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第一章 松代大本営-2

「まぁ、そのようなことはどうでも良い」


 そんな大地に関係なく、アウレーリアは自分の知的好奇心を満たすため質問をしてくる。


「問題はこのエンジンよ。先ほど挙げた利点を覆すほど故障が多いと聞くが、原因は何じゃ?」


 ずばりと聞いてくるアウレーリアに、大地は気持ちを切り替えて答える。


「クランク・シャフト…… エンジンの肝心な部分にアメリカ製の部品を使っていてな」


 大地の説明に対し、アウレーリアは当然の指摘を入れてきた。


「もちろん、戦争突入後は使えんな」

「ああ、国産の加工品を使うようになったんだが、品質が悪くてこれがよく折れた」


 話はそれだけでは終わらなかった。


「その上、生産が三菱だけじゃ追い付かなくて他でも造られたんだが、日立製作所では燃料噴射装置をまったく別物の自社製品を二個取り付けることで間に合わせたりしていた」


 つまり、


「結果として、戦場において故障しやすいうえ、部品の互換性が無いために稼働率の維持に大変な苦労があったらしい」


 現場の人間にしわ寄せが行くということだった。


 性能諸元には表れないが、故障率というのは地味に戦力に響くものだ。

 故障中、整備中の戦車は戦場に出れないから、その分だけ確実に戦力は減る。

 最悪、現場で動けなくなってそのまま遺棄ということだってある。


 そんなやっかいな車両だったが、それでも大地は少年戦車兵学校時代から慣れ親しんだこの九七式中戦車チハに愛着を持っていた。

 人が作ったものは、使い手と共に様々な運命を辿ってゆく。

 持ち主の助けとなり、共に生き苦楽を分かち、そしていずれは消えてゆく。

 大地は働いてものを作る人たちが、そして彼らが作ったものがとても好きだった。


「それでも前線で戦えたのは日本帝国陸軍の乗員、整備員の連携や技量の高さを示してはいるんだが」


 と、身びいきな言葉も出る。


「まぁ、今回の任務のために託されたこの車両は戦前に造られた旧式の車体だけどな」


 九七式中戦車チハには新車体と旧車体があって、新車体は車体後部の構造が変わって防御力がわずかだが上がっている。


「それでも故障が多い戦中に製造された車両よりはましだろう」


 アウレーリアは苦笑混じりに大地に答える。


「旧式の勝利よな」

「そういうことだ」


 大地はうなずき、エンジン回りの点検を始める。


「ふむ、邪魔をしたな」


 知識欲が満たされたのか、アウレーリアはそう言って去って行った。

 大地はそれを見送ると整備を続けた。

 最初にアウレーリアが言ったとおり、エンジンの構造自体は簡素だからそれほど労力はかからない。

 空冷なのでラジエーターも無ければ冷却水も不要。

 冬に零下二十度以下となる北アジアでの使用を考え、入手が難しい不凍液を使わずに済むように設計されているのだ。

 無論短所もあって、ジーゼルエンジンは同出力のガソリンエンジンと比べて大きく重くなる。

 その分、武装と装甲が割を食う訳で、日本以外ではあまり採用されていなかった。


 それが終われば足回りだが、こちらは日本戦車特有のシーソーばね式懸架装置に、大型の転輪が片側六個ずつ取り付けられているというすっきりとしたものだった。

 手入れも注油程度しかしなくても良く、簡単だった。


 そんな訳で、大地による九七式中戦車チハの点検整備はさしたる手間もかからず終わった。


 後は消耗品、燃料油とエンジンオイルの給油。

 特にオイル管理は重要だ。

 燃料は切れてもガス欠でエンジンが止まるだけだが、エンジンオイルを切らした場合、最悪エンジンが焼き付いて駄目になってしまう。

 規定量入っていれば問題ないものではあるが、九七式中戦車チハのエンジンは元々よくオイルを食う上、大地が使用している車両は古いため年季の入ったエンジンは余計にオイルを消費する。

 油断はできない。


 最後に使用した弾薬の補給。

 なお、砲の使用済み薬莢は薬莢受に下げられた袋に受けられるようにできている。

 機関銃の空薬莢は打殻受けと呼ばれる袋に受けられているので、これらは回収し資源班に回す。

 国外との交易が絶えている日本では、資源の再利用が必須なのだ。

 まぁ、国内の鉱山もあるし、大異変後、現れるようになった岩妖精…… 黄金を求めて妖精郷を出たという小柄だが頑強で頑固な生来の鉱夫たちは、どこからともなく金属を持ち込んでくれるため深刻な資源不足には陥らずに済んではいるのだが。




 戦車の点検整備を終えた大地は、手を洗うと食堂へと向かう。


 戦争中に急造された松代大本営では、足りない炊事能力を補うため九四式六輪自動貨車を元にした九七式炊事自動車を食堂に横付けして使用していた。

 戦場において一時間当たり五百食分の炊飯と七百五十食分の汁物を作る能力を持つ、頼もしい車両だ。

 炊飯櫃には電極蓋から下げられた電極板が配置され、直接電気を流すことで加熱し飯を炊く。

 酷寒地でも炊飯した米飯が凍結しない構造となっているのも、雪の積もる長野ではありがたかった。


 そして今日の食堂はちょっとした騒ぎになっていた。

 大地たちが持ち込んだ飛竜の肉がさっそく料理されているのだ。

 靴底のように分厚い肉が豪快にステーキとして出されている。


 帰りの車内でアウレーリアが血の滴るようなドラゴンステーキがいかに美味かを語っていたため、大地はさっと火を通しただけのものを選ぶ。

 あとは栄養価が高く脚気を予防するために米七麦三で炊かれた麦飯をどんぶりに山盛り一杯。

 それにナスやキュウリといった今年の夏に採れた野菜の漬物少々にシャキシャキの大根葉が入った味噌汁だ。

 それをお盆に取って、空いているテーブルを探す。

 そこに横から声が掛けられた。


「大地さん」


 気が付けばいつの間にか楓がそこに居た。

 様々な人間が出入りする食堂でも、白衣に緋袴という巫女装束姿は目立つ。


「あちらにアウレーリアさんが待っています」


 言われて視線を向ければ、奥の方のテーブルにいつもどおり幼い外見に似合わず泰然自若とした様子のアウレーリアの姿がある。

 日本人とは違う銀の髪に紫の瞳のアウレーリアは奇異の目で見られるのではないかと大地は当初思ったものだったが、大本営には同盟国だったドイツの技師も居たことからごく自然に受け入れられていた。

 無論、天人特有の人を無意識のうちに従わせるような圧倒的な魅力もまた、彼女が認められる大きな要因となっているのだが。


「参りましょう?」


 袖を引かれて温もりを感じる。

 楓の体温だ。

 肌が触れることは無かったが、服越しに確かに伝わってきた。

 耳をすませば雑踏の中でも息遣いすら聞こえそうに大地には感じられた。

 浮世離れした容貌を持つ楓が人、いや女性であることを強く意識させられる。


「大地さん?」


 そんな大地に向けられるのは、心の奥まで見通すような透徹した無垢な視線。

 しかし顔が近い。

 慎ましやかに見えるのに時折大胆な接近をする彼女の距離感というものが大地には良く分からなかった。

 顔が火照りそうになるのを苦労して抑え込む。


「いや、行こう」


 大地はお盆を手にアウレーリアの元へと向かう。

 視界の隅で、付き従うように歩む楓の髪と衣が舞のように揺らめいた。

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