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第一章 松代大本営-5

 夕刻、大地は所属する戦車連隊の連隊長に呼び出されていた。

 連隊長の執務室の前で申告する。


「畑野大地伍長、参りました」

「入れ」


 遅滞なく返答が成され、大地はドアに手をかけた。


「失礼します」


 ドアを開けて敬礼をすると、よく手入れされた髭が印象的な古館連隊長が返礼する。

 相手が手を下した後に、大地も上げていた手を下した。


 そして、気付く。

 部屋の中には、椅子に優雅に深く腰を下ろし背もたれと肘掛けに身体を預けたアウレーリアと、椅子に浅く腰かけ背筋をぴんと伸ばした楓が居た。

 疑問に思いつつも表情には出さないように大地が心掛けていると、古館連隊長から声を掛けられた。


「畑野伍長。特殊任務、ご苦労であった。アウレーリア殿も伍長の働きには満足されておられる」

「はっ」


 特殊任務とは戦車にアウレーリアと楓を乗せ、アウレーリアに操縦を教え込むことだったが、どうやらそれも終わりらしい。

 大地はわずかに身体から力を抜くと、アウレーリアと楓を見た。

 そして後悔することになる。

 アウレーリアは何事か企んでいるのが丸分かりの満面の笑顔だし、楓は微妙に視線を逸らして顔を合わせようとしない。

 果たして、古館連隊長は大地に向かって命じた。


「畑野伍長、明日未明より次の任務を与える。九七式中戦車、チハ一両でアウレーリア殿、楓殿を護衛し京都へ向かえ」

「京都?」


 思わず命令の復唱も忘れ、つぶやきを漏らしてしまった大地を古館連隊長が瞳を細めてにらむ。

 それで大地は慌てて姿勢を正した。


「了解しました。自分は明日の夜明けをもって、九七式中戦車チハにより、ご命令のとおり京都へ向かいます」


 復唱するが、どう考えてもこの命令はおかしい。

 大地は発言の許可を求めた。


「連隊長殿、ご命令の遂行のため、お伺いしたい点がいくつかあるのですが、よろしいでしょうか?」


 古館連隊長は簡潔に答えた。


「許可する」


 その言葉に従って、大地は疑問点を口にする。


「ご命令では九七式中戦車チハ一両で、とのことですが他の随伴車両は無いということでよろしいでしょうか?」

「うむ」


 古館連隊長は当然のことのようにうなずいた。

 しかし、それではおかしいのだ。


「この松代大本営から京都までは四百キロ以上の距離があります。九七式中戦車、チハの行動距離は長いとはいえ二百十キロ。到達するには補給が必要ですが、どの地点で受ければよろしいのでしょうか?」


 大地の疑問はもっともなものだったが、それに答えたのは古館連隊長ではなくアウレーリアだった。


「燃料の補給は妾と楓が行うから不要じゃ」

「は?」


 思わず間の抜けた声を出して姿勢を崩してしまう大地に、古館連隊長は咳払いをして注意を促した。

 慌てて体勢を正す大地に、古館連隊長は告げる。


「燃料補給に関してはアウレーリア殿と楓嬢にお任せすれば良い。それ以外の食糧などについては主計科が用意してくれるので忘れず受け取れ」

「はっ」


 どのようにしてか、アウレーリアたちが燃料を出してくれるらしい。

 方法について疑問に思うが、声を立てずに笑うアウレーリアに答えを今ここで得られる見込みが無いと判断し、大地は頭を切り替えた。


 幸い、今乗っている九七式中戦車チハに問題は見受けられなかった。

 単独での行動というのは不安材料だが、やってやれないことは無いだろう。

 ここ、長野からだと名古屋に出るまでが大変だが、そこまで行けば後は東海道を京都まで進めばよい。

 順調に行けば二日でたどり着けるはずだ。

 まぁ、何があるか分からないため、行程は余裕をもって組むが。

 大地はそのようなことを顔には出さず考え込んでいたが、そんな彼に、古館連隊長は苦い表情で告げた。


「畑野伍長、これまで京都には数度、調査隊を派遣しているが、いずれも手酷い損害を受け退却する憂き目に遭っている」


 大地は驚きに目を見張る。

 鉄の自制心で声を上げそうになるのを何とか止めた。


「それでも楓嬢とアウレーリア殿の協力があれば可能な任務かと想定しているが、油断だけはするな。今回の任務のため特別にタ弾も支給しよう。使い所を誤るな」

「はっ」


 正直、それほどまでに危険な京都に何のために向かうのか気になったが、それは下士官である大地が踏み込んで良い領域では無さそうだった。

 おそらく必要があれば同行するアウレーリアから説明があるだろう。

 考えても答えの出ないことで延々と悩むのは利口ではないと大地は疑問を先送りにした。


「それでは失礼いたします」


 大地は敬礼と共に、連隊長の執務室を退出した。

 明日の夜明けとともに動き出さねばならないため、準備は今日中に整えなければならない。

 大地は必要となるものを思い浮かべながら、食糧その他を用意してくれる主計科へと急いで向かった。

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