れない。だが、その可能性は私の想像を、電話の相手がかの若年犯罪の代表のような女、千羽三頭であるという確信めいた疑念を拭うほどの力はなかった。
電車で15分、いつもは気にも留めない時間だ。それが永遠に感じられるほど長い。
○○駅に着き電車の扉がゆっくりと開いた。私は普段は通らない南口改札を出、目の前のカフェの窓から中を覗いた。6時過ぎという時間もあってかそれなりに混雑しており、外から見て彼女がいるのか判断するのは難しかった。私は深呼吸をしてカフェの自動ドアの前に立った。
「いらっしゃいませ!ご注文はお決まりでしょうか?」
店員はカウンター越しに私に声をかけた。私が、連れがいると思うんだ、と返すと店員は笑顔のまま頷いた。
その時、着信音がかかり、確認すると娘の携帯からだった。私は急いで通話ボタンを押した。
「窓際のソファーの2人席、黒服だよ。先生、変わってないね」
私は携帯を耳にやったまま、言われた通りソファー席に目をやった。そこにはたしかに黒い服の女が、携帯を持っていた。だが、あれは--
黒い服の女が私の顔を見て笑顔で手を振った。私は、これ以上前に進むのが、彼女に近づくのが恐ろしかった。私は右手を下ろし、こわばる表情をなんとか隠そうとしながら彼女の前に立った。
「お久しぶりです、先生。」
千羽三頭は笑った。その顔は、昔と全く同じだった。面影や、雰囲気ではなく、顔が、全く同じだった。
「驚いた?まあ、驚くよね。私と会うことなんか、もうないと思ってたでしょ?でもね、私は絶対、先生とまた会おうって、会いたいって、ずっと思ってたよ!」
彼女が座ってよ、と言ったのでその通りにした。
「三頭、聞きたいことは山ほどある。まず娘だ。娘はちゃんと生きているよな?」
私は思い切って尋ねた。彼女は黙って私の顔をじっと見つめ、そして口を開いた。
「……生きてるよ。当たり前じゃない」
思わず、安堵の溜息が漏れた。良かった……手で顔を覆い、私は呟いた。
「聞きたいのはそれだけ?」
私の心を見透かすように、彼女は私の顔を覗き込むようにして言った。
そうだ。彼女は20年前から全く成長していない。取材を5年間続けていたから、私が彼女を最後に見たのは彼女が高校2年生の時だ。5年間の間も、彼女はほとんど変わっていなかったが、私は気にしたこともなかった。よくよく考えたら成長期なのに不自然だし、それに彼女は今年33歳になるはずだ。身長はまだしも、顔が中学生、高校生と同じというのはあり得ないのだ。
「あ、……三頭も、変わっていないな……」
私はそう絞り出すのがやっとだった。
彼女は微笑んで私の耳元に顔を近づけた。
「先生とはもう……15年ぶりに会うんだね。ねぇ、先生は私のこと、」
私は少なくとも見た目は少女である彼女を前に、情けなくも震えていた。
「知りたい?」